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かまぼこ業界の老舗の新たな一手。「鈴廣かまぼこ」が長友佑都との同盟に活路を見出したワケとは?

瀬川泰祐株式会社カタル代表取締役/スポーツライター/エディター
専属シェフと談笑する長友佑都選手。食へのこだわりがうかがえる。写真提供:クオーレ

相模湾の豊富な魚と箱根水系の良質な水により、発展を遂げてきた小田原の伝統産業「かまぼこ」。小田原におけるかまぼこ作りの歴史は鎌倉時代にまで遡ると言われている。その代表格である鈴廣かまぼこ株式会社(以下、鈴廣)がかまぼこを作り始めたのは、1865年(慶応元年)のことだ。創業以来、かまぼこを中心に水産練り製品の製造・販売を手がける同社は、近年、「かまぼこ博物館」やレストラン「えれんな ごっそ」の運営、ビールの製造など、多角経営を行いながら事業を拡大してきた。

その鈴廣が先日、ユニークな取り組みを行うと発表したのはご存知だろうか。サッカー日本代表・長友佑都選手(オリンピック・マルセイユ所属)とともに、かまぼこの魅力を広く伝えるプロジェクト「魚肉たんぱく同盟」を発足したのだ。

魚肉タンパク同盟のホームページのビジュアル
魚肉タンパク同盟のホームページのビジュアル

かまぼこ業界の老舗企業とトップアスリートとの異色のコラボは、なぜ実現したのだろうか。その背景には、鈴廣をはじめとするかまぼこ業界が抱える大きな課題があった。

かまぼこ業界の課題とアスリート・長友佑都との接点

日本かまぼこ協会によれば、1世帯あたりのかまぼこの年間消費額は、およそ3000円程度。平成5年には4500円ほどあった年間消費額は、この20数年間で徐々に落ち込み、この10年間はほぼ横ばいで推移している。

日本かまぼこ協会が発表した数字を元に筆者作成
日本かまぼこ協会が発表した数字を元に筆者作成

かつては嗜好品として珍重されていたかまぼこも、食文化の多様化とともに食卓から遠のいた印象だ。実際のところ、お正月など年に1〜2度食べるかどうかという人がほとんどではないだろうか。その証拠に、多くのかまぼこ事業者は、年間の売り上げの約9割を年末年始でまかなうという。多角経営により事業リスクを分散している鈴廣ですら、ことかまぼこに関しては、年間売り上げの3割をこの時期に頼っている状況だ。このように、かまぼこ業界は、年末年始だけしか消費されないという現状を打破できず、日常生活の中で消費者とのタッチポイントを創出することに苦心している現状がある。

機械化が進む中で、職人技を次世代へ繋ぐなど、伝統を重んじる気質が鈴廣を支えている。写真提供:鈴廣かまぼこ
機械化が進む中で、職人技を次世代へ繋ぐなど、伝統を重んじる気質が鈴廣を支えている。写真提供:鈴廣かまぼこ

そんな課題を解決するために、かまぼこ業界を代表する鈴廣が白羽の矢を立てたのが、長友佑都選手だった。サッカー日本代表で歴代2位の出場記録をほこる長友選手が、徹底した栄養管理を行い、常に最高のコンディションで練習や試合に臨んでいることは有名な話だ。専属シェフによる栄養管理を行ったり、「ビフィズス菌トレ」と題して体の内外から腸内環境の改善を目指す森永乳業との取り組みに参画したりと、長友選手の食に対する取り組みは、多岐に渡っている。

長友佑都と食

長友選手が食を強く意識をするようになったのは、怪我との戦いがきっかけだった。29歳の頃に、筋肉系の怪我が多いことに悩んでいた長友選手がたどり着いたのは「ファットアダプト食事法」だった。ファットアダプト食事法とは、高たんぱくの食事を摂りながら、糖質を抑えて血糖値の乱高下を防ぎ、良質な脂質を摂取するという食事法だ。長友選手は医師やシェフのサポートのもとでこの食事法を実践したことにより、パフォーマンスが向上し、さらに怪我や病気からの早期回復を実現させるなど、その効果を実感したという。

その食事法の中で、中心的な役割を果たしていたのが魚である。たんぱく質が豊富で、かつ良質な脂質を摂取することができる魚は、このファットアダプト食法にもっとも適した食材であるため、長友選手は魚を中心とした食生活を送っていたのだ。長友選手がどんな時でも縦横無尽にピッチを駆け抜けることができたその理由が理解できたのではないだろうか。

相互の課題解決を生む期待から「同盟」へ

魚を主原料とするかまぼこは、手軽に食べられること、たんぱく質が豊富に含まれていること、そして消化性に優れていることなどの特徴がある。この点から、かまぼこはスポーツ栄養に必要な要素を兼ね備えた食材と言えるだろう。

