北朝鮮で「凄まじい交通事故」が多発する理由
日本では高度成長期だった昭和30年代に交通事故の死者数が急増し、「交通戦争」と呼ばれる事態に発展した。急速に進んだモータリゼーションに人々の意識がついていけなかったことによるもので、韓国も同様の現象を経験した。
北朝鮮は、モータリゼーションという状態には程遠いものの、以前と比べると車の数が増加している。首都・平壌ですらかつて通りは閑散としていたが、最近では朝夕を中心に渋滞が起きるほどになり、事故も急増している。
当局は、交通違反に対する取り締まりと違反者に対する教育を強化するなど、対策に乗り出した。金正恩党委員長も「走り屋」と噂されるだけに、こうした問題には敏感なのかもしれない。
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江原道(カンウォンド)のデイリーNK内部情報筋によると、人口36万人の元山(ウォンサン)市内でも交通量が急増している。荷物を積んだ商人の車が増えたことに加え、金正恩党委員長が旗振り役となっている高級リゾート「元山葛麻(ウォンサンカルマ)海岸観光地区」の建設に動員された車両が大量に流入したことによる。
(参考記事:金正恩氏が公開「7000人死亡」リゾートの現場写真)
市内の交通哨所(見張り所)では、違法なUターンや信号無視をしたドライバーを取り締まる様子がしばしば目撃される。
違反で取り締まりを受けた車両に対しては運行停止命令が下され、違反者は交通安全教養室で半日間の再教育を受けさせられた上に、「二度と違反しない」との自己批判書を書かされるという。
運転手の交通違反とともに多いのが、歩行者の不注意による事故だ。少し前までの北朝鮮では、道路はあっても通る車は少なく、横断歩道以外の場所で道を渡っても何ら問題がなかった。車が増えた今でも長年の習慣は変わらず、横断中に車両にはねられる事故が頻発している。
このような事態を受けて当局は、交通保安員(交通警官)を増員し、住民に交通マナーや事故に遭った場合の対処方法などの教育に乗り出した。
人民保安省(警察庁)は2015年、「社会交通安全秩序を破った者を厳罰に処することについて」という名の布告を出した。「飲酒運転、交通信号違反、歩行準則、自転車利用規定を破った者への処罰」という部分が強調されるなど、厳罰化で交通事故を減らそうとしたが、さほど役に立たなかったらしく、教育の強化にシフトしたものと思われる。
しかし、いくら取り締まりの方法を変えても、安全インフラを整えない限りは、事故が減少することはないだろう。これは交通事故に限った話ではない。
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情報筋は「市内中心部と言えども、横断歩道の標示がないところも多く、あっても非常に遠かったりしてあまり現実に即していない」と現状を指摘した上で、「運転者や歩行者の意識向上も必要だが、当局の交通体系構築への意志も必要だ」と述べた。
北部の両江道(リャンガンド)では今年3月、交通事故が多発し、1日で300人もの死者を出す凄まじい事態となった。未舗装の道が季節外れの大雨で凍結したことが主な原因だが、抜本的対策が講じられたという話は、今のところ聞こえてこない。