3年目のいわきFC(2)そしてフィジカル革命が始まった。
ゴールラッシュ
後半に入るとゴールラッシュが始まった。
もしかしたら圧倒的にゲームを支配しながら2点だけに終わった前半の戦いについて、ハーフタイムに田村監督から喝を入れられたか。後半から前線の顔ぶれを変えたことも攻撃の流れをスムーズにしたかもしれない。
いずれにしても47分に3点目が決まると、54分、56分、65分……といわきFCはネットを揺らし続けた。
一方、青いユニホームのアウェイチーム「会津オリンパス」は時間と得点差が積み重なるにつれ、目に見えて走れなくなっていった。
実は前半を見ながら、落ち着いてプレーすればもう少しやれるのでは……と感じていた。いわきFCの攻撃を跳ね返し、ボールを奪っても前方に蹴り出すか、単独でドリブルを仕掛けるばかり。それでもアジリティの高い選手は何人かいたから、つないで保持するか、サポートに入るかすれば活路も開けるのではと思いながら見ていたのだ。
ちなみに会津オリンパスは東北リーグ2部で2シーズン目を戦うチーム。以前はあったグランドが使えなくなり、いまは体育館中心の練習で……と会津から応援に来ていた人が教えてくれた。
加えて、同じ福島県でも、温暖な「浜通り」とは違い、「会津」は雪も深い。そういえば、いわきではすでに散った桜も、まだ開花したばかり。チーム環境的にも、気候的にも、ハンデは大きい。ゲーム体力が養われてないこの時期、運動量が落ちるのは仕方がないかもしれない。
まして、いわきFCのフィジカルとフィットネスは……。
一方的に攻め続けているいわきFCのシュートがまたゴールネットを揺らした。ピッチサイドで赤い旗が舞い上がり、サポーターが気勢を上げる。
2018年4月14日、3年目の開幕戦も、これまでと同じように大量得点差での完勝で飾ることになりそうだ。
稼ぐクラブハウス
それにしても観客たちが見事に赤い。
もちろんレプリカユニホームを身に着けている人が多いからだが、そこに「アンダーアーマー」の着用率の高さが加わり、応援席の赤をより濃くしているように見える。
実は開幕戦が行われている「いわきFCパーク」にはアンダーアーマーのショップもある。だからゲームを観戦に訪れたファンはスポーツウエアやシューズなどを“現地調達”することもできるのだ。その一角にチームの応援グッズコーナーがあるのは言うまでもない。
アンダーアーマーショップだけでない。このクラブハウスには、すき焼き、トンカツ、寿司、イタリアン、カフェなどの飲食店、さらに外車販売店、英会話教室も入店している。
だから、この日もカフェのテラスからゲームを観戦する親子もいれば、試合前にコンプレッションシャツを購入する夫婦の姿もあった。試合後に浅草の名店の味を楽しんだ家族もいただろう。
いわば小さなショッピングモール。ゲーム+αを楽しめる施設なのである。
もちろんゲームが行われないときでも日常的に利用できる。「商業型」と冠される所以だ。
それはクラブを主語に言い換えれば、「稼げるクラブハウス」ということになる。単純な話、“大家”であるいわきFCは出店企業からテナント料収入を得ることができるのだ(店舗だけでなくグランドに面した会議室など個室の使用権も販売している)。
Jリーグのクラブが(創設から25年経っても)実現できない施設を、いわきFCは早くも手に入れたのである。
設立から2年目、昨年初夏のことだ。
福島サッカー界、10年ぶりの事件
その「いわきFCパーク」ができる少し前、いわきFCはビッグニュースの主役になった。天皇杯福島県予選決勝(代表決定戦)で、J3の福島ユナイテッドを破ったのである。
前回書いた通り、前年、つまり創設年にもいわきFCは決勝で福島ユナイテッドと対戦。延長までもつれ込む熱戦を繰り広げている。どちらが勝ってもおかしくないゲームだったが、このときは惜敗した。
しかし、1年後、今度は2対0という完勝で、福島県代表の座を勝ち取ったのである。
付け加えるなら、このとき福島ユナイテッドはJ3で首位を走っていた。そのチームを旗揚げ2年目の県リーグ所属のいわきFCが下したのである。
だから当然、多くのメディアが「番狂わせ」と報じたが、実は僕自身に大きな驚きはなかった。前年の接戦を見ていたこともあるが、練習試合などを通じて両者にカテゴリーほどの差がないことを知っていたからだ。
それでもボールを動かして攻撃を仕掛けるユナイテッドと、フィジカルで相手を圧倒するいわきFCのゲームは面白かった。対照的なスタイルのチームがぶつかったからこその見応えがあった(そのあたりのことはゲームレポートをお読みください)。
もっとも(「番狂わせ」かどうかはともかく)、この勝利がビッグニュースだったことは紛れもない事実である。
全国のサッカーファンには実感しにくいかもしれないが、(J3とはいえ)福島ユナイテッドは県内最強チームである。天皇杯ではこのときまで9連覇中。だから“スーパーシード”で決勝戦しか戦わない。
