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オオカミを誘き寄せる政府と日銀

久保田博幸金融アナリスト

11日の読売新聞は、安倍首相が10日、消費税率の10%への引き上げを先送りする場合の衆院解散・総選挙の日程について、早ければ、一連の外交日程を終えて帰国する17日から数日以内に解散する方向で検討を始めたと伝えた。18日前後に解散を表明し、19日ごろに解散する案が浮上しているそうで、衆院選は「12月2日公示・14日投開票」を軸に調整しているそうである。

ロイターによると、自民党の谷垣禎一幹事長は10日、国会内で会見し、来年10月に予定されている消費税再増税について、11月17日発表の7~9月期GDP一次速報の数字次第では、二次速報を待たずに安倍晋三首相が是非を判断する可能性があるとの考えを示唆した。谷垣幹事長は野田政権で消費増税を決めた三党合意の際の自民党総裁であった。

11日のNHKニュースも、安倍総理大臣は新たな経済対策に加え、消費税率の10%への引き上げを先送りしたうえで、衆議院を解散して国民に信を問うことも排除せず、今後の政権運営の在り方を総合的に検討する、と伝えている。

11月17日の7~9月期GDP一次速報を確認し、それが予想されている年率換算で2.0%程度のプラスに止まるのであれば、消費増税の先送りを決定した上で、衆院解散・総選挙に踏み切る可能性が強まったといえる。政府が増税の是非について有識者の意見を聞く点検会合は18日に終わることもあり、19日あたりの解散となれば国会会期中となり、12月2日公示・14日投開票となりうる。

以前に指摘したように市場関係者の多くは、消費増税先送りで少なくとも国債が急落することはないとの見方が多いのではなかろうか。その背景には日銀の超緩和政策が続き、足元金利がゼロもしくはマイナスとなっており、日銀は大量の国債を買い続け需給面での不安がないためであろう。長期金利の低迷は長らく続いており、その環境に慣らされていることで、簡単には国債価格が急落することが想定できないこともある。

債券市場関係者の間でも今年4月の消費増税は実施されても、来年の増税は先送りされると予想していたむきが意外に多かったことも確かである。仮に来年の消費増税が先送りされても想定の範囲内として受け止める可能性がある。実際に消費増税の先送りの可能性が報じられても、いまのところ国債相場は微動だにしない(少し売られているが)。

むろん市場が過剰反応しないようなので、消費増税を先送りしてもかまわないと主張するつもりは毛頭ない。これだけ財政が悪化しているなか(国の借金の残高が9月末時点で1038兆9150億円)、国債が安定的に消化され、売買も滞りなく実施されている状況に、国債への信認に対する不安要素は入れてほしくない。消費増税そのものが財政健全化に向けてのひとつの柱として認識されていることは確かである。しかもそれだけでプライマリーバランスが均衡化するわけでもない。財政健全化があってこそ、国債への信認が維持されている。

今回、表向きは財政再建を急ぐより、景気の回復を優先し景気回復による税収増から財政も健全化できるとの見方を安倍首相は示すのではなかろうか。しかし、それは財政再建の道筋を示すものではなく、これもまた期待に頼る危険性が高くなる。

ここで最も注意すべきは、先走った感というか暴走してしまった感のある日銀である。財政健全化があってこそ中央銀行による大量の国債買入れは可能であったはず。2013年4月の量的・質的緩和による大規模な国債買入れは、安倍政権の消費増税の決定とセットとなっていたはずである。

ところが、日銀は来年10月に向けた消費増税の有無を確認する前に、物価の下落を恐れるあまりに量的・質的緩和の第二弾を決定してしまった。そして今回もまたさらなる国債の買入れが柱となっていた。これにより円安と株高がもたらされ、これは消費増税に向けた地均しどころか、結果としては安倍政権の解散総選挙に向けた地均しとなってしまった。

消費増税は延期される可能性が強まったことにより、政府に梯子を外された可能性もあり、これはさすがの日銀も想定外ではなかったのか。それとも消費増税延期の決定後では、追加緩和は困難になりかねず、その前に実施したほうがまだリスクは少ないと判断したのであろうか。

いずれにせよ安倍政権は財政再建よりも、景気回復というか株高を意識した動きを今後強めかねない。元々、2012年11月の輪転機発言もあるなど安倍首相はかなりリフレ的な考え方をしているだけに、そのリスクがいずれ国債に降りかかることは避けられない。

国債市場は簡単に崩れるものではないが、市場である以上、いったん崩れだすと雪崩を引き起こす可能性がある。市場参加者に不安心理が強まれば、需給どころの話ではなくなる。買い手がいるから暴落はしないなどという説明は過去の市場暴落のケースを見る限りありえない。政府債務は国民が背負っているから国債急落はありえないとの見方もあるが、デフォルトで調整されなくても、極度のインフレによって調整されてきた過去の歴史のケースも多く存在する。今回もオオカミ少年となるかもしれないが、オオカミは確実に迫りつつある。そのオオカミを誘き寄せようと政府や日銀はしているようにしか思えないのである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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