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習近平、米代表団訪台の報復にナウル台湾断交――陰でうごめく奇妙な動き

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
もしかしたら次期外相に?(向かって左) 出典:駐中国アメリカ大使館ウェブサイト

 13日に親米の民進党頼清徳が総統に当選すると、そのお祝いに元米政権幹部から成る非公式代表団が訪台した。習近平は軍事演習で抗議表明をする代わりに、ナウルと国交を樹立し、台湾(中華民国)と断交させた。

 その陰でうごめいている奇妙な動きとともに考察したい。

◆訪台した超党派米代表団

 1月15日のコラム<どう出る、習近平? 台湾総統選、親米民進党勝利>で、13日に民進党の頼清徳氏が総統に当選したのを受けて、バイデン大統領は取材に対し「台湾の独立は認めない。台湾は中国の一部だ」と珍しく中国が喜びそうな発言をしたと書いたが、同時に「非公式の米代表団が訪台するようだ」とも書いた。

 案の定、14日にはバイデンが派遣した超党派代表団が台湾入りしたと米国在台協会(AIT)が発表した。それによれば代表団はブッシュ(子)政権のスティーブン・ハドリー元大統領補佐官(国家安全保障担当)やオバマ政権のジェイムズ・スタインバーグ元国務副長官ら超党派の元高官らで構成され、AITのローラ・ローゼンバーガー理事長が同行したとのこと。

 15日には頼清徳と民進党本部で、蔡英文総統とは総統府でそれぞれ会談して選挙の勝利に対する祝意を伝えた

 16日にローゼンバーガーは台北市内で記者会見し、次期総統に選出された頼清徳副総統と会談した際に「米国の台湾に対する関与は引き続き強固であること」を確認し、米台協力には「台湾の自衛力強化を支援することも含まれる」と説明した。同時に、アメリカの「一つの中国」政策に変更はなく、「アメリカは台湾独立を支持せず、両岸の対話を支持する」との立場も強調した。

 相変わらずの言行不一致だ。

◆中国外務省の強烈な抗議表明

 1月15日、中国外交部の毛寧報道官は定例記者会見で強烈な抗議を表明した。フランスAFP記者の「アメリカの代表団が今日台湾で頼清徳と蔡英文に会いましたが、報道官はこの事に関してどう思っていますか?」という質問に対して、毛寧は憤然として以下のように回答している。

 ――台湾地区における選挙は中国の一地方における出来事に過ぎない。中国は一貫して米台がいかなる形の官側往来であれ絶対に反対する。アメリカがいかなる形であれ、いかなる口実を持ってこようとも、(中国の)台湾の業務に干渉することに断固反対する。われわれはアメリカに対し、台湾問題の極めて複雑で微妙な問題を認識し、「一つの中国」原則と「三つの中米共同コミュニケ」を真摯に遵守し、「台湾独立」、「二つの中国」、「一つの中国、一つの台湾」を支持せず、台湾問題を中国封じ込めの道具として利用しないというアメリカ指導者の多くの約束を履行するよう求める。慎重の上にも慎重を期し、如何なる形においても「一つの中国」原則を虚実化(有名無実化)しないこと、「台湾独立」分子に、いかなる間違ったシグナルをも発しないことを強く求める。(毛寧の引用はここまで)

 エジプトを訪問中の王毅国務委員兼外相も、1月14日、カイロでエジプトのシュークリ外相と会談後、共同記者会見の中で以下のように述べている

 ――台湾地区の選挙は中国の地方問題だ。選挙結果がどうなろうとも、世界には「一つの中国」しかなく、「台湾は中国の一部である」という基本的な事実は変わらないし、「一つの中国」の原則を堅持する国際社会の総意を変えることもできない。(中略)台湾は過去も、未来も、決して国ではなかったし、今後もあり得ない。(中略)台湾島で「台湾独立」を目論む者は、中国の領土を分割し、歴史と法律によって厳しく罰せられるだろう。国際社会で「一つの中国」原則に反する者は、中国の内政に干渉し、中国の主権を侵害しており、中国人民、さらには国際社会の共通の反対に遭うことは避けられない。(中略)われわれは、国際社会が「台湾独立」の分離活動に反対し、「一つの中国」の原則に則り、祖国統一を目指す中国人民の正当な大義を引き続き支持すると信じる。(王毅発言の引用はここまで)

◆米代表訪台に「ナウルの台湾断交」を以て報復

 1月14日の米代表団の訪台に対して、これまでの中国なら威嚇的な軍事演習をするところだが、今回はそうはしなかった。南太平洋の島国ナウルに台湾(中華民国)との国交を断絶させ、中国(中華人民共和国)と国交を締結させたのだ。軍事演習をすれば台湾の一般庶民から反発を受けるだけでなく、西側諸国から非難を受ける。それを避けて民進党政府に打撃を与えるには台湾と国交を結んでいる国を減らすのが最も効果的だ。

