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【GⅠの記憶】未来のヒーローが集う舞台、2004年菊花賞 デルタブルース

勝木淳競馬ライター

■菊花賞は逆転の一冠

クラシック最終戦菊花賞は逆転の一冠でもある。春二冠皐月賞・日本ダービーに手が届かなかった馬が夏を越して力を蓄え、勝ちとることもあれば、春二冠未出走の出世が遅れた馬が夏に賞金を積み、菊の舞台で頂点に立つこともある。特に近年は春二冠を制した馬が3000mという距離を嫌い、ここに駒を進めないケースが目立つ。今年の菊花賞も春二冠馬はそれぞれ別の道を進み、不在。この場合、春二冠惜敗馬に注目が集まる一方で、そこに姿がなかった馬、いわゆる上がり馬が一気に駆け上がる可能性も高まる。

■春のクラシック未出走だったデルタブルース

2004年菊花賞もそんな状況にあった。この年、皐月賞を勝ったダイワメジャー、日本ダービーを制したキングカメハメハは菊花賞ではなく、天皇賞(秋)を目指した。そのため、日本ダービー2着で休み明けの神戸新聞杯3着と順調な滑り出しをみせたハーツクライが1番人気に推され、2番人気は北の大地が送るコスモバルク。春は北海道所属馬のまま弥生賞を勝利、皐月賞2着、日本ダービー8着と健闘。秋も北海優駿を勝ち、セントライト記念を2.10.1のレコードで駆け、世代最上位であることをアピール。地方所属馬によるJRAクラシック勝利という険しき夢を最後の一冠に懸けた。日本ダービー3着ハイアーゲームが3番人気。上位は春二冠好走馬が占めた。

しかしレースを制したのは8番人気デルタブルースだった。春は青葉賞13着で二冠未出走。日本ダービー前週に同じ東京芝2400mで500万下(現1勝クラス)を勝ち、10月中山の九十九里特別(中山芝2500m)で通算3勝目をあげ、菊花賞に滑り込んだ。鞍上は当時園田所属だった岩田康誠騎手。先日、10月15日府中牝馬Sをイズジョーノキセキで制し、その腕達者ぶりで現在もファンを魅了する岩田騎手のJRA・GⅠ初制覇はこのデルタブルースの菊花賞だった。

■残り800m、坂の下りからスパート

レースはスタート直後にブルートルネードがハナに立つも、1周目3、4コーナーで我慢できずにコスモバルクとモエレエルコンドルが進出、コスモバルクが先頭で正面スタンド前直線に進入する。最初の1000m通過60.4。経験のない3歳同士の菊花賞では、長距離を意識した序盤の入りに対応できず、3000m戦としてはやや速めのラップを刻むことが多い。馬はレースの距離を知らない。ゆっくり走れと言われても戸惑うのは無理もない。

人気のハーツクライは後方4番手、ハイアーゲームは中団でそれぞれリズムをつくることに専念する。デルタブルースは先行勢の後ろに入り、1コーナーでブルートルネードの真後ろに入り、壁をつくる形でリズムを整える。

スタンド前でややペースが上がるも、1、2コーナーでコスモバルクも落ち着き、中盤の1000mは63.7とペースダウン。観客の目の前を通過するスタンド前を過ぎると、流れは落ち着く。菊花賞はこの中盤の緩い流れをいかに上手くやり過ごせるかが見せ場のひとつ。ここでリズムを崩すと、ゴールまでスタミナがもたない。馬群は前後に開く縦長。先行勢はバラバラになり、デルタブルースは1頭で追走する形になり、プレッシャーを受けなかった。

秋の傾いた日に照らされ、静かに静かに向正面を進む18頭。レースが動いたのは京都の坂の頂上にあたる残り800m付近。動かしたのはデルタブルースだ。下り坂を利用して、コスモバルクの背後に迫り、4コーナー出口、生垣の向こうで先頭に並ぶ。だが岩田騎手は激しくアクションを起こし、コスモバルクは持ったまま。対照的な絵ではあった。

ここで動かないと勝ち目はない。岩田騎手はそれを嗅ぎつけ、デルタブルースに奮起を促した。最後の直線を迎えると、岩田騎手はコスモバルクに接触するほど接近するデルタブルースを立て直しながら、追いたてる。残り200mでコスモバルクを競り落としたデルタブルースは後方からまくってきた3着オペラシチー、追い込む2着ホオキパウェーブを寄せつけなかった。

■未来のヒーローたち

2着ホオキパウェーブは青葉賞2着、日本ダービー9着、セントライト記念2着。力及ばなかった春を糧に巻き返し、3着オペラシチーは3歳2月小倉デビュー。2戦目は日本ダービーが終わった6月末。3連勝したのち、朝日チャレンジC7着とまるで裏街道のような道のりをたどった。まさに逆転の菊だ。

管理する角居勝彦調教師にとってもこれがJRA・GⅠ初制覇。デルタブルースはその後、5歳11月に豪州最大のレースであるメルボルンCを岩田騎手騎乗で勝利。2着に同じ角居厩舎所属ポップロックが入り、「世界の角居」を印象づけた。

4着に敗れたコスモバルクは次走ジャパンCでゼンノロブロイの2着、5歳春にシンガポールでシンガポール・エアラインズ・インターナショナルカップを制し、GⅠタイトルを手に入れた。また7着ハーツクライは4歳有馬記念、5歳ドバイシーマクラシックを連勝。さらに6着スズカマンボは翌年天皇賞(春)を、カンパニーは8歳でGⅠ連勝と多くのGⅠ馬を輩出した。

春二冠勝ち馬がいない菊花賞は逆転の一冠であること同時に、新たなヒーローが登場する舞台でもある。そしてヒーローは必ずしも勝ち馬だけに限らない。菊花賞に挑戦する出走馬の今後も含め、今年も興味は尽きない。

競馬ライター

かつては築地仲卸勤務の市場人。その後、競馬系出版社勤務を経てフリーに。仲卸勤務時代、優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)、AI競馬SPAIA、競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にて記事を執筆。近著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ(星海社新書)

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