ネパール料理店を開店した日本人オーナー 南インドでもスリランカでもなく「ネパール」だったワケ
近年、南アジア料理好きを中心に人気を高めている、ネパールの定食「ダルバート(※)」。ダルバートの魅力の本質とは何なのか。そんな問いをリュックに携え、豪徳寺はOLD NEPALを訪ねました。同店は2020年開店のネパール料理レストランで、そこには日本で誰よりもネパール料理に愛を捧げるオーナー・本田遼さんがいます。
果たして遼さんにとってのダルバートとは? なぜ「ネパール料理」だったのかを聞きました。
※豆のスープとご飯がセットになった、ネパールで日常的に食べられる食事。一般的にネパールでは、ダルバートを1日2回食べる。
ダルバートだけが身体にすんなり入ってきた
田嶋:ネパール現地に通い始めて、どれくらいが経ちますか。
本田遼さん(以下、遼さん):23歳からなので、15年くらいですね。コロナの時は行けませんでしたが、年に1~2回、数カ月間ネパールに滞在してきました。
田嶋:ダルバートやネパール料理にのめり込むきっかけは?
遼さん:23歳の時に初めて訪れたネパールで最初に食べたダルバートが、なんやこれ!っていうくらい衝撃的においしくて。
田嶋:どんなふうにおいしかったのでしょう?
遼さん:それまでにもバックパッカーとしていろいろな国を回り、おいしい食べ物も食べてきましたが、ただ「うまいなー」で終わるものや、「おいしいけど、ちょっと重たいな」といったものが多かったんです。
でも、カトマンズからポカラに向かうバスの休憩所で食べたそのダルバートは、本当にすんなり身体に入ってきたんですよね。デフォルトのご飯がすでに山盛りなんですが、それを3回くらいおかわりして。とにかく「なんやこれ、めっちゃおいしい!」って。
その後、南インドやスリランカでも料理を食べましたが、僕にはネパール料理のようにはしっくりこなかったですね。
田嶋:僕もネパール料理が身体にしっくりくる感覚があるので、その感じは何かわかります。やっぱり人によって、合う合わないがあるのでしょうね。あらためて遼さんにとっての、ダルバートの魅力や楽しさとは?
遼さん:やっぱり根本は、ダール(※)と米ですね。とりあえず米を炊いて、シャバシャバのダールをかけるだけでもう、ウワーってご飯を食べられるじゃないですか。そこにちょっとアチャール(※)とかがあったら、もうちゃんとダルバートで。
(※)ダール:豆で作ったスープやカレー
(※)アチャール:ネパールの漬物およびチャトニ
田嶋:それだけでも延々とご飯をいけますよね。
遼さん:ダルバートのダールって、味噌汁みたいなポジションだと思うんです。ごはんにかけてもよし、単体で飲んでもよしっていう。その点、南インドやスリランカのダールって、純粋なおかずに近いじゃないですか。そこが文化的な違いだなと感じます。だからスリランカに行ってパリップ(スリランカの豆カレー)とかを食べても、「もっとシャバシャバのダールを出してくれ」と思ってしまうんです(笑)。
あと、南インドやスリランカだと、気候が暑いこともあってか、料理は常温でOKな文化だったりします。対してネパールはやっぱり寒いこともあって、熱々がおいしいんですよね。OLD NEPALでもダルバートを熱々で出すことにはこだわっていて、ターリー皿をウォーマーで温めたり、お客さんが席を立たれたらいったん作るのをやめて戻られたら再開するようにしています。
日本人だから気づけたネパール料理のポテンシャル
田嶋:最近、ネパール料理店が多様化しているなと思っています。ネパール料理を専門に出す店は増えているし、それこそOLD NEPALのようにモダンネパール料理を出す店も出てきている。他にもダルバートレストランをうたう店や、ネパール居酒屋のスタイルを踏襲した店があったり。インド・ネパール料理店の中でも前述の通り日本の居酒屋メニューや、タイ・ベトナム料理、あるいは韓国料理を出すところがあったりします。
