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個別療育の危機?発達支援の「質」の話を今始めよう

竹内弓乃特定非営利活動法人ADDS共同代表/臨床心理士/公認心理師
(写真:アフロ)

皆さんは、「児童発達支援」や「放課後等デイサービス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

障害あるいはその傾向があり、発達的な支援が必要な子どもたちが公費で利用できる通所施設です。平成24年度の改正児童福祉法の施行以来、施設数は急増し、令和4年度時点で全国に事業所は2万7千カ所以上、利用児童数は40万人にのぼります。

この児童発達支援や放課後等デイサービスにおいて提供される「個別支援」が、今、危機に晒されている!という話をご存知ですか?実際に「個別療育を守る保護者の会」という保護者の会が立ち上がり、署名活動も行われています。

一体どういうことなのでしょうか?

解説と、これから私たちにできることについて書いてみようと思います。

令和6年度は報酬改定の年

障害児通所支援事業(これに児童発達支援事業や放課後等デイサービス事業が含まれます)は、3年に一度制度の見直しが行われます。そしてまさに今現在、令和6年度に4度目の報酬改定を控え、厚生労働省やこども家庭庁で検討が進んでいます。通所施設を運営する事業者が、どんな設備で、どんなスタッフを配置して、どんな運営をしたら、いくら報酬が得られるか?というルールが見直されるわけです。

先日12月6日の第44回障害福祉サービス等報酬改定検討チームにおいて承認を得て、今回の報酬改定の方向性が示されました。

今回の報酬改定の大きなテーマの一つとされる「社会の変化等に伴う障害児・障害者のニーズへのきめ細かな対応」において、児童発達支援センター(地域の中核とされる療育支援施設)の機能強化やインクルージョンの取組みへの評価拡充などの施策とともに、「時間区分創設」という方針が明示されました。

これは何かというと、利用者であるお子さんに支援を提供する時間に応じて、報酬額を変える。つまり、短い時間の支援は安く、長い時間の支援は高くしようというものです。一見合理的に見えるこの「時間区分」ですが、実はお子さんたちに届く支援に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。

日本の発達支援は、長時間の集団活動が前提になっている

このような施策が出てきた背景をご説明するために、少し経緯をお話しします。

そもそも、我が国における旧来の療育(発達支援)というものは、障害児を集団で保育するという形式のものでした。今のようにインクルージョンという考え方はまだ広まっておらず、幼稚園や保育園での受け入れが難しい障害児を集めて、いわば幼稚園や保育園の代わりに集団活動を行う機能が主だったのです。そのため、障害児通所支援事業も、制度ができた当時は、長時間の集団活動を前提に制度設計がなされました。

幼稚園や保育園の替わりのような長時間の集団活動が想定されていた
幼稚園や保育園の替わりのような長時間の集団活動が想定されていた

ニーズの多様化とともに短時間の支援も人気に

しかし、制度改正以降、多くの事業者が工夫を凝らして事業所を運営したり、お子さんやご家族のニーズも多様化する中で、長時間の集団活動とは少し違った支援の形が出てきます。

幼稚園や保育園の代わりではなく、幼稚園や保育園へ通っているお子さんに、週1〜2回の頻度で具体的なプログラムに基づく短時間の発達支援を提供するというものです。プログラムの内容は、運動療育や、音楽療法、学習支援、ソーシャルスキルトレーニングなど様々で、発達の特定の側面にフォーカスするようなものが多いです。

長時間でも短時間でも、この制度では1日に1か所の事業所で受け入れられる利用者の定員とスタッフの員数が決まっているため(多くの事業所は1日定員10名、対応するスタッフは2名以上)、短時間支援のメリットの一つに、少人数制にできることが挙げられます。10名のお子さんに6時間支援を提供するためには、朝から10名を受け入れて夕方まで一緒に過ごすことになりますが、半分の3時間の支援にすると、午前と午後の2枠を作って、同じスタッフの人数で5名ずつ受け入れ、時間が短い分、一人への支援を手厚くすることができ、家庭にとってもより手軽に利用できるようになります。

小集団の運動教室なども人気になった
小集団の運動教室なども人気になった写真:アフロ

このように、10名を長時間預かるという当初想定された形態だけでなく、短時間で比較的少人数制にして何らかのプログラムを提供するというサービス形態が急速に広まりました。幼稚園や保育園を利用するお子さんや保護者の方にとっては利用しやすく、内容も明快で分かりやすいということも人気の理由かも知れません。

時間区分によって短時間支援は淘汰の方向か

しかし、時間も支援内容もバラバラで統制されていないまま事業所が次々に増え、習い事との区別も曖昧なサービスも出てきました。質の担保の問題とともに、予算の引き締めの圧力が財務省からかかるようになりました。

そこで、今回の報酬改定では「時間区分」を創設して、短時間のプログラムは事業者に入る報酬単価を低く設定するという方針が示されたわけです。まだ、何時間にラインが引かれるか、報酬単価がいくらに設定されるかは発表されていませんが、その内容次第では、お子さんたちが通所されている事業所から近いうちにプログラム内容の変更のお知らせが来るかも知れません。

なぜ「個別支援」が危機なのか?