そのことを知った長友選手と鈴廣との同盟が結成されるまでに多くの時間を必要とはしなかった。今年の6月に、長友選手がオフを利用して帰国した際に鈴廣のかまぼこを口にしたことから始まり、今では彼がプレーするフランスでも食べることができるように鈴廣からのサポートを受けているという。

長友選手は、本プロジェクトの発表会見で、「鈴廣さんの製品は1本のかまぼこに7匹もの魚を使っているように、魚肉たんぱくへのこだわりをしっかりと持っている。また保存料や添加物を使っていないところにも感銘を受けた」と話し、2020年のカタールワールドカップ出場を目指すために、かまぼこを食生活に取り込んでいることを明かした。

写真提供:クオーレ
写真提供:クオーレ

今後この同盟では、340万人のフォロワーを有する長友選手のSNSを活用して、魚肉たんぱくの価値発信を行ったり、長友選手の専属シェフ・加藤超也氏によるアスリート食に特化したかまぼこのアレンジレシピの紹介などを検討しているという。さらに前述の森永乳業のビフィズス菌トレなど、長友選手の取り組みとのコラボレーションや新製品の開発なども期待できそうだ。

企業がスポーツを活用するワケ

写真提供:鈴廣かまぼこ
写真提供:鈴廣かまぼこ

これまで鈴廣はJリーグ・湘南ベルマーレのスポンサードや箱根駅伝などを通じて、地域スポーツとともに歩んできた。特に年始に開催される箱根駅伝では、本店の敷地内が中継所となるため、大会当日にかまぼこや日本酒を沿道のファンに振舞われる姿をテレビなどでご覧になったことがある方も多いのではないだろうか。鈴廣の11代目で常務取締役を務める鈴木智博氏が「文化事業や地域・スポーツへの貢献をしたいという思いがあった」と話すように、これまで企業にとってスポーツは支援の対象というイメージがついて回っていた。

しかしここにきて、ようやく企業の課題解決の手段としてスポーツを有効活用する事例が増えてきた。今回のプロジェクトが、これまでのようなスポーツとの関わり方と大きく異なるのは、企業が課題解決にスポーツを活用しようとしているという点に尽きるだろう。鈴木さんは「以前から長友選手のストイックな姿勢に、職人気質を持つ当社との共通点を感じていた。いつか長友選手の食卓にかまぼこを届け、一緒にコラボレーションできる日を夢見ていた」と語るように、鈴廣は、長友選手の持つアセットを活用すれば、スポーツをする人たちの日常にかまぼこを届けることができるのではないかと考えているのだ。

長友選手が行ってきた食を通じた健康課題への取り組みと、そこで得たエビデンスを正しい情報として次世代に伝えていく姿勢は、結果的に彼のアスリートとしての価値を大きくした。その価値を活用して、企業の課題を解決することができれば、今後のスポーツ活用における絶好のモデルケースになるはずだ。

12月8日にこの魚肉たんぱく同盟の結成を発表して以降、鈴木さんの元には、全国のかまぼこ事業者から多くのメッセージが届いた。その内容は、どれも好意的なものばかりで、「業界のいち企業である当社の取り組みが、業界から支持されることはこれまではなかった」という。これも、この同盟がかまぼこの価値を再定義することになるかもしれないという同業者からの期待の表れだろう。このような事象が起こったことについて、長友選手が代表を務める株式会社Cuore(クオーレ)の共同創業者である津村洋太氏は、「日本の伝統産業や一次産業を、グローバルな視点を含めて元気にしていくことが長友の役目かもしれない」と語る。

Zoom取材に応じる株式会社Cuore(クオーレ)の共同創業者である津村洋太氏(左)と鈴廣かまぼこ常務取締役の鈴木智博氏(右)
Zoom取材に応じる株式会社Cuore(クオーレ)の共同創業者である津村洋太氏(左)と鈴廣かまぼこ常務取締役の鈴木智博氏(右)

スポーツ界の社会実装が叫ばれて久しいが、このように企業や業界がスポーツを活用して経済活動をアクティベーションしていく事例が増えていくのかどうか、新たな動きに注目していきたいところだ。

取材・文:瀬川泰祐

株式会社カタル代表取締役/スポーツライター/エディター

スポーツライター・エディター。株式会社カタル代表取締役。ファルカオフットボールクラブアドバイザー。ライブエンターテイメント業界やWEB業界で数多くのシステムプロジェクトに参画し、サービスをローンチする傍ら、2016年よりスポーツ分野を中心に執筆活動を開始。リアルなビジネス経験と、執筆・編集経験をあわせ持つ強みを活かし、2020年4月にスポーツ・健康・医療に関するコンテンツ制作・コンテンツマーケティングを行う株式会社カタルを創業。取材テーマは「Beyond Sports」。社会との接点からスポーツの価値を探る。ライブエンターテイメントビジネス歴20年。趣味はサッカー、キャンプ。

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