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「ダメなら引退」から開幕3戦連発の大久保嘉人が38歳になって再ブレイクできた理由

元川悦子スポーツジャーナリスト
全盛期の感覚を取り戻した大久保嘉人(写真:松尾/アフロスポーツ)

39歳でのJリーグ得点王にも現実味

J1最多スコアラー・大久保嘉人(セレッソ大阪)の勢いが止まらない――。

 2021年J1開幕となった2月27日の柏レイソル戦で、右サイドバック・松田陸のクロスをヘッドで叩き込んで、1年4カ月ぶりのJ1ゴールを挙げると、続く3月3日の川崎フロンターレ戦では開始5分に華麗な右足ミドルシュートを叩き込んで先制。22分には開幕戦同様、松田陸の右クロスを角度のないところから左足で合わせて1試合2ゴールをマークした。

 さらに3日後のFC東京戦でも、前半14分に坂元達裕の浮き球のボールに鋭く反応。中村帆高と渡辺剛の背後を巧みに取り、ピンポイントのヘディングシュートを決めたのだ。

「開幕3戦連続ゴールというのも今までなかったし、(ここまで4ゴールというのは)出来すぎかな」

 本人はテレ笑いを浮かべたが、レヴィー・クルピ監督は「大久保は今、乗りに乗っている状態。本当にJ1得点王を取るんじゃないか」と傑出した得点感覚に太鼓判を押した。

「意識したけど、なす術がなかった」と中村帆高も脱帽

 決められた側のFC東京・中村帆高も「セレッソ戦をやるに当たって、前線2枚の選手がスルっと入ってくるのがうまいと分かっていた。自分の中で意識していたけど、坂元選手がカットインした瞬間、自分はボールウォッチャーになってしまい、なす術がなかった。ホントに大久保選手の抜け出しがうまかった。あれは絶対にやられてはいけないミスだった」と神妙な面持ちで語っていた。若く伸び盛りのDF陣が警戒心をマックスまで研ぎ澄ませても、裏をかけるのがJ1通算189ゴールの偉大な点取り屋の嗅覚に他ならない。それが蘇ったのは、2021年Jリーグ最大の朗報と言っても過言ではない。

 ジュビロ磐田時代の2019年11月30日の名古屋グランパス戦以来、J1ゴールから遠ざかり、2020年のJ2・東京ヴェルディではまさかの無得点に終わった38歳のFWには正直、厳しい目線が注がれていた。「もう大久保は終わった」という酷評もあり、15年ぶりにセレッソに復帰した際も「なんで今さら嘉人を取るのか」という批判的な声が数多く寄せられた。1月22日に行われた新体制の発表会がユーチューブで配信された時に「あと15点で200点なので、そこに行ければ一番いいかな」と発言すると悲観的な書き込みが目立ち、「今季ダメなら引退じゃないか」という憶測も流れた。

「なんで今さら嘉人なの?」という批判をはね退ける強心臓

 実際、2月の宮崎キャンプでの大久保の立ち位置はFWの3~4番手だった。昨季から実績のある豊川雄太、期待の新戦力・加藤睦次樹、松田力らがいて、ベンチに入れるかどうかの瀬戸際だった。「新助っ人のアダム・タガートがコロナ禍で入国できない分、大久保にもチャンスがある」という前向きな見方もあったが、苦境を強いられるというのが大方の予想だった。が、彼はその前評判を見事なまでに覆すパフォーマンスを披露している。「嘉人はメンタルが強い」と長年の盟友・松井大輔(サイゴンFC)らも口を揃えていたが、強心臓ぶりは凄まじい。

 そもそも大久保はなぜゴールラッシュを見せられているのか。要因をいくつか考えてみると、一番大きいのが、エースストライカーとして起用されている点だろう。

「やっぱりボールが集まるってのが一番大きいですね。ここ数年は最後のところにボールが来ない、前線にいるのに来ないっていう状況が続いていた。自分を見てもらえない感じだったんです。でも今は前にいれば見てもらえるし、ボールが来るようになった。そこがホントに自分にとって一番です。

 セレッソではみんなが単純にどんどんボールを当ててくれるしね。自分は当ててくれな

いとリズムを作れない。それを分かってもらえているのも大きいと思います」

宮崎キャンプで復活への手ごたえをつかんだ様子だった(筆者撮影)
宮崎キャンプで復活への手ごたえをつかんだ様子だった(筆者撮影)

復活の最大のポイントは起用法!

