メンズコスメ好調の陰にアムラー母!? シニアが目指すは自分史上最高のオレ
マスク生活でメイクアップ製品の売れ行きが激減している女性用化粧品に対して、まるでコロナ禍などなかったかのように好況を呈しているのがメンズコスメだ。株式会社インテージの調査によると、2016年に対し2020年の男性化粧品市場は111%に伸長(*1)。特に洗顔クリームや化粧水などのスキンケア製品を中心とした「基礎化粧品」ジャンルはコロナ前の2019年の107%。資生堂による調査では2018年からは28.3%増と、コロナ不況などどこ吹く風の好調ぶりだ。
もちろん、男性化粧品ブームはこれまでも繰り返し訪れているし、CMに黒いパックの男子がやたら登場したり、“男らしい日焼け肌”のための男性用ファンデーションが話題になったこともある。それが今では極細眉の球児も激減し、男性美容熱は一時よりもむしろ冷めているような印象だ。
けれど、この“冷めた感じ”こそが、一過性のブームではないことの証のよう。実際、市場の伸長を牽引しているのは、かつてイロモノ的に取り上げられた男性用ファンデや眉ペンシルではなく、洗顔料や化粧水といった基礎化粧品。浮ついた美容熱グッズというよりも、ごく普通の身だしなみアイテムなのだ。
そのなかでも興味深いのが、かつては不人気アイテムの代表だった保湿化粧品の躍進。20~30代を中心に乳液や美容液が支持を集めているのだ。メンズ美容史上、潤いや有用成分を“与えるケア”が受け入れられているのは、ちょっとした事件と言える。
“さっぱり洗い流す”から
史上初の“塗って補いいたわる”
男性月刊誌『KING』(2006~2008年 講談社刊)で、身だしなみ情報を担当していた頃は、男性の美容悩みといえば“薄毛等の頭髪問題”“ニキビやニキビ跡のクレーター”“体臭”が三強。いずれのテーマも、記事中で紹介したクリニックやメーカーの電話がパンクするほどの大きな反響を呼んだものだ。ただし、この高い支持も、悩みの対処法がすべて“過剰な皮脂を除去する”といった“取り去るケア”であったことと無縁ではない。
なにしろ、当時でもひげ剃りによるかぶれや肌の乾燥の悩みは少なくなかったのに、乳液やクリームをつける“加えるケア”はウケが今ひとつ。男性たちからは、「それくらいなら電気シェーバーを高級品に買い換える」、「顔を洗いすぎたから乾いただけ。洗顔料を使わなければ解決する」と言われたものだ。そのココロは「コテコテいろんなものを塗りたくるのは女っぽいし面倒」、「クリームなどを塗る仕草自体が女々しい」というもの。既存の男性観が根強く、女性的な行為とされる“つける、塗る=加えるケア”には、かなりの抵抗があった。
反面、取り去る行為には寛容だ。取るのは、“清潔感を高める行為”なんだとか。あの極端な細眉も「眉毛を描くのはイヤだけど、剃ったり抜いたりは抵抗がないから」と聞かされたときは、ちょっとした衝撃だった。なるほど、あれも“取るケア”の範疇だ。
当時の男性ビューティについて、ヴォーグの表紙カットからヒラリー・クリントン大統領選挙ポスターまで、世界で活躍するメイクアップ・アーティスト吉川康雄さんは「小技だけ覚えて、美意識がついていってない」と喝破されたが、男っぽくかっこよくなりたいという気持ちだけが先行し、かえってイタイ結果になっていたと言える。
あれから15年。20~30代男性のジェンダー意識は薄れ、肌や唇に美容液やクリームを“塗る”のはもちろん、顔や手足に日焼け止めを“塗る”のもごく当たり前の行為になってきている。
マッチョな荒くれガンマンから
美しく清潔感溢れる剣士へ
現在のファッショナブルな男性化粧品の原型は、資生堂のMG5(1967年発売)や丹頂(当時)のマンダム(1970年発売)。前者は『帰ってきたウルトラマン』の団次郎(現・団時朗)、マンダムは汗臭さムンムンの西部のガンマン、チャールズ・ブロンソン(奥さんのジル・アイアランドも『0011 ナポレオン・ソロ』のイリヤ・クリヤキン役デヴィッド・マッカラムからの略奪愛で話題になったもの)がイメージモデルで成功したように、あくまでも男性のスキンケア=セクシーな男らしさを強調するものという打ち出しだった。
一方、現在の資生堂の男性化粧品ブランドSHISEIDO MENのイメージ動画は、洗面所で同居人らしき女性と並んで美容液を頬に塗る、というもの。男性しか登場しなかったMG5とは大きな違いだ。かつては汗臭いガンマン、チャールズ・ブロンソンで展開していたマンダムも、今や優しげな剣豪(?)佐藤健がギャツビーの顔に。いずれも男性性を強調するわけでもなければ、いわゆる女性っぽいキャラでもなく、ジェンダーレスで清潔感溢れる男性が、モテのためでなく身だしなみとしてケアする、というストーリーだ。
元アムラー母が手塩にかけて、
ニキビは美容皮膚科で治療
