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物価上昇の足音、長期金利の上昇の背景にも

久保田博幸金融アナリスト
(上記グラフは総務省などのデータを基に著者が作成)

 2月19日に発表された1月の全国消費者物価指数(除く生鮮)は前年同月比でマイナス0.6%となっていた。2月26日に発表された東京都区部の2月の全国消費者物価指数(除く生鮮)は前年同月比でマイナス0.3%となっていた。

 このようにマイナスの状態に消費者物価指数があって、インフレを気にする必要は果たしてあるのかという疑問もあろう。

 米国の消費者物価指数も1%台半ばあたりとなっている。しかし、向こう5年間のインフレ期待を示す指数は4日に一時2.5%を超え2008年以来の水準を付けた。

 この期待インフレ率の上昇、つまり物価は先行き上昇するであろうとの見方も米長期金利の押し上げ要因となっている。

 米債だけでなくこれは欧州の国債利回りも同様であり、日本国債の利回りも欧米の国債利回りの上昇を受けて、上昇していた。

 今後、物価は上昇するとの債券市場参加者の見方はどこから来ているのか。物価の先行きの見通しは難しく、期待インフレ率そのものも現時点での観測に過ぎない面もある。

 しかし、今回の物価上昇観測にはいくつかの要因があることも確かである。

 最も重要なのはこれまで物価が抑えられた要因が新型コロナウイルスの感染拡大であったこと。しかし、ワクチン接種などでいずれ感染拡大にブレーキが掛かり、経済が正常化するであろうこともたしかであり、その際に物価も正常化に向かうであろうことが予想される。

 すぐに感染拡大にブレーキが掛かるという見方はできないまでも、経済が少しずつ回復している兆候はある。それが銀や銅などの一次産品の価格にも現れている。原油価格も同様であり、WTIは60ドル台を回復し、5日には一時66.40ドルと、2019年4月以、2年ぶりの高値を付けている。

 産業の米というべき半導体も不足している。そして食料品の価格も世界的には上昇しつつある。今後は物価が次第に上昇してくるであろうことは予想できるのではなかろうか。

 それが原油先物などを通じてオーバーシュートする可能性もある。5日の黒田日銀総裁の発言などをみても、中央銀行は簡単には方向転回はしないであろう。政府の大規模な財政政策も実施されている。先行きが開ければ個人は蓄えていた貯蓄を消費に向ける可能性もある。

 上記のグラフにもあるように、日本の消費者物価指数が前回2%を超えたのは2008年7月から9月にかけてであった。この際には中国など新興国経済成長をみての仕掛け的な動きが原油先物市場に入り、原油価格が100ドルを超えたことが要因であった。

 しかし、このときの日本の長期金利は1%台にあり、比較的安定していた。現在の0.1%水準に比べれば高いが、今の水準が異常なのである。この際に物価が2%を超えたからといって日銀が金融引き締めに動くという観測はなかった。むしろ原油先物はそんなに買い上げられて何を考えているのだとの印象を持たれていた。すでにサブプライム問題が金融市場を襲い、2008年9月にはリーマン・ショックが起きた。中央銀行は危機に対し、緩和策で対応することとなり、長期金利はむしろ下げてきた。

 今回の原油先物の上昇はこのときとは様相が異なる点にも注意したい。つまり、原油先物は何を考えて上がっているのか、というより、先を読んで仕掛けているなとのイメージとなっている。

 そして経済が正常化され、物価に上昇圧力が加われば、いずれ中央銀行の金融政策も正常化される必要がある。相場は常に先を見て動く。

 米長期金利の上昇は円安要因ともなっていることにも注意したい。原油価格の上昇と円安によって、日本の物価には上昇圧力が加わることになる。

 すでに原油価格は前年同月に比べて現在のほうが高くなっており、それだけでも物価には上昇圧力となる。また、緊急事態宣言によりGoToトラベルによる一時的な影響(物価への下方圧力)もひとまずなくなる。

 今後は日本の物価にも上昇圧力が加わり、原油価格や円安などの動向次第では、無理と思われた日銀の物価目標が見えてくる可能性すらありうる。それですぐに日銀が政策転換することは考えづらいが、少なくとも日本の長期金利にも上昇圧力が加わりやすくなろう。それを無理に押し止める必要があるのか、それで本当に良いのかも問われよう。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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