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天皇代替わりに敬語使用を考える 「菊タブー」を減らしていくために

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
テレビも新聞も改元一色になったが、天皇制の在り方を考える報道は少なかった。(写真:西村尚己/アフロ)

昭和が終わって30年が過ぎた今、新しい天皇とその家族を、メディアはいったいどのように扱い、表現するだろうか。平成から令和への天皇代替わりの節目に、新聞の報道の仕方に私は目を凝らした。

新聞各紙を読み比べた。主要紙は全紙がこれまで通り皇族に「さま」を付けた。「さん」ではだめなのか? 新旧の天皇が退位と即位にあたって読み上げた文章を、毎日と朝日は括弧付きの「おことば」とし、読売と産経は括弧なしでお言葉と書いた。「メッセージ」や「声明」で良いのではないか?

私は、報道記事の中では、あらゆる人物に対し敬語を使うべきでないと考えている。報道というのは客観性、平等性が命だ。上から見下ろす、下から見上げる、そのどちらの立ち位置も報道にふさわしくない。

学術論文で歴史上の人物や皇族に敬語を使わないのと同様に、報道も、家系や身分、地位によって扱いを変えるべきではないはずだ。記者やテレビディレクター個人が、天皇制や皇族にどのような思いを持つかは自由。しかし、それと記事中の敬語使用は別の問題である。

代替わりに際し、全国紙もテレビも敬語で溢れた。一方、毎日の新天皇即位の日の別刷りでは、経歴を紹介する記事で、「ピアノやバイオリンを幼いころから習い、大学のオーケストラではビオラを演奏した」などとして、本文では敬語の使用をかなり控えていた。朝日も別刷りでは控えめだった。天皇家を仰ぎ見る存在として扱わず、平準にしていこうという、ジャーナリズムとしての試みがあったのだろうと感じた。

■反日攻撃が「菊タブー」を作った

1947年に不敬罪が廃され、新憲法下で制度として言論の自由が保障されているのに、わが国には、いまだ「菊タブー」、つまり天皇制を自由に表現できない現実がある。反日というレッテルを張っての攻撃、脅しが言論機関を震え上がらせてきたのだ。

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天皇や皇族の扱い方を巡っては、記事や小説、映画、政治家の発言が度々攻撃にさらされ、時に殺傷事件まで発生した。関西では、32年前の5月3日に朝日新聞阪神支局が襲撃される事件が起こった。「反日分子の処刑」を訴える「赤報隊」に猟銃で撃たれ、小尻知博記者が殺害された。

報道に対する卑劣なテロなのだが、この「赤報隊」の人殺しを、正面から「義挙」だと肯定する街宣が、数年前から、5月3日に合わせて関西と東京で行われるようになった。まだ勢力は小さいが、自由な言論活動への、新たであからさまな挑戦が始まったようで、胸騒ぎが収まらない。

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テロ事件があった5月3日には、毎年、朝日新聞阪神支局に大勢の市民が小尻さん追悼に訪れる。2017年5月3日撮影石丸次郎
テロ事件があった5月3日には、毎年、朝日新聞阪神支局に大勢の市民が小尻さん追悼に訪れる。2017年5月3日撮影石丸次郎
同じ日、朝日新聞阪神支局前で「赤報隊テロは義挙」と演説をする二人。この後カウンターに取り囲まれた。2017年5月3日撮影石丸次郎
同じ日、朝日新聞阪神支局前で「赤報隊テロは義挙」と演説をする二人。この後カウンターに取り囲まれた。2017年5月3日撮影石丸次郎

新しい「菊タブー」を作らせてはいけない。いや、減らしていかなければいけない。そのためには、日頃の表現によって自由にものが言えるスペースを広げていくことが大切だ。代が替わった天皇への敬語使用のありようを見て、そう考えた。

■付記 韓国、北朝鮮の敬語使用

ついでなので、私がフィールドにしている韓国、北朝鮮の報道における敬語使用について付言しておこうと思う。共和制の韓国では、私の知る限り、報道記事中に政治家はもちろん、歴史上の人物に対して敬語を使うことはあり得ない。

北朝鮮の場合は正反対で、金日成-金正日-金正恩と、さらにその祖先に対して、最高敬語なしの報道はあり得ない。教科書を含め、あらゆる文書においてもだ。例えば、5月9日の短距離ミサイル発射訓練を金正恩氏が指導したことを伝える朝鮮中央通信の記事の冒頭を訳してみよう。

「朝鮮労働党委員長であられ、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長であられ、朝鮮民主主義人民共和国の武力の最高司令官であられるわが党と国家、武力の最高領導者、金正恩同志が5月9日、朝鮮人民軍前線と西部戦線の防衛部隊の火力打撃訓練を指導された」

ただ、同通信の日本語ページのストレート記事では、金一族に対しても敬語は使われていない。一応は共和国を名乗り、社会主義を標榜しているため、外国向け報道記事では政治家への敬語使用を「恥」ととらえ、隠そうとしているのかもしれない。

北朝鮮には、憲法も労働規約も超越する最高規約「党の唯一的領導体系確立の10大原則」がある。指導者への絶対忠誠、絶対服従を全社会、全国民に強いるための綱領だ。

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その第3条3項は次のように記す。

「偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党(金正恩氏のこと)の権威を毀損しようとするわずかな要素も絶対に融和黙過せず、非常事件として扱い、非妥協的に闘争して、全ての階級の敵の攻撃と非難から、首領様と将軍様の権威、党の権威をあらゆる方面で擁護しなければならない」

金一族に対する敬語不使用は「権威を毀損しようとするわずかな要素」に当たり、処罰、闘争の対象なのである。

※2019年5月14日付け毎日新聞大阪版に寄稿した拙稿に加筆修正しました。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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