こうした意識の変化を、資生堂のメイクアップアーティスト中村潤氏は「2000年頃に“メトロセクシャル”という言葉が生まれたように、美容やファッションを整えることもセルフコントロールと考える男性が増えてきたのだと思います。男女雇用機会均等法ができて35年以上たち、ジェンダーに対する意識や価値観も大きく変わってきたのが美容にも反映しているのでしょう。男もビジュアルで勝負していいというか、SNSで美容ルーティンやライフスタイルを発信するのもごく普通になっています」と分析する。
さらにSKIN X率いる宮田達也氏によると「外見を気にすると言ってもギラギラしたかっこよさやモテ狙いではなく、清潔感をキープしたいというユーザーが大半。特に20~30代に顕著です。ニキビができたら母親がプロアクティブのニキビケア用洗顔料を買ってくれたとか、学生時代から日常的にスキンケアをしてきた世代が今のメンズ美容ブームを引っ張っているんですね」との。
確かに女性でもスキンケア習慣は、箸の持ち方や歯磨き習慣と同じく、各家庭の習慣や躾が土台。修学旅行などでクラスメートのケア習慣を目にしてびっくり!というのはよくあることだ。現在20代の母親と言えば、アムロ世代。元アムラーが息子を若い恋人のようにファッションに気遣い、ニキビができる年齢になれば自分のかかりつけの美容皮膚科に連れて行ったり高価なニキビ用化粧品を買い与えてきた、というのは想像に難くない。
「20~30代はスキンケアに対して変な気負いもないし、むしろ肌と同時に心を整える行為と捉えているんですね。サウナやルームフレグランスと同列に考えていると思います」(SKIN X 宮田氏)
高級時計や外車、海外ブランドの高価なスーツよりも、ジョー・マローン ロンドンの洗練されたルームフレグランスやイソップの上質なハンドウォッシュに大枚をはたく……まさに母親仕込みの志向(嗜好)だ。
男性用を女性が、女性用を男性が使う
ジェンダー相互乗り入れも一般化
一歩進んで、性を特定しないジェンダーレスなブランドも確実に増えている。FIVEISMやBOTCHANなどはその代表格。限りなく男性化粧品に近い存在だが、女性客を排除せず、ネイルカラー(マニキュア)等もラインナップしている。実際、FIVEISMのファンはマッチョな男性像に違和感を持つ若い男性たちに加え、“女っぽくない”クールなイメージを支持する女性たちだ。
BOTCHANにいたっては、『坊ちゃん』という男性呼称を名乗りながらも『「男らしく」を抜け出そう』がコンセプト。デザインもこれまでの男性化粧品にはなくポップでカラフルだ。BTSに代表されるK-POPアイドルに通じる、現在の10代のリアルなセンスと言える。
ブランディング ディレクター福岡英一氏によると、「BOTCHANは戦いを好まない“繊細男子”のためのライフスタイルブランド。製品自体も肌に優しいアルコールフリーの低刺激性です。一応、メンズコスメではありますが、ジェンダーから自由になろうという姿勢を貫いています」という。そのためか、男性化粧品では異例に、ギフト需要が2割にものぼる。女性ユーザーも半数近く、カレシと共用するケースも多いようだ。
逆に10~20代の若い男性たちは、イプサや無印良品のスキンケア等、ユニセックスなイメージの女性用化粧品の愛用者もかなり多い。理由を訊くと「女性モノのほうが、敏感肌用とか美白美容液とか種類が多いから」。ジェンダー意識よりケア優先の母親仕込みのケア巧者ぶりが、ここでも顔を覗かせる。
メンズ美容本格化の鍵を握るのは
40代以上のシニアたちのモチベーション
いずれにしても、“朝晩、洗顔料で顔を洗う”、“肌が乾燥したら美容液や乳液で潤いを補う”のは、歯磨きレベルの行為。メイクアップのように(主に性的)魅力をアピールするためのツールではなく、ごく普通の身だしなみだ。そんな“普通の身だしなみ”がやっと当たり前になってきただけとも言える。
それでも、この“当たり前”は、まだまだ20~30代以下の若年層に限られる。40代以上にとっては、美容液だの乳液だのは、依然なじみのないアイテムで愛用者も少数派。さらにスキンケア化粧品を“当たり前”に使っている10~20代に女性用化粧品の愛用者が多いこともあって、男性用商品が化粧品市場全体に占める割合は、未だたった数%程度だ。すでにマーケットが成熟している女性化粧品とは比較にならないほど小さく、メンズ美容が本格化するのはむしろこれから。特に加齢臭やシミ、シワなどのエイジングサインが気になってきたシニアのケア市場は、今が黎明期だ。
折しも10月19日に、資生堂が40代以上の男性社員自らがヘアメイクで「自分史上最高にかっこいい」を目指す変身企画をウェブ上で発表。シュッといなせな仕上がりに満面の笑みのシニアたちを見て、「オレも」と思わず腰を浮かせる男性たちも少なくないのでは。どうやら男性美容の主戦場は、経済力も美容熱量も高いシニアたちになりそうだ。
*1参照:https://www.intage.co.jp/news_events/news/2021/20210422.html