つまり福島県予選は、事実上、ユナイテッドへの挑戦権を賭けたトーナメントであって、その挑戦者も9年連続ユナイテッドを倒すことはできずにいたのだ。
つまり、いわきFCの勝利は福島サッカー界で、10年ぶりに起きた“事件”だったのである。
J1札幌を破る大番狂わせ
さらに、「いわきFCパーク」ができた直後にも、いわきFCは再びビッグニュースを提供する。今度は、福島県だけでなく、全国ニュースの“事件”だった。
天皇杯の(福島大会ではなく)全国大会で、J1のコンサドーレ札幌を破ったのである。上から順に数えていけば、7部リーグのチームが起こしたジャイアントキリング。しかも後半のアディショナルタイムにゴールを奪い合って延長戦に突入するドラマチックな激戦を制しての「大番狂わせ」だった(試合の詳細はこちらのレポートに)。
このときも僕は結果にはさほど驚かなかった。驚いたのはいわきFCが見せたフィジカルとフィットネスである。
当日、試合が行われた札幌は雨だった。グランドは“重馬場”。当然、選手は体力的に消耗する。にもかかわらず、いわきFCの選手たちは延長戦になっても運動量が落ちるどころか、むしろ上がったようにさえ見えたのである。
それはボールスキルで上回り、優勢に試合を進めていながら、時間とともにパフォーマンスを落としていった札幌との対比でみれば鮮明だった。
日本のフィジカルスタンダードを変える――いわきFCはそう宣言してチームを立ち上げた。
とはいえ、掲げたヴィジョンが実現されるとは限らないことを僕たちは経験的に知っている。古今東西、キャッチフレーズの形骸化は珍しいことではないからだ。もしかしたら、その威勢がよければよいほど眉に唾しがちかもしれない。
ましてこの宣言は運動能力に関することである。人間の身体だ。バーチャルではない。
だから当初からあった「そんなことができるのか?」というクエスチョンマークは懐疑的、というより否定的なニュアンスの受け止めが強かったと思う。
しかし、証明した。適切な栄養補給とトレーニングによって、選手の能力を向上させ、プレーのパフォーマンスを高め、ゲームの勝敗をも動かせることを、いわきFCは「J1相手の勝利」というニュースともに証明してみせたのである。
まだボールゲームとしての完成度は決して高いとは言えない。しかし、だからこそいわきFCが起こし始めているフィジカル革命のインパクトはより強烈だった。少なくとも僕にとっては、Jクラブを立て続けに破った結果以上に衝撃だった。
しかも、このときまだ設立から1年半しか経っていなかったのだ。
深化するフィジカル革命
コンサドーレ札幌に勝利した後、3回戦で対戦した清水エスパルスには0対2で敗れた。しかし所属する福島県リーグ1部を大量得点の連続で全勝したのはもちろん、全国クラブ選手権でも連覇。
結局、2年目もいわきFCは、公式戦に限って言えば、33戦31勝。喫した2敗は、天皇杯でのエスパルス戦と、全国社会人選手権でのアミティエSC京都戦(PK戦負け)のみ。県大会・東北大会も含めて、初年度より一つ多い「7冠」を獲得する躍進のシーズンとなった。
ちなみにチームの柱であるフィジカル強化は、サプリメント、マシントレーニングからさらに進んで、そのアプローチは遺伝子にまで及んでいる。「いわきFCパーク」を訪れれば誰でも目にできるガラス張りのトレーニングエリアはあくまでも表面に過ぎないということだ。最先端の取り組みは、その奥の奥、バックステージで行われているのである。医学の領域にまで踏み込んだ取り組みの辿り着く未来は……。
革命とは、いつも人目につかないところで深く静かに始まるものなのだ。
Jヴィレッジが再開する
後半のゴールラッシュは、サポーターたちに7度の雄叫びをもたらして終わった。実はそれを大きく上回る回数、彼らに天を仰がせたのだが、そこはサッカー。チャンスとゴールの数は一致しない。この後半、いわきFCのシュート=50本、と記せばゲームの内容は伝わるだろう。
とにかく9対0。3年目のシーズンもやはり大量得点でのスタートとなった。カテゴリーが東北リーグ2部に上がったとはいえ、今季もこういうゲームが続くことになりそうだ。
試合後の選手たちはいつものように報道陣に囲まれていた。まだ地域リーグとはいえ、地元メディアの関心はすでに高いのだ。福島県内に住んでいれば「いわきFC」は新聞やテレビで頻繁に目にする話題となりつつある。
この日のインタビューでは「開幕戦の勝利」とは別にもう一つ質問が用意されていた。Jヴィレッジの再開が決まったことについてだ。震災後、原発事故の対応拠点となっていたが、今年7月から再びサッカーでの利用が開始されることになったのである。
あれから7年が経った。いわきFCの物語も、あの日から始まったのだ。(つづく)