ここからやっと本題ですが、少人数制を極めたのが「マンツーマンの個別支援」です。上述の短時間支援の枠数をもっと増やすと、例えば2名のスタッフが朝から夕方までフル稼働して、1時間ずつそれぞれ5名のお子さんにマンツーマンの支援を提供し、合計10名のお子さんを受け入れるということができます。実際には、マンツーマンの支援を1名のスタッフが毎日5コマも行うのは現実的ではないので、3〜4名程度のスタッフで、それぞれ1日3〜4コマを担当する場合が多いようです。

短時間の枠を設けることで個別支援も可能に
短時間の枠を設けることで個別支援も可能に

このマンツーマンの個別支援というのが、自閉症をはじめとする発達障害がある子どもたちにとってはとても学びやすいということは、様々な研究で明らかになっています。通所支援を利用するお子さんのうち、発達障害児は実に多くを占め、本来ならこのような支援をもっと多くのお子さんたちが受けられるのが望ましいでしょう。

個別支援の良さは大きく二つあります。

まず一つ目は、一人一人発達の凸凹の形が違う子どもたちに対して、本当にそれぞれの発達状況に沿った環境や課題を提供できること。集団の中ではどうしても全体最適な課題になりがちで、個々のお子さんにとっては、難しすぎたり簡単すぎたり興味が無かったりして、どうしても「いるだけ」の時間ができてしまいます。

二つ目は、個別支援なら繰り返し学ぶ機会が設定できることです。発達支援が必要なお子さんの中には、何かを覚えるために繰り返し練習が必要な子も多くいます。個別支援であれば、様々なオーダーメイドの課題を繰り返し練習する機会を設定でき、結果として具体的な学びにつながりやすいというわけです。もちろん、同じことを何度も繰り返すのは子どももつまらないので、その動機付けを高めながら楽しく学び多い1コマを終えるには、スタッフの高いスキルが求められます。

こういったきめ細かい個別支援は、準備や振り返りに時間がかかり、スタッフの研修や保護者へのフィードバックもかなり高度になるため、あまり多くの事業所が提供しているわけではありません。それでも、この12年の間に、制度の枠を活用して着実に全国に増えてきました。

そういった事業者が、今回の時間区分創設の報酬改定の煽りを受けて、個別支援を提供しづらくなる可能性が高くなっているというのです。

「質」を大切にしたいのはみんな同じ

このような話をすると、「厚労省やこども家庭庁は何を考えてるんですか?」と言われることが多いですが、少なくとも私がお会いしたことのある担当課の官僚の方々は、みんな「質の高い支援を提供する事業者がきちんと評価される制度にしたい」とお話しされます。そのために、本当に様々な利害の調整に苦慮されながら、フロントに立って熱心に仕事をされている姿も垣間見えます。ただ、その「質」とは何なのか?どうやって評価すれば良いのか?という基準がないのが一番の問題だと感じます。教育の目的というのは、もう哲学のようなもので、子どもの権利の捉え方や時代や社会によっても変化します。障害があるお子さんの発達支援の目的となるともっと価値観が多様で、一つの指標で測れるようなものではないのも事実です。

しかし、やはり私たちはここから通所施設の役割を今一度整理して、「質」の議論を本当に始めなければいけません。施設の広さや、設備の充実、スタッフの人数、個人情報の扱いや災害時のマニュアル整備など、お子さんを安全に預かるための最低限の基準は前提として、他にはどんなことが「質」に関わるのか、みんなで考えるべきときが来ていると感じます。

発達支援の「質」の話を始めよう
発達支援の「質」の話を始めよう提供:イメージマート

そのために、まずは保護者の皆さんがお子さんの支援環境についてどう感じているのか、どんなことを望んでいるのか?という声を丁寧に掬い上げる必要があるでしょう。現在、筆者の所属するNPO法人では、児童発達支援や放課後等デイサービスを利用する発達障害があるお子さんの保護者の方向けのアンケート調査を実施しています。よろしければ、是非皆さんの声も聴かせてください。
アンケート回答フォーム

今回の報酬改定によって、お子さんとご家族に届く支援がどう影響を受けるかはまだはっきりしませんが、当事者ご家族の声を届けていくことはまだできます。また、制度の見直しは3年ごとに行われます。これを契機とし、3年後、6年後、その先に向けて、お子さんとご家族のニーズをきちんと調査すること、それを叶えられる支援とはどういうものなのか、実践とデータを通して示していくことが重要だと思います。

また、このようなニュースをきっかけに、一人でも多くの方に「発達支援の質」に思いを馳せていただくことが、始まりではないかと思います。

特定非営利活動法人ADDS共同代表/臨床心理士/公認心理師

慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業、同大学大学院社会学研究科心理学専攻修士課程修了、横浜国立大学大学院学校教育臨床専攻臨床心理学コース修士課程修了。ある自閉症児とその家族との出会いをきっかけに学生セラピストの活動を始め、大学院にて臨床研究を重ねる傍ら、2009年ADDS設立。親子向け療育プログラムや支援者研修プログラム、事業者向けカリキュラム構成システムの開発などに携わる。国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発事業(JST-RISTEX)「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs)」プログラムアドバイザー。NHK「でこぼこポン!」番組委員。

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