金正恩氏激怒映像より韓国「ラジオ放送」を聴く北朝鮮庶民
北朝鮮は、世界でも有数の情報統制を敷いている国家だ。しかし、中国から韓流ビデオをはじめとする外国映像などの違法コンテンツが流入し、北朝鮮当局のプロパガンダを骨抜きにしつつある。
韓流ビデオは、USBメモリやSDカードなどのデジタルメモリに記録されて流入し、ノートテルという機器などで視聴される。こうしたデジタルツールは2000年以後、爆発的に流通した。その理由は単純明快、北朝鮮当局がラジオ・テレビで流すコンテンツが、あまりにもつまらないからだ。
処刑前の動画を公開
昨年、北朝鮮の朝鮮中央テレビは、金正恩党委員長が、スッポン工場を現地指導した際、管理不十分という理由だけで、責任者を処刑し、さらに処刑直前の激怒の動画まで公開した。
(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導)
理由は、金正恩氏に逆うことの恐ろしさを植え付けるためとみられるが、こんな動画を見たがる人々はいないだろう。
さらに、魅力的な娯楽コンテンツが少ないことから、韓流ビデオは拡がった。しかし、金正恩氏は韓流ビデオなどの外国映像を厳しく取り締まっており、発覚すればその代償は大きい。今年4月には映像ファイルを保持していた女子大生が拷問され、悲劇的な結末を迎えた。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)
そして、韓流ビデオの流通以前から、人々の間に広く浸透しているのが韓国のラジオ放送だ。
脱北事件も知っている
北朝鮮当局は、家庭で所有するすべてのラジオの検査を義務付け、周波数のダイヤルをハンダ付けで固定する。しかし、住民たちはラジオを分解して改造し、自由に韓国のラジオにダイヤルを合わせる。中国製のラジオや手作りのラジオを入手する人もいる。
自身も「南朝鮮(韓国)のラジオをよく聞く」と語る平安南道(ピョンアンナムド)在住のデイリーNK内部情報筋は、次のように語る。
「市内の住民の50%から70%が韓国のラジオを聞いている。北朝鮮は核実験、ミサイル実験をやったせいで経済封鎖されているという話や、英国だったかロシアだったかで大使館員が脱北して韓国に行ったという話も聞いた」
情報筋によると、親戚が顔を合わせれば「核実験」の話題になり、「核実験1回やるカネでトウモロコシが何トン、何十トンも買える。1年分の食料が飛んでいった」などの不満が囁かれる。おそらく、ほとんどの住民が韓国ラジオを聞いているようだが、「そこは、あえて触れないでおく」(情報筋)というのだ。
4月に中国で発生した北朝鮮レストラン従業員らの集団脱北や、それを巡って公開処刑が行われたとの情報があるが、こうした情報もラジオを通じて知れ渡っている可能性が高い。
(参考記事:金正恩氏、美人ウェイトレスの集団脱北で「公開処刑」を指示か)
韓国ラジオ放送に満足
情報筋は、中国製の手のひらサイズのラジオを使いながら「こういうものを(外国から)送ってくれたら喜ぶ人は多いだろう」と語った。
一方、放送内容には概ね満足だが、音質が悪いという問題点も指摘する。北朝鮮当局が韓国からのラジオ放送に妨害電波を発信しているからだ。
「夜の9時から0時までラジオを聞いているが、ザーザーいう雑音がひどくて聞き取れないことも多い。より聞こえやすい周波数を探しているうちに眠くなって寝てしまうこともある」
よく聞こえるのは、韓国の公共放送KBSが運営している「韓民族放送」、米国政府が運営する「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」などだ。いずれも中波(AM)で送信されている。
韓国のNGOが流す対北朝鮮放送の多くは、短波放送で行われている。妨害電波に弱い上、短波ラジオの受信機がなければ受信できない。また、短波の特性上、送信所に近すぎる場所ではたとえ妨害電波がなくても受信状態があまりよくない。
いずれにせよ、情報筋は「自分たちは北朝鮮に住んでいるのに、北朝鮮情勢のことを知らされていない。その辺をもっと伝えて欲しい」と、至極当たり前のことを語った。