【PC遠隔操作事件】捜査終結。裁判に臨む検察の陣容は、まるで大疑獄事件?!
東京地検は、PC遠隔操作事件で勾留中の片山祐輔氏について、神奈川県警から追送検されていた横浜市内の小学校襲撃の脅迫メールを送ったとする威力業務妨害事件や遠隔操作ウィルスを6人にダウンロードさせたウィルス供用罪など3件を追起訴。一連の捜査が終結したと発表した。2月10日の片山氏逮捕から139日。片山氏の身柄も、警視庁湾岸署から東京拘置所に移され、事件は舞台を完全に裁判所に移す。
「自信」を語る検察だが…
6月28日午後4時から行われた地検の記者会見は、カメラ禁止、録音禁止の状態で行われた。稲川龍也次席検事は、自信ありげにこう語った。
「4人を誤認逮捕した経緯もあり、特に慎重に事案の解明を進めてきた。これがまた誤認となる事態は避けたい、ということをテーマにして、警察と一体となって捜査を行った。予断と偏見を持たずに証拠を見れば、誰でも片山さんが犯人と考えるはず。彼が犯人ではないとは考えられない。彼のPCが遠隔操作をされていたとも考えられない」
とはいっても、稲川次席が証拠について、どの程度理解しているかは疑問。彼自身、「(サイバー犯罪は)目に見えない、というのが難しい。ログの解析結果などは見てもよく分からない」と認めている。「我々の古い捜査では、ここまでできなかったろう。すごい時代になったな、と思う。本件が、今後のサイバー事件捜査の出発点になる」とも述べており、その自信の源は、自分で確認した事実というより、警察と部下の報告に対する信頼、ということではないのか。
しかも、今回の追起訴でも、犯行の場所は「東京都内又はその周辺」、使われたPCは「被告人が使用するインターネットに接続されたコンピュータ」としか書かれていない。今後、公判前整理手続きや裁判で詳細を明らかにする用意があるのかどうか、何度問われても、稲川次席は「具体的には差し控える」として明らかにしなかった。その稲川次席自身、「公訴事実は起訴状でできるだけ特定する。(犯行場所などは)起訴状で明らかにするのが望ましい」とも述べており、こういう曖昧な表現にとどめざるをえないのは、彼自身、本当は忸怩たる思いなのだろう。
また、ウイルス作成が立件できなかったことについては、「今ある証拠から立証が可能だということで、供用罪を選んだ。確実に立証できるものを選んでいる。第三者のPCを通じて犯行を行った、という点にスポットを当てた」と苦しい弁明。片山氏がウイルスを作成した証拠の薄弱さを認めた格好だ。
録音をめぐる不明朗
本件の捜査では、片山氏側は録音もしくは録画を行えば黙秘権を行使せずに取り調べに応じるとしたのに、捜査機関がそれを受け入れず、結局途中から取り調べができなくなった。取り調べは自白を求めるためだけに行われるわけではなく、被疑者自身からできるだけ多くの情報を引き出し、客観証拠と照らし合わせるなどして、検察の見立てを補強したり修正したりするためでもある。それを行わなかった理由や結果について尋ねると、稲川次席は以下のように語った。
「録音録画については、現在検察庁の試行対象事件は決まっていて、この事件は対象ではない。ただし、法制度上は(録音録画は)可能。本人の弁解は弁録や勾留理由開示公判など聞く機会はあった。我々は聞く姿勢は常に持っていた。弁解があるなら言って下さいという態度だった。被疑者は取り調べ受忍義務があるが、留置場の房から引っ張り出して(取り調べを)やるか、ということについては、誤認逮捕の4人の中には自白の強要があったんじゃないかと言われているものもあり、客観証拠に重点を置いた」
これでは回答になっていない。弁護人は検察官の取り調べについては、録画までしなくても録音さえしてくれれば応じると提案したのに、検察側から拒否されたために取り調べに応じられなかった、としている。客観証拠に重きをおきつつ、録音を録って取り調べをするという選択もあったのではないか。そう重ねて問うと、稲川次席はこう言った。
「我々は録音してない、とは言っていません」
聞かれたことに答えず、聞かれてないことを述べるちぐはくなやりとり。稲川次席は、別の記者の質問にも、やはり聞かれてもいないのに、「録音していない、とは言っていない」と繰り返した。実際に録音したかどうかは、「弁護人が証拠開示請求するだろうから、その過程で明らかになる」と言葉を濁した。
これは、何を意味するのだろう。
検察は、2回目の逮捕の後、片山氏が弁解録取のために検察庁に赴いた際に、3時間半近く、事実上の取り調べを行っている。録音の要求が拒否された以上、弁解録取後の取り調べは拒否すると通告していた弁護側は、「だまし討ちだ」と激怒した。検察官はこの時に、弁護人にも片山氏に告げないまま、録音をしていたのではないか。もしそうであれば、なぜ堂々と弁護人や被疑者本人に録音していることを告げて行わないのか。検察のフェアネスが疑われる事態だ。
