Yahoo!ニュース

天才プログラマーがJKと共に眼鏡の街・鯖江をテクノロジーで改革「鯖江から世界を目指す」

菅野誠ディレクター

地方に留まり、テクノロジーを用いて地域の課題解決に挑み続ける男性がいる。メガネの街として知られる福井県鯖江市でアプリ制作を行う会社を経営するエンジニア・福野泰介さんだ。10代の頃から天才プログラマーといわれた福野さんは、IT技術を武器にしながら、地元鯖江を拠点に「半径10km圏内の変革」にこだわってきた。福野さんのこれまでの軌跡とコロナ禍での挑戦を追った。

【IT先進の街・鯖江誕生の舞台裏】
 2004年、初当選を果たした牧野百男前鯖江市長は、成長を続けられる市を目指し、メガネ、繊維、漆器に次ぐ第四の地場産業としてITによる街づくりを提唱した。その方針が大きく前進したのが2010年、地方自治体としては初となる「オープンデータ化」の施策だった。

 「オープンデータ化」とは自治体や企業などが保有する情報を開示して自由に使えるようにする活動のこと。鯖江市ではAED(自動対外式除細動器)や消火栓の設置場所をはじめ、管理する河川の水位情報などさまざまなデータを公開して、民間での活用を促進した。

 じつはその裏に福野さんの存在があった。
 すでにIT企業を立ち上げ、プログラマーでもあった福野さんは2010年に当時市長の牧野氏を訪ね、「市の情報をオープン化してくれたら、アプリは無償でつくる」と宣言。それに牧野前市長が呼応したのだ。

 福野さんがオープンデータを知ったきっかけは「WEBの父」と称されるティム・バーナーズ・リーの言葉だった。WEBに関する国際会議、W3C(World Wide Web Consortium)に参加した福野さんは、ティムの講演に参加し「これからはオープンデータの時代」との言葉に感銘を受け、帰国後、市に掛け合ったという。

【早熟のプログラマー・福野泰介と鯖江LOVE】
 1978年生まれの福野さんは、ファミコン少年だった小3の時に親に買ってもらったパソコンがきっかけでプログラミングに熱中するようになる。「何度失敗してもやり直すことができ、正しくプログラミングすれば、子供でも大人と同じようなことができるのが楽しかった」と語っている。福井高専に進学した福野さんはプログラマーとしての腕を見込まれ、卒業後に高専の先輩とともに最初の会社を起業。2003年には自分の手で新たな会社(株式会社jig.jp)を興して携帯・スマホ向けアプリの開発を行っている。

 今では、鯖江市に根差した活動にこだわる福野さんだが、そう思う転機となった出来事がある。2012年に地元放送局主催で鯖江出身の会社経営者・藤田晋氏(サイバーエージェント社長)の講演会が行われ、地元起業家代表として福野さんも招待された。講演後のパネルディスカッションが佳境を迎えた頃、藤田さんが若者たちに「東京に行って、もっと刺激を受けろ」と発言。すると鯖江出身のヒーローの発言に福野さんは、意を決して口を開く。「今はインターネットの時代だから、場所は関係ありません。ぼくは鯖江から世界を目指します!」と宣言したのだ。すると講演終了後、福野さんのもとに地元の経営者らが集まってきて、口々に「福野さん、よくぞ言ってくれた」と声をかけてきたのだ。

 父の仕事の影響で、小さい頃から引っ越しが多かった福野さんは、数年に一度は県内外を転々としていた。そんな中、福井高専に進学したことで5年というまとまった期間同じところに留まり、そのことが縁で地元・福井で起業することとなった。とくに、この講演会での出来事を経て福野さんは、初めて福井にも面白い人がたくさんいると知り、地元への愛着が深まったという。

【JK課とのコラボ 図書館アプリと“シビックテック” 】
 鯖江市のオープンデータ開始から4年。会社経営とともに、オープンデータを活用したアプリづくりに打ち込む福野さんに新たな案件が舞い込む。

 市民の声を市政に反映しようと牧野前市長が肝いりで結成した「鯖江市役所JK課」。より楽しい暮らしやすい街づくりのため、地元女子高生の声を取り込もうとするユニークな活動は多くのメディアで取り上げられた。そうした彼女たちの声を形にするべく福野さんに白羽の矢が立ったのだ。

