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深圳の日本人男児刺殺事件は偶発ではなく必然 反日教育「学習指導要領:日本への憎しみを激発させよ!」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国 少年先鋒隊の授業風景(写真:ロイター/アフロ)

 9月18日、中国広東省深圳市にある日本人学校の男子児童が中国人男性(44歳)に刃物で襲われ、19日未明に亡くなった。激しい憤りを覚えると同時に、胸が痛んでならない。

 犯人・鐘某はその場で取り押さえられ、まちがいなく自分が刃物で刺したことを認めたが、中国の外交部報道官は「どこの国でも起こりうる話だ」、「これは偶発的な出来事だ」と言っている。それは違う。これは起こるべくして起きた事件だ。

 6月に中国の江蘇省蘇州市でスクールバスを待っていた日本人の親子が中国人男性に刃物で切り付けられる事件も偶発か?

 靖国神社落書き男とその模倣も偶発か?

 そのニュースを報道するNHKラジオ国際放送の中国人男性による報道テロも偶然か?

 違う!

 中国の行き過ぎた反日教育がすべての原因だ。

 その教育の仕方がどのようなものか、「反日教育」の「学習指導要領」を入手しているので公開する。そこにある「日本への憎しみの激発を誘導すること」という文言を見れば、すべてが「必然の結果」だということが明白となる。

 したがって今後も起こり得る。

◆「九一八事変」(柳条湖事件)に関する「学習指導要領」

 深圳市にある日本人小学校に通っていた10歳の男児が刺されたのは「9月18日」だ。中国ではこの日を「九一八事変」、略して「九一八」と称する。1931年9月18日に起きた柳条湖事件を指す。

 1994年に江沢民が激化させた「反日教育」に関して、「愛国主義教育基地」巡りをする教育方法などは紹介されたことがあるが、実際に教室内で、どのような指導方法によって「反日感情」を植え込んでいるかに関する報道は、あまりないように思う。

 そこで筆者は以前、その「学習指導要領」を入手していたので、その一例をご紹介しよう。2000年11月出版の『中国近現代史 下冊 教案』(人民教育出版社)から引用する。「下冊」は「下巻」、「教案」は「学習指導要領」の意味である。

 今回は「九一八事変」を抽出し、要点だけを列挙する。

【教学目標】

 一、知識目標

  1.1930年代の日本の中国侵略の原因と偽満州国の建立。

  2.蒋介石が日本侵略に抵抗しなかった政策とその影響。

  3.中国共産党の抗日救国運動の奮起と表現。

 二、能力目標(詳細は省略)

 三、指導プロセスと方法

   現在ある新聞報道などを導入口として、日本帝国主義の侵略行為に対する憤慨の気持ちを先ず掻き立てて、生徒たちの愛国的情熱を激発させる。

 四、情感姿勢と価値観

  1.九一八事変を通して生徒たちに、これが、日本帝国主義が中国侵略を始める第一歩で、その背景には日本の経済と社会の要因があり、中華民族に重大な災難をもたらしたことと、これは否定できない歴史的事実で、改ざんは許されないことを、生徒一人一人の心に深く印象付けるように認識させること。こんにち日本帝国主義の復活と日本の右翼勢力の常軌を逸した凶暴な活動に対して警戒しなければならない。

  2.本節の教材を通して、生徒たちが日本帝国主義の野蛮な行動に対する深い憎しみを激しく抱くように激発させ、愛国主義の精神と民族の責任を植え付けよ。

  3.中国共産党は九一八事変の時、民族滅亡の危機に対して勇猛果敢に戦った。これは全民族の利益に符合し、崇高なる愛国主義精神の表現である。外国の侵略に対する不屈の抵抗は中華民族の伝統的な栄光である。

【教学前の準備】

   インターネットや教科書以外のメディアやフィルムを用いる。「松花江上」という音楽を流しながら、当時の被害者の傷跡が写っている写真を見せ、憎しみの情緒を掻き立てた上で、生徒たちと以下の会話をするように持っていくこと(=誘導すること)。

    教師:この写真は何を意味するのですか?

    生徒:柳条湖の鉄路は関東軍が爆破したもので、中国の軍隊とはいかなる関係もありません。(「九一八事変」に関する紹介は以上)

 「学習指導要領」では、生徒たちに憤りの感情を激しく抱かせるように工夫されているだけでなく、生徒が何を言うべきかに関しても誘導尋問的に、生徒が「こう言うしかない」ところまで設定しており、マインドコントロールに近い教育が行われている現状が見えてくる。

 こういった内容が何百項目にもわたって細かく指導されており、かつ全国の愛国主義教育基地に実際に行って憎しみを確実なものにしていく。

 「南京大虐殺」に関してもすさまじいが、今回は「九一八」だけに留める。いずれの場合も教学のあと「九一八歴史博物館」や「南京大虐殺記念館」などに行き、生々しい蝋人形による効果的な展示に触れ、「日本、許すまじ!」という気持ちが沸き起こるようにするのだ。