 中国外交部は1月15日にナウルの台湾との断交と中国との国交樹立を発表し、定例記者会見で記者の質問に対して以下のように回答した

 ――ナウルは台湾当局とのいわゆる「外交関係」を断絶し、中国との国交を回復することを望んだことは、非常に礼賛すべきであり中国はラウルを歓迎する(筆者注:この「回復」は、ナウルが2002年に台湾と断交し、2005年に中国と断交して再び台湾と外交関係を結んだことを指す)。

 世界には「一つの中国」しかなく、台湾は中国の不可分の領土の一部であり、中華人民共和国政府は中国全体を代表する唯一の合法的な政府だ。これは既に国連総会第2758号決議で確認されており、国際社会の普遍的なコンセンサスである。中国は「一つの中国」原則に基づき、全世界182カ国と国交を樹立している。ナウル政府が中国との国交再開を決定したことは、「一つの中国」の原則が全世界の人々の願望であり、時代の潮流であることを改めて十分に示した。中国は「一つの中国」原則に基づき、ナウルとの二国間関係に新たな章を開く用意がある。(引用ここまで)

◆うごめく奇妙な動き――劉建超・中国中央対外連絡部長は次期外相か?

 実はこれら一連の流れの中で、見落としてはならない奇妙な動きがうごめいていた。

 それは台湾総統選&立法委員選が行われた1月13日直前のことだった。1月8日から13日にかけて、中共中央対外連絡部の劉建超部長が中国政府代表団を率いて訪米し、ブリンケン国務長官らと会談していたことである。新華社報道によれば、「米中は(昨年サンフランシスコで)習近平国家主席とバイデン大統領が達成した重要なコンセンサスの実施を引き続き推進し、中米関係の安定的で健全かつ持続可能な発展を促進するための具体的な行動をとることを誓った」とのこと。

 その結果、くり返しになるが、1月15日のコラム<どう出る、習近平? 台湾総統選、親米民進党勝利>に書いたように、バイデンは台湾総統選で民進党の頼清徳氏が勝利を収めたことに関する取材を受けた際に「アメリカは台湾の独立を支持しない」と明言している。同記事では「アメリカは1979年に外交承認を台北から北京に切り替えた」とさえ書いてある。

 これは劉建超が得た成果で、習近平はある意味、劉建超の力を試したのではないかと推測されるのである。

 というのは、駐中国アメリカ大使館のウェブサイトには、以下のようなブリンケンと劉建超の写真が掲載されているが、ブリンケンの「ここでは(嫌でも)笑顔を見せるしかない」と言わんばかりの表情が、劉建超の外交成果を物語っている。

 劉建超はいつもニコニコしている特徴があり、相手もそれに合わせてニコニコせざるを得ないというところに思わず引きずり込まれてしまう。

出典:駐中国アメリカ大使館のウェブサイト
出典:駐中国アメリカ大使館のウェブサイト

 劉建超はもともと外交部の出で、外交部長助理を務めたこともあれば、フィリピンやインドネシアの特命全権大使を務めたこともある、れっきとした外交官だ。

 習近平は自分が選んだ側近が腐敗の温床を形成していたり、香港の不倫相手を通して機密漏洩をしていたりなどしていたことから、もう人選に自信を無くし、欠落している部長(大臣)を補填するのに苦しんでいるのではないだろうか。

 だから秦剛前外交部長(外務大臣)の後釜を決められずにいる。

 しかし劉建超は2015年8月から2017年4月まで反腐敗運動の中心的な任に当たっていたこともあり、その成績がいいので2017年からは浙江省で腐敗などを取り締まる紀律検査委員会の書記を務めた。2018年から2022年までは中央外事工作委員会で副主任として外交関係の仕事に戻っても来ている。

 したがって、ここで思い切って劉建超を秦剛の後釜として外交部長に就任させるつもりなのではないかと思うのである。

 今は中共中央対外連絡部の部長だが、かつて対外連絡部の部長が訪米して国務長官と会った事例は(改革開放前後の混乱期以外は)滅多にない。2014年5月に当時の王家瑞中共中央対外連絡部部長のケースがあるが、王家瑞は対外連絡部長として訪米したのではなく、あくまでも全国政治協商会議の副主席として米中政党間のハイレベル対話のために訪米しただけで、そのときたまたま対外連絡部の部長も兼ねていたというだけのことである。政党の高官として当時のケリー国務長官に会ってはいる。

 しかし劉建超のように、外交のためにわざわざ訪米したわけではない。こういったケースは非常に稀だ。だから身体検査を終えた習近平が、最後の能力検査のために劉建超を外交業務遂行のために訪米させたのではないかと思ってしまうのである。

 このような複雑にうごめいている米中間の現象を見ると、バイデンはウクライナ問題とガザ問題がある中で大統領選に臨むので、中国とは暫時「休戦」していたいのではないかと推測される。

 世界を俯瞰した視点を持たず、日本だけが「さあ、台湾有事だ!」とはしゃいでいると、ひょっとしたら梯子を外される危険性もゼロではない。注意を喚起したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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