遼さん:個人的には、ダルバート自体もどんどん多様化・細分化してもらいたいなと思っています。たとえば日本のお寿司だって、ミシュランを取るような高級店もあれば、回転寿司や、1貫100円から食べられるお店、さらにはテイクアウトの寿司店やスーパーの寿司まで、いろいろな種類がありますよね。それをみんな状況に応じて使い分けている。
ダルバートもそんなふうに、いろいろ選べるようになってほしいなと。新大久保にあるような500~600円で食べられるものがあれば、うちみたいなスタイルの店とか、もっと値段が高い店もあったりして。さらにはダルバートの弁当もあって、テイクアウト用のダルバートもある、みたいな。
そうなればダルバートのことを知る人は確実に増えるし、ダルバートが知られれば、当然ネパール料理も知られるようになる。そんなふうに、ダルバートとネパール料理の裾野がどんどん広がればいいなと思っています。
田嶋:遼さんは日本のみならず、ネパール現地に自身のレストランを作ることを1つの目標にしていて、ネパール国内でのネパール料理のあり方にも目を向けています。その先のゴールは、どこに置いていますか。
遼さん:ゴールは、ネパールの食文化のボトムアップですね。ネパールのレストラン業界で働く人たちって、シェフをはじめ、みんな給料が安いんですよ。最近ではイギリスでサントシュ・シャハさんというネパール人スターシェフが出てきていたりもしますが、基本的にはスターシェフもほぼいない。
また観光産業で成り立っている国なのに、ツーリストが何を食べているかというと、中国人は中華料理、西洋人はコンチネンタル料理、日本人は日本料理で、一部の人をのぞきネパール料理はあまり食べられていない。そういうのを見ると「ネパールに来てネパール料理を食べないなんてもったいない。こんなにポテンシャルのある料理なのに!」と思ってしまいます。そもそもネパール人自身が、ネパール料理のポテンシャルに気づいていないんですよね。
だからこそ、東京でネパール料理のコース料理を出して、もっともっとおいしいネパール料理を作って、それをネパールに持っていって成功させたい。そうしたら絶対に同じようなスタイルのネパール料理をネパール人たちもやり始めるだろうし、そうやっていろいろなネパール料理が食べられるようになってネパール料理が底上げされることで、観光産業の重要な一つになる。それが目標で、ぜひ実現させたいです。
田嶋:外国人だからこそ、新たな視点からその国の料理を再評価できるというのは、往々にしてありそうです。
遼さん:ネパール料理でそれを実現するには、やっぱり料理のスキルやおいしさをもっと高めていかないといけないし、プラス僕は日本人なので、ネパールの食文化を知らないといけない。ネパール人が食べても「あ、これネパール料理だ!」と言ってもらいたい。フュージョンとは言われたくないんです。
ネパール料理を知る人には「うわ、やば。ここまで掘っているのか」となってほしいし、ネパール料理を知らない人には、ただただうまいと感じてほしい。それは一見矛盾することなんだけど、突き詰めたら意外と、ひっくり返って全部一緒になるんじゃないかなと。だから、コアなことをしつつも、おいしく作るにはどうしたらいいかをがんばって考え続ける。それを追求していきたいんです。
本田遼さん
1983年、兵庫県神戸市生まれ。和食の料理人を経て、神戸のネパール料理店「ククリ」で働く。その後、旅行会社勤務などを経て、2015年にダルバート専門のネパール料理店「ダルバート食堂」を大阪・谷町四丁目にオープン。2020年、東京・豪徳寺にネパール食文化をモダンに表現するレストラン「OLD NEPAL」を、2021年にOLD NEPAL2階にスパイスショップ「sunya」をオープンする。著書に『ダルバートとネパール料理』、『ミールス、ダルバート、ライス&カリー』(共著)がある。
※当記事は、noteの記事(https://note.com/tajimacho/n/n9afb01abe3df)を抜粋したものになります/写真は著者撮影