 「学習指導要領」にはたしかに「日本帝国主義への憎しみ」と書いてはあるが、同時に「こんにち日本帝国主義の復活と日本の右翼勢力の常軌を逸した凶暴な活動に対して警戒しなければならない」書いてあり、日本が対米追随的に再軍備をしようとしているといった内容が他の「学習指導要領」にもふんだんに盛り込まれている。したがって「日本帝国主義への憎しみ」は、すなわち「現在の対米追随的な日本への憎しみ」を意味することにつながっていく。

 そのため結果的に、「日本人を殺しても罪にはならない」という気持ちを、一部の中国人民の中に芽生えさせる結果を招いている。中国のSNSには、そういう書き込みが少なくない。

 中国の外交部報道官は、「どこの国でも起こりうる話」で「個人による偶発的なものだ」と言っているが、それはあり得ない。

 もちろん、どの国にも善良で穏健な人もいれば過激で憎悪に満ちている人もいるのは否定しないが、しかし中国人による靖国落書きや日本人学校関係者殺傷事件などに限って、これらは偶発的出来事ではなく、過度の反日教育が招いた結果だと断言できる。

◆日本は日中戦争に関して25回も中国に謝罪している

 2002年の第16回党大会で中共中央総書記に選ばれた胡錦涛は、「愛国主義教育が狭隘(きょうあい)なナショナリズムを生み、反日感情を過剰にあおっているのではないか」と懸念して、総書記になった翌月に、中国共産党機関紙「人民日報」の元高級評論員(解説委員)だった馬立誠氏に、「対日新思考」という論考を書かせた。

 それは「日本はもう十分に謝罪した。これ以上、謝罪、謝罪と言うのはやめよう」という趣旨のものである。馬立誠は、2002年12月に中国のオピニオン誌『戦略と管理』の中で、「対日関係の新思考――中日民間の憂い」という論考を発表した。それ以来、馬立誠は、「日本はもう十分に謝罪した。中国はこれ以上日本に戦争謝罪を求めるべきでない」と書き続けている。2013年9月、香港にある「鳳凰網」(網:ウェブサイト)の取材に対して、「日本は中国に対してすでに25回も戦後謝罪をしている」と、具体的回数まで挙げている。

 しかし今ではほぼ削除されていてネットで見ることはできないが、唯一、2015年12月12日の中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」電子版「環球網」に<馬立誠:日本政府の指導者は戦争責任問題について25回正式に謝罪している>という情報が残っている。ただし、そこには、それまでになかった以下の文言が加わっている。

    あなたは日本政府の指導者が心から謝罪していると思うか?

    ●一応、誠実に謝罪してはいる。

    ●しかしそれは口先だけで、反省はしていない。

    ●本気で謝罪してはいないだけでなく、歴史を否定している。

 「環球網」はこの4行を付け加えた上で、馬立誠の論考の一部をまとめている。

  日本と中国は1972年に国交正常化しており、そのとき中国は日中戦争に対する戦後賠償を放棄している。蒋介石も戦後賠償を放棄していたことが大きく影響しているかもしれないが、中国の場合、日本は翌年から膨大な対中ODA支援を始めており、戦後賠償以上の金額にのぼるだろう。

 しかし中国は日本が25回も謝罪したこともODA支援をほぼエンドレスに続けていたことも、人民に対して明らかにしようとはしてこなかった。

◆中国にある日本人学校に対する中国ネット民の嫌悪

 日本人学校は、日本政府の文部科学大臣が管轄する在外教育施設のひとつで、日本国外に居住する日本人子女が「日本国内の小・中学校と同等の教育を受けられるようにした教育機関」だ。中国大陸では「北京、天津、広州、深圳、上海(虹橋校と浦東校)、蘇州、杭州、大連、青島、香港」にある。

 一般に安全対策として、少なくとも「校門は自動ロックで常に施錠され、高い塀や有刺鉄線で囲まれ、警備員が24時間または授業時間中に常駐」などを実施しているのが現状だ。

 このような中、中国のネットには日本人学校を敵視し嫌悪する情報が溢れている。たとえば2023年11月22日の<中国にある日本人学校を無くしてしまえ>には、以下のような問答形式の批判がある。一部だけ取り出して記す。

 ●中国は日本の植民地か? 違う。

 ●日本人は中国で治外法権を持っているのか? 持ってない。

 ●自国の学校の教育内容や教育過程を監督するのは主権国家が持っているべき権利だよね? そうだ。

 ●じゃあ、なぜ中国には中国の規制を受けない日本人学校が、こんなにまで多くあるんだい? いったい、どの売国奴が承認したんだ? これは権力を失い国を辱めた清朝末期と中華民国のみがやったことじゃないのか? その通りだ。日本は中国と全面戦争を始める前から実際上、こんな悪いことをしていた。(以上)

