異次元緩和による波及経路の見直し
5月20日の政府による月例経済報告によると基調判断は「景気は、緩やかに持ち直している。」とし、4月の「景気は、一部に弱さが残るものの、このところ持ち直しの動きがみられる。」から上方修正された。
この月例経済報告関係閣僚会議に出席した黒田東彦日銀総裁は、「日本の5年債、10年債の金利は一度低下したが、株高や米金利上昇で上昇している」、「いずれの国の長期金利も上昇しているが、引き続き低位の動きだ」、「経済・物価の先行き見通しの改善で徐々に金利が上昇していくのは当然だが、日銀の巨額の国債買い入れによる強力な金利低下圧力の下で、長期金利が大きく跳ね上がるとは考えていない」と述べたそうである(ロイター)。
この発言内容を見る限り、4月4日の異次元緩和以降の日本の債券市場の動きは、「経済・物価の先行き見通しの改善」による自然な流れとの認識のようである。また、株高や米金利上昇で日本の国債の利回りが上昇(価格は低下)したとしている。
4月12日の講演で黒田日銀総裁は次のように述べていた。
「買入れの平均残存期間を、現状の3年弱から国債発行残高の平均並みの7年程度に延長しました。これまでのような短めの金利だけでなく、イールドカーブ全体の金利低下を促すことにより、経済・物価への働きかけを強めていくためです。」
異次元緩和のトランスミッション・メカニズム(波及経路)には、日銀が大胆な国債買い入れを行って国債のイールドカーブ全体の金利低下を促すことにより、経済・物価への働きかけを強めていくというのがあったはずだが、これはどこに行ってしまったのであろうか。
この点については、静岡県立大学教授・内閣官房参与である本田悦郎氏が書かれた本「アベノミクスの真実」では違う説明があった。ここでは日銀の金融政策の働きかけが、いきなり投資家にきている。「緩やかなインフレ期待形成」により、実質金利が低下し、円安・株価上昇・不動産価格の上昇を促すとしている。そこから企業部門に働きかけていくとしている。
つまりは1980年台後半のバブル発生時と同様に、1985年のプラザ合意後の円高に対しての積極的な金融緩和が、不動産や株のバブルを生んだ。この際に物価はさほど上昇しなかったが、今回と同様に景気回復への期待が強まっていたことは確かである。
4月12日の講演で黒田日銀総裁は、また次のように発言している。
「これまで長期国債の運用を行っていた投資家や金融機関が、株式や外債等のリスク資産へ運用をシフトさせたり、貸出を増やしていくことが期待されます。これは、教科書的にはポートフォリオ・リバランス効果と言われるものです。長期国債の買入れの平均残存期間を思い切って延長したのは、この効果を意識したものです。」
これについては4月の債券市場における投資家の動向が参考になりそうである。異次元緩和を受けて、国債を売却していたのは都銀であったが、これはポートフォリオ・リバランスを意識したものとではなく、期初ということも手伝っての利益確定売り、さらにはその後の価格変動が大きくなってのリスク回避を意識しての売りとみられた。
生保・損保の超長期への買い越しは574億円に止まっていた。発表された生保の運用の見直しによると、そのほとんどは確かに国内債を抑制し、外債を積み増すとしていた。4月に生保は確かに外債を購入していたが、ネットでは日本の投資家は外債を買っていたのではなく、売却していた。
4月の動きを見る限り、ポートフォリオ・リバランスが起きていたとは考えづらい。国債から株式への資金シフトについては、個人の金融資産の預貯金の一部から、投資信託を経由、もしくは直接に株式投資に振り向けることはあったかもしれないが、国内機関投資家はそう簡単にリバランスを行うことなどできず、ここにきての株高・債券安はむしろそれぞれの理由があって生じたものとみるべきではなかろうか。つまりは自然な流れということであろうか。
いずれにしても、異次元緩和による物価上昇に働きかけるというトランスミッション・メカニズム(波及経路)は、ますます見えなくなってきている。円安・株高が進行している間は、それで良しとなるのかもしれないが、期待に働きかけるためにしてしまったことが、いずれ違うかたちで波及するリスクもある。異次元緩和は何にどのように働きかけをするのか。あらためて考えておく必要がありそうである。