採用という仕事は実際以上に簡単な仕事だと思われている〜企業が言うほど採用に力を入れていない理由〜
■「採用」は簡単な仕事だと思われている
採用にパワーが十分に割かれない理由は、多くの人(経営者等)が採用の難しさを十分に理解しておらず、「これだけ割けば十分にパワーを割いている」と誤解されていることです。
他のどの人事分野でもその傾向はありますが、「人」という誰でも日々接している対象を相手にする業務である「人事」は、ある程度どんな人でもできると思われやすい。もちろんそこには幾ばくかの専門性はあるとは皆思っているとは思うのですが、それでも、経理や法務、マーケティングや戦略立案などと比べると、人事業務はある程度までは「これまで生きてきた経験」によってこなせると思われています。
特に、採用の面接業務などは「人と会って話をして、その人がどんな人かを評定し、アウトプットは結局、上げるか落とすかだけ」というように軽んじられ、「誰でもできるだろう」と思われています。その証拠に、適切なトレーニングも受けることなく、業績を認められてマネジャーに昇進しさえすれば、採用面接が業務として何事もなかったかのように加えられるというケースは少なくありません。
■例えば、「潜在能力評価」の専門性は高い
しかし、実際はそうではないと私は主張したいと思います。
ビジネスパーソンとして多くの経験を積んできている人は、実践の場面で沢山の人々と接しており、実例をもとに「できる人」「できない人」を十分に見てきています。そういう人は実績を通じて「人を見立てる」ことには問題なく力を発揮できるかもしれません。
しかし、企業にとっての競争力を生む採用面接とは、いかにその人の潜在能力、ポテンシャルを見抜くかにあります。明確な能力が実績に現れた人は、人材アセスメントの能力が低い採用担当者であっても、当然ながら容易に見抜くことができます。ただ、それは「どんな企業でもその人の良さが分かる」ということであり、すなわち、獲得競争は激しいものとなります。
すると、結局、最終的にその顕在化された実績を持つ優秀な人材を獲得できるか否かは、その企業の採用ブランド力に左右されることとなります。これでは、これからどんどん成長しようとしている「未だブランド力は弱い」企業にとっては、今よりも、自分達よりも優秀な人材を採用することは叶いません。だから、採用担当者は「潜在能力」をいかに見抜くことができるかが勝負なのです。極論すれば、「自分だけがその人のことを分かる」のであれば無競争でその優秀な人材を採用できるということです。
■「潜在能力」を見抜くために必要なスキル
顕在的な実績で評価するのと異なって、潜在能力を評価するには、結果だけで判断するのではなく、その結果を生み出した潜在的な「プロセス」に関する情報収集、インタビューのテクニックが必要です。漫然と聞いていたのでは、潜在的プロセスに関する情報は取得することができません。
また、情報を集めた後も、「地頭」や「論理的思考能力」、「コミュニケーション能力」「主体性」「自律性」「意欲」「自信」などの、抽象的なパーソナリティや能力を表現するアセスメントワードでその人を理解しなければなりません。しかし、これらのワードは、様々な場面で個々人が日々使っているために、「手垢」がついていたり、「方言化」していたりすることが多く、きちんと内容をすり合わせなければ、同じ言葉を使っていても、まったく正反対の内容を示すことがあります。例えば、「主体性」を、「自律的に行動すること」であると考えている人もいれば、「目の前の課題に前向きに素直に取り組むこと」と「適応力」に近い概念で使っていた例が沢山あります。
このように、潜在能力を見抜くためには、特殊なインタビューテクニックと、人材アセスメントを行うための人を表現するワードについて、明確な定義、理解が必要になってくるのです。
■「労働市場に関する知見」も難しい
もう一つ、採用担当者の重要な専門性を上げるとすれば、それは労働市場に関する知見です。つまり、世の中にはどのような人材がどのような分布・割合で存在していて、彼らを欲しがっている受け側のニーズはどんなものがあり(業界・企業・職種・待遇等々)、結果、どのような需給関係が生じているのか、今後生じていきそうなのか、ということです。多くは内向きの情報ばかりに接している採用以外の人事担当者と比べると、採用担当のみが日常的に世の中の状況をウォッチしている、しなければならない役割とも言えます。
労働市場に関して十分な知見を持つのは容易なことではありません。言ってしまえば、「今後、社会はどうなっていくのか」という未来予測なども含まれる壮大なテーマです。社会がどうなっていくから、どんな産業の興亡があり、その結果、どんな仕事の隆盛や消滅があるか分からなければなりません。一方、供給側の学生や労働者の志向や保持能力はどのように変化しているから、需給関係においてどんな問題が発生しそうか(売り手市場か買い手市場か、どんな人が余り、どんな人が足りないのか・・・等々)を考えるわけです。これはかなり難しい専門能力が求められる領域です。
しかし、唯一外部との接点の多い採用担当者がこの労働市場の動向について不見識であったり見誤ったりすれば、会社は最重要リソースである人材の供給情報を見誤ることになり、必要な時に必要な人材を確保できにくくなってしまいます。
■採用の「重要性」に加えて、「難易度」を理解してもらう
このように、「採用」は実は思われている以上に難しく(あくまで「ちゃんと」やろうとすればですが)、専門性の高い領域であると私は考えています(実際に、その専門性を身に付けた人事が現状大勢いるかどうかは別問題ですが)。
現状、十分にパワーをかけられていない「採用」に関して、人事上のパワーシフトを行う決定を経営層にしてもらうためには、採用の重要性(採用がうまくいっていないと後工程が苦労する。採用がうまくいけば後工程が楽で、その結果、最も効果的な人事が可能となる、ということ)を、口を酸っぱくして述べているだけではだめで、どれぐらい難しいことなのかについての理解を求めることも必要です。
「重要性」は理解していても「難易度」を理解していないので、「この程度のパワーをかけていれば、十分重視していると言えるだろう」ということになるのです。
私の某社でのコンサルティング経験でのことですが、採用を担当する事業責任者の皆様に、ポテンシャル採用を実現するためのインタビューとアセスメントについてレクチャーを行ったことによって、ようやく「面接の難しさ」をご理解いただき、その後、必要十分なリソースを採用活動に割いてもらうことができたということもありました。このように採用にかけるリソースを判断する立場の方の理解を進めるのは採用担当者の重要な仕事なのです。