 大久保はこう話していたが、セレッソには清武弘嗣を筆頭に、原川力、藤田直之といったパス出しに秀でた面々が揃っていて、エースFWがほしい位置・タイミングでボールをもらえる環境にある。それは2013~2015年まで3年連続得点王に輝いた川崎フロンターレ時代にも言えること。逆に大久保が点を取れなかったヴィッセル神戸、磐田、東京Vなどでは得点以外の役割を課されることが多すぎたともいえる。神戸時代はサイドで守備に回るケースが多く、本人もゴールに集中できなかっただろうし、昨季の東京Vでも中盤に下がってボールを受けるばかりで前線にいる時間が短かった。

 岡田武史監督(現FC今治代表)時代の日本代表でも大久保はサイド要員に位置付けられ、守備に忙殺されていた。その典型例が2010年南アフリカワールドカップ。松井、本田圭佑、大久保の3トップには局面打開とゴールが託されていたが、それを具現化した松井と本田とは対照的に、大久保は長友佑都(マルセイユ)とのタテ関係で相手のエース殺しに奮闘していた印象しかない。

 彼がマルチな能力を備えた選手だからこそ、指揮官から多彩な仕事を求められるのだろうが、それが災いのもとになっていた部分は少なからずある。今のようにクルピ監督から「大久保は特別な嗅覚を持った選手」と絶対的信頼を寄せられ、ゴール前に君臨していた方が確実に数字を伸ばせる。ある意味、彼は38歳にしてようやく自分の最大の長所を生かしてくれる理想的な環境を手にしたということなのかもしれない。

フィジカルコンディション含めてベストの状態に!

 もう1つの理由を挙げると、肉体改造の成果だろう。「俺は走るのが大嫌い。疲れるから」と冗談交じりに言っていた大久保も、引退寸前まで追い込まれて奮起した。強く逞しく走れる体を追い求めてオフシーズンに自主トレを実施。最高の状態で2021年の開幕を迎えたのだ。

 体が動くようになれば、当然のごとく、高度な技術や過去の経験も生かせるようになる。

「今は若い時には分からなかったことがいろいろ見えるよね。サッカー界のことは全て分かるから楽しいっちゃ楽しい。それを周りに伝えられるしね。今の若手はポジショナルプレーの中でサッカーをしていて、自分の特徴を出せないやり方でやってきてるから、考えてプレーできないことが多いけど、敵が1人いたらそれをはがして前に行くのは当たり前。そういう基本ができなければ上には行けないと思う」

 宮崎でも語気を強めていた大久保だが、この言葉は自分自身に投げかけていたのかもしれない。昨季まではフィジカルコンディションが上がり切らず、自信も失いかけていたから、ゴールに突き進むプレーができなかったが、今は自分で相手をはがして前に出ていくことができている。そのためにも、やはり心身両面をベストの状態に保たなければいけない。サッカー選手としての土台の重要性を再認識したことが、復活の原動力になっているのだろう。

「これまでの3試合は終わったこと。一戦一戦が勝負」

 今季J1は今後も超過密日程が続く。セレッソは10日の昨季の指揮官・ロティーナ監督率いる清水エスパルスとの対戦を筆頭に、13日の横浜FC、17日の大分トリニータ、21日の湘南ベルマーレと3月だけで6試合を消化することになる。しかも関東4回というハードなスケジュール。だが、大久保にしてみれば、愛する家族が観戦に来られる関東遠征は逆にモチベーションが上がるに違いない。

「これまでの3試合は終わったこと。1試合1試合にかける思いでやっているので、前の試合のことは忘れてます」と本人はつねに初心を忘れない。

 3月だけで果たして彼は数字をどこまで積み上げるのか。期待は高まるばかりだ。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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