 この手の情報の中には「日本人学校はスパイ養成学校だ」というのも多い。その証拠に1901年に上海に設立された「東亜同文書院」を挙げるものもある(<日本人学校はなぜ中国庶民の憎悪の対象になるのか?>)。『毛沢東 日本軍を共謀した男』でも触れたように、ここは1939年に「東亜同文書院大学」に昇格し、たしかにスパイ養成学校として一部機能していた。だから日本には「前科」があると主張している。

東亜同文書院の写真

出典:中国のネット
出典:中国のネット

 また事件後に中国のネットに現れた<深圳日本人学校で10歳の男児が刺殺されてことをどう思うか?>では、深圳で献花した中国人や、日本の首相のⅩ投稿や在中国日本領事館のウェイボーにある哀悼の文章に対して謝罪文を付けている中国人に対して、「こういう媚日派が、どれだけ反日感情をエスカレートさせるか、わかっているのか?」という趣旨のことが激しい嫌悪感を以て書かれている。

 この情報に対するコメントの中で、目を引いたのは、8月31日のコラム<5月の靖国神社落書き犯は2015年から監獄にいた犯罪者 PartⅡ―このままでは日本は犯罪者天国に>で書いた落書き犯のアカウント名「鉄頭」を例にとったコメントだった。表現が汚いので書きたくはないが、そこには

   まずは鉄頭が靖国神社に放尿して拍手喝さいを浴びた・・・。

   その香りが漂って日本を風刺する効果を運んできた・・・。

   その後、蘇州にある日本人学校のスクールバスが襲撃され、

   中国人の学校職員がナイフをブロックしてしまったが、

   今回はうまくいった。

   彼らは遂にその願いを叶えることができたのだ・・・

   10歳の小学生に手をかけたのだから・・・。

とある。これらが一連の連鎖反応であることがわかる。

◆反日行動が英雄視される中国のネット空間

 反日行動が英雄視される最大の理由は、反日教育に関する「学習指導要領」だ。これがあるから抗日戦争ドラマや映画の制作許可が下りやすくて奇想天外な抗日ドラマや妖艶に描く反日映画が出現するようになった。

 中国政府はそれを規制し始めたが、時代はネットに移り、ネットで過激な抗日戦争ものを配信するとお金が稼げるという状況を生み始めた。より過激であればあるほど再生数が多く、実際に行動した者は英雄視される。それを中国政府が削除すれば「反日無罪」として、抗議は中国政府に向けられる。

 習近平がひとたび「反日」を掲げたなら、それは二度と後退させることはできず、悪循環を招いていくだけだ。

 中国政府がネットの動画や過激すぎる意見などを削除すれば、今度は「お前が教育したのだろう」という政府批判が出てくる。あまりに目に余る動画はさすがに削除し、アカウントを封鎖することもあるが、それも程度問題で大きな規制はしてない。

 ひとたび習近平が反日の方向に舵を切った限り、逆戻りはできないのだ。

 日本人学校の児童が刺殺されるような事件が起きれば、日本企業は中国から引き揚げる方向に動くだろうし、他の西側企業も対中投資を渋っていくだろう。

 結果的に習近平は自分で自分の首を絞めていることになる。

 とは言え、日本政府としては「切り札」を持っていない。

 いざというときの「カード」を持っていないのは致命的だ。

◆日本は真相を見る勇気を

 一連の反日的行動の理由に関して「中国は経済が傾いてきたので、その不満のはけ口を日本に向けている」といった中国問題専門家らしき人たちのコメントが歓迎されているのは、「真相から目をそらす役割」しかしない。

 そういった情報に影響を受けたのか、9月22日のNHK「日曜討論」に出演した自民党総裁選候補者の中に、同様のことを言っている議員がいるのを見てぞっとした。一国家を担っていこうとする者が、このような「現実から逃避する安易な見解」を述べていることに絶望したのである。

 9月15日のコラム<自民党総裁候補者に問う 「日本の官公庁のデータは中国人が作成している実態」をご存じか?>に書いた事実を認識しているのだろうか?このような中国に、日本国民の最も機密性の高いマイナンバーカードに関するデータ入力を「孫請け」させていた。他の基本データは今も中国人IT人材が作成している。このことからも、日本政府が中国の反日教育の恐るべき実態を皮相的にしか理解していないことをうかがい知ることができる。

 一部の中国人が国内経済の不満のはけ口を日本に向けているといったレベルの問題ではない。中国の反日教育の実態に、日本がどのように対峙していくのか、根本的姿勢が問われている。

 なお、犯人の動機など、中国共産党の一党支配が終わるまで出てこないだろう。あるいは「反日教育」をやめた時だが、その時には中国は滅んでいる。そこまでの底知れぬ深さのあるものだということを日本は理解しなければならない。

追記:本稿の文末部分に関して、自分自身納得がいかなかったので書き替えました(9月22日19時)。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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