ただ、弁護側がすべての場面における録音を開示するように求めたのに対し、検察側は「録音は存在しない」と文書回答している。本当に存在しないのだとしたら、稲川次席の思わせぶりな発言は何なのだろうか…。4人の誤認逮捕を出した本件ではなおのこと、捜査はきちんと検証が可能な状態でなければならないはず。にもかかわらず、こういう不明朗さなことでは、再び捜査への不信を惹起しかねない。
検察は5人態勢、しかも2人は専従
今回の捜査は、警視庁、神奈川県警、大阪府警、三重県警の合同捜査本部が行い、検察側は東京地検の検事が3人で対応した。今後の裁判には、なんと公判部副部長以下5人態勢で臨む、という。それも、2人はこの事件だけを担当する専従(うち1人は捜査も担当した検事)。秘書3人を起訴した陸山会裁判より多い。まるで大疑獄事件並みの陣容だ。
これには、午後6時半過ぎから記者会見を行った弁護団は、相当驚いたらしい。
「参ったね。こっちは、この事件に専従できる弁護士は一人もいない。一人回して欲しいよ」と軽口を叩きながらも、佐藤博史弁護士の顔は紅潮していた。「5人もいるのは、自信のなさの現れだろう。5人合わせて一人前なのではないか?」
〆切りギリギリの検察側書面
検察は、主張の詳細を記した証明予定事実記載書面を、
1)被害状況
2)「犯人」の行動
3)被告人が犯人であること
という3部構成にして、順次提出する、としてきた。この日は、2)の書面の締め切り日。
佐藤弁護士によると、午前中に電話した時には、まだ「(書面は)まだ決裁が降りておらず、最終形になっていない」と告げられた。検察官請求の証拠についても、「今一生懸命整理しているところなんです」と言われた。結局、書面が実際に弁護側に渡されたのは午後5時過ぎ。夏休みの宿題を徹夜で仕上げるかのように、〆切りギリギリまで検討せざるをえない状態らしい。これは、検察の余裕のなさを示しているのではないか、と佐藤弁護士は見る。
弁護団によれば、この日の書面では、問題のウイルスを作成したプログラム言語はC#であることは明記されていた。「これで、検察は、片山さんがC#を使えることを証明しなければならなくなった」(佐藤弁護士)。
ところが、「犯人」の行動について明らかにするはずのこの書面には、「犯人」がウイルスを他人のPCに感染させ、脅迫メールなどを送らせるための操作を行った場所や使用したPCについては、まったく記載がない、という。あるのは、ネットカフェでウイルスの動作チェックをした、という点くらい。
それどころか、「犯人」が雲取山でUSBメモリを埋めたこと、江ノ島の猫にSDカード付きのピンクの首輪を取り付けたことも、首輪を購入した店についても、この書面には一切書かれていない、とのこと。こうした行為を「犯人」が行ったという証拠を、検察は持っていない、ということなのだろうか。それとも、次に提出予定の書面、つまり「犯人」が片山氏であるとの主張を明らかにする時まで先送りしたのだろうか…。だとしたら、なぜ…。
今回の書面を一読した印象を、佐藤弁護士はこう語った。
「暴走極まれり、だ。検察は立ち止まることも引き返すこともできず、最後まで行き着いてしまった」
検察側が片山氏を「犯人」とする根拠を明らかにする書面は、7月10日までに示されることになっている。
メディアと検察との関係
ところで、東京地検の記者会見ではこんなことがあった。稲川次席と並んで、4月から捜査の主任検事を務めた倉持俊宏検事が同席。質問によって稲川次席に必要な情報をささやいたり、自身も捜査を終えた感想などを語った。
すると、一人の新聞記者がこんな質問をしたのである。
「あの~、倉持さんのお名前を出してもいいでしょうか。それとも出されたくないでしょうか」
起訴は検察組織としての判断であるとはいえ、起訴状には倉持検事の名前が記されている。片山氏は倉持検事によって、訴追された。組織の一員として名前を出さずにおくか、強大な権限を行使した検察官として名前を出すかは、自分で、あるいは自社で考えて決めたらどうか。いちいち検察にお伺いを立てるようなことではあるまい。
稲川次席も、この質問にはちょっと戸惑ったよう。しばし言いよどんでから、「名前はできれば出さずに…」と答えた。
このやりとりは、検察とマスメディアの記者との関係を象徴的に現してはいないだろうか。
2月10日の逮捕以来、マスメディアを通じて、捜査機関から漏れたと思われる情報がたくさん報じられた。今回の追起訴についても、産経新聞が事前に報道。佐藤弁護士が検察に抗議をすると、「情報がうち(検察)から出たとは限らない。警察かもしれない」と反論した、という。
佐藤弁護士は、記者会見で報道陣に次のように注文をつけた。
「片山さんが犯人かどうかは分からないのだから、権力の情報を垂れ流しではなく、もっと情報を批判的に見ないと。4人の誤認逮捕があった事件であり、また同じことが起きているのではないかという疑いを持って臨んで欲しい」