 JK課の女子高生たちに困っていることがないか聞いてみると、図書館に関するある問題が提起されていた。それは図書館の個人用ブースの空き状況を知りたいということだった。自習する際に使われる個人用ブースだが、勉強しようと訪れてもすでに埋まってしまっていてがっかりすることが多かったという。そんな課題に対して福野さんが女子高生たちと考案したのが、個人ブースの混雑状況などがタイムリーにわかるアプリの開発だった。福野さんは図書館の個人ブースに人感センサーを設置して、その状況をWEB上で閲覧できるようにした。「Sabota」と名付けられたアプリはその誕生の経緯と相まって数多くのメディアで取り上げられ、話題となった。

 こうした身近な社会課題に対してIT技術などを使い、自分たちの手で解決する手法は“シビックテック”と呼ばれている。それまで一人でアプリづくりに打ち込んできた福野さんだったが、女子高生たちとの取り組みを通じてシビックテックの活動を加速させていく。

 シビックテックの強みは“スピード感”と“柔軟性”だ。シビックテックのスピード感を支えるのは少人数での取り組みと「アジャイル開発」と呼ばれる手法。アジャイル開発では開発工程を短くするためにサービスを公開してから修正やアップデートを積極的に行う。また、トップダウン型のチームではなく、横並びの体制を敷くことで課題やエラーに直面した際にも柔軟に対応することができる。

 従来の行政の手続きに沿って開発を進めていると、サービスをリリースした頃にはコンテンツが陳腐化してしまったり、当初の設計通りに作らざるを得ないため、利便性が大きく損なわれたりした。しかし、シビックテックの手法なら、そうした問題を解決することができる。そのことが、奇しくも証明されたのがコロナ禍によってだった。

【「半径10km圏内の人々を喜ばせたい」 コロナ禍で見つめた原点】
 鯖江市にオープンデータを提言して以来、福野さんは「一日一創」を掲げ、毎日ひとつのアイディアを発信し続けている。地元女子高生らと開発した図書館アプリの他に、鯖江市が管轄する河川の水位をリアルタイムに伝える「水位メーター」や市内の公共トイレがある場所をマップ上で見られる「鯖江トイレマップ」などをリリースしてきた。いずれも、地元の方々の要望やアイディアを取り込むシビックテックの手法を用いたものだ。

 そうした活動を続ける中、新型コロナウイルスの流行下でも福野さんはいち早く動く。非常事態宣言の発令がささやかれ始めた2020年3月中旬、47都道府県の病床使用率の推移を可視化した「新型コロナウイルス対策ダッシュボード」というWEBサイトを公開する。オープンデータの活用を熟知していた福野さんが厚生労働省の公開する情報をもとに、わずか数日で完成させ、公開した。今は地元の学生などにも参加してもらい、情報の更新などを行っているという。

 さらに世の中が感染と経済の両立を掲げ始めた頃、福野さんは福井県内の施設の混雑状況がわかる「福井県内施設ダッシュボード」を立ち上げる。博物館や美術館、図書館など県が保有する施設の開館状況とともに混雑状況を伝えたのだ。

 歩みを止めない福野さん。今回のコロナ騒動の中で、活動の原点を見つめ返したという。
 「学生時代に将来の夢を聞かれた際に、世界中の人に役立つ便利なツールを開発したいと答えていました。そのためにはどうすればいいか考えていたところ、地元・福井の先輩経営者から半径10km圏内の人々を喜ばせることが大事だと聞き、これだと思いました。自分の地域での課題解決なしに、世界の課題解決はありえないと思っています。」
 地域の課題解決に用いたツールが他の地域にも飛び火して、やがて世界規模の問題解決につながると福野さんは信じている。

クレジット

ディレクター:菅野 誠
プロデューサー:淵辺恵美

取材協力:鯖江市役所、鯖江市役所JK課、SAPジャパン
音楽素材:MusMus

Telecom Staff / テレコムスタッフ

ディレクター

2005年よりテレビ番組のディレクターとして、アートや科学、ヒューマンドラマをテーマにしたドキュメンタリーを手掛けてきた。海外生活経験があり、ドキュメンタリーの国際共同制作にも注力。ドキュメンタリーの海外展開を支援するTokyo Docsの実行委員も務める。2016年には、バングラデシュ初の女性サーファーを追ったドキュメンタリーで国際共同制作も行っている。