リクルートのような会社も、いつかは逆ピラミッド組織になるか〜遠心力施策を打たなければ組織は停滞する〜
■意外と低いリクルートの離職率
23年卒リクナビの情報によると、株式会社リクルートは2018年4月入社社員が398名、うち2021年3月31日時点で離職者は78名と、3年間の離職率は約20%でした。1年あたりに換算すると約7%です。よく知られるように、全国平均では新卒者の離職率は「3年3割」というのが10年以上続いています。また、厚生労働省「入職と離職の推移」を見ても、日本企業の離職率の平均は近年15%前後です。これと比較するとリクルートは「それほど人が辞めていない会社」と言えます。私がリクルートの人事をしていた頃も、おおよそ離職率は8%程度でしたので、現在でも状況はあまり変わっていないようです。
■「8%」という数字の意味
当時、リクルートは離職率をきちんとモニタリングし、マネジメントしていました。「8%」をターゲットとしていた記憶があります。単純計算ですが、もし100人社員が入社して毎年「8%」ずつ社員がやめていけば、12〜13年で0人になります。22歳で入社した社員は13年後には35歳になります。つまり、この数字を続けていけば、組織は35歳を頂点としたきれいなピラミッド組織になるわけです。けして若ければよいわけではありませんが、もともとリクルートは若年層を対象としたビジネスを多く展開しているため、そういう組織を一旦の理想と置いて、それを作るために必要な離職率を「8%」と置いたということです。
■社歴60年でも平均年齢30代前半
実際は、それよりはもう少し高いピラミッドになっているようですが、それでもリクルートの平均年齢は33.6歳です。三菱商事や電通などの他の日本企業は軒並み40歳を超えています。リクルートは設立 1963年8月26日ですから、そろそろ社歴は60年という会社です。そして、私がいた頃は借金だらけで大変な時期でしたが、現在のリクルートは、売上高はグループ連結で2兆円を超え、従業員も4万6800人、株式時価総額も日本企業で10本の指に入るような会社になりました。今ではそんな超大企業ですが、それなのに30代前半をキープしているのは驚くべきことかもしれません。
■これは自然にできた数字ではない
こうして今でもリクルートは組織が若く、活発な風土を保っているわけですが、これは結果として自然にできた数字ではありません。この「理想の離職率」を実現するために、さまざまな人事施策を工夫して行った結果であると思います。例えば、採用では、独立志向の若手を集め、組織にぶら下がる人は採らない。育成では、社外でも通じるポータブルスキルを開発する支援を行う。報酬は、市場価値に合わせ、中にいることが得でも損でもないようにする。他にも年収の1年分の割増退職金を払う制度を作るなど、いろいろな「遠心力」をもたらすことでようやく成し遂げている数字なのです。
■一方で、強烈な「求心力」をかけている
なぜそんなに努力をして離職率を実現するかと言えば、リクルートは一方で強烈な求心力施策を打っているからです。組織はメンバーが一体となり事業に当たらねばよい成果は生まれません。当然ながら、リクルートもメンバーの心を一つにする努力をしています。魅力的な理念を掲げ、働きやすい職場風土を作り上げることはその筆頭です。他にもフェアな評価、恵まれた待遇、キャリア自律を促す仕組み、多数ある社内イベントや社内報、コーポレートブランディングなど。これらは全てメンバーが「リクルートが好き」「リクルートにいたい」と思うような求心力施策です。そしてそれが組織の力となります。
■フィットしない組織に居続ける不幸
ただ、この組織の求心力は副作用として、事業的にはフィットしない、もしくはしなくなってしまった人材をも組織に引きつけることにつながります。一度入社した会社と一生添い遂げることができれば理想ではありますが、現実的には人も組織も時を経て変わっていくため、フィットしなくなることはふつうにあります。それなのに、いつまでもフィットしない組織に居続けることは、人にとっても組織にとってもよいことではないかもしれません。しかし、強烈な求心力施策によって育まれた組織への愛着ゆえに、フィットしなくなった組織を去るという合理的判断はなかなかしにくいものです。
■過去の組織の功労者を厄介者にさせない
そこで、愛着という鎖を断ち切って、後ろ髪を引かれながらも別の天地へと進む勇気をサポートするのが、先に述べたいろいろな遠心力施策です。つまり、遠心力施策とは、フィットしなくなった人が自らの意思で組織を離れていくために、背中を押してあげるためのものなのです。そうしてやっと、リストラのような手荒なことをすることなく、理想の離職率が実現できるのです。もし、それができなければ、過去の組織の成長の功労者であり、組織に愛着を持っている人たちが、新しく入って来た過去のことなど知らない若い人たちに、組織の中での厄介者扱いをされることにもなりかねません。とても悲しいことです。
■「求心力」と「遠心力」のバランスが重要
このように、求心力だけでは功労者をひどい目に合わせる可能性もあり、遠心力だけでは組織の一体感が損なわれます。ですから、理想の離職率を強行的な手段(これも組織の雰囲気を荒廃させます)以外で実現するため、うまく求心力と遠心力の両方を用い、離職率をモニタリングし、人が出過ぎたら求心力を強め、人が残り過ぎていれば遠心力を強めと、適宜マネジメントしていくことが必要です。実際には、求心力は人の良心に合うためにやりやすく、遠心力はなんとなく嫌なことですからやりにくいため、求心力施策だけの会社が多くなります。しかし、それが結局のところ、後々の組織の停滞やリストラを生むことになるのです。