MXテレビ「沖縄ヘイト」騒動が引き起こした東京新聞の深刻な問題
1月2日に東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)で放送された「ニュース女子」番組が「沖縄ヘイト」だとして大きな問題になっている。BPOが審議を行っているからいずれ見解が出されるだろうし、MXテレビも検証番組を放送する予定のようだ。問題の番組を制作したDHCシアターは3月13日に検証番組をネットで放送したが、基本的に問題ないというスタンスだ。
この問題について月刊『創』では香山リカさんが3月号、4月号と取り上げているし、最新の4月号では私も「東京MXテレビ『沖縄ヘイト』と東京新聞めぐる議論」という記事を書いた。「ニュース女子」の司会を東京新聞の長谷川幸洋論説副主幹(当時)が肩書付きで務めていたため、東京新聞にも問題が飛び火しているためだ。
私は東京新聞で20年以上も連載コラム「週刊誌を読む」を執筆していることもあって、この問題は当初から気になっていた。『創』最新号の記事は、この間の経緯をまとめたものだが、その後、読者から手紙をもらって改めて問題が深刻であることを知った。東京新聞と『創』は編集方針に親和性があることもあり、両方読んでくれている読者もいるのだが、都内に住む女性からこういう手紙が届いたのだ。
《今回は東京新聞の広告で『創』を知り購読しました。新聞は朝日新聞ですが、50年間購読しています。その朝日新聞ですが、最近は政権に対していささか控えめで生ぬるさを感じていました。そんななか東京新聞のお試しチラシが入っていましたので、約1年間取り始めました。読んでいて痛快だったのは、いささか過激にも思われた週刊誌的な「こちら特報部」と「本音のコラム」などです。このコーナーはいつも楽しみにしていました。それがMXニュース女子でよりによって論説副主幹の長谷川氏の言動を知り驚きました。佐藤優さんが取り上げ朝日新聞でも取り上げ、ようやく東京新聞はシリーズとして記事を掲載していましたが、何だか反権力、権力監視を標榜していたとは裏腹さを感じ、この2月で東京新聞を取るのをやめることにしました。》
周知のように新聞は今、各紙部数を減らしている。この女性のように何かきっかけがあると購読をやめるという行動になりがちなのだ。しかもこの人は朝日の長年の読者で、その朝日の論調が生ぬるくなったので東京新聞をとってみたという、この何年か目につく購読パターンだった。それが今回の問題で東京新聞をやめたという。何やら典型的な読者の例のように思えるのだ。だとするとこの事件、東京新聞にとっては結構深刻な問題なのかもしれない。そんな思いがして、東京新聞をめぐる一連の経緯をこのブログでも紹介することにした。
「ニュース女子」の番組については、放送後早い時期にネットで見ていた。とにかく番組を見て、あまりにひどい内容に驚いた。沖縄の基地建設反対運動の人たちを揶揄し中傷するもので、ネットではよく見られる典型的な沖縄ヘイトだが、地上波が放送したことで大きな問題になった。しかも波紋を広げたのは司会を東京新聞の長谷川幸洋さんが務め、須田慎一郎さんがコメンテイターになっていたからだった。
この番組については市民グループなども批判や抗議を行ったし、新聞でも朝日新聞や毎日新聞、そして東京新聞も早い時期から批判を展開した。例えば1月7日の東京新聞特報面では「『沖縄ヘイト』まん延」と題して「ニュース女子」を批判。また11日付の特報面は「MXテレビ『ニュース女子』の中傷報道に批判 『沖縄ヘイト』堂々と カンパの思い踏みにじる」と題して、沖縄の基地反対派には日当が出ているといった「ニュース女子」での言説を検証取材し論破していた。
同番組の司会を長谷川さんが務めていることを知ったうえでの批判記事だから、それは特報部によるひとつの意思表示だったと思うのだが、後に問題になったのは、そうした記事が、長谷川さんが「ニュース女子」の番組の司会をしていたことに全く触れなかったことだ。
最初にそれを問題にしたのは1月22日付の特報面「本音のコラム」での山口二郎法政大教授だった。こう書いていた。
《二十日の特報面でこの問題を詳しく検証したことには拍手を送りたい。しかし、一つ気になることがある。あの番組では、本紙の論説副主幹なる人物が司会を務め、デマや中傷を止めようとしなかった。(以下略)》
「本音のコラム」は何人かの筆者が執筆しているのだが、続いて1月27日付の同コラムで佐藤優さんが正面からその問題に斬りこんだ。
《深刻なのは、長谷川幸洋氏がこの番組の司会を務めていたことだ。司会は番組の構成にも関与しているはずだ。長谷川氏は「東京新聞論説副主幹」という肩書で出演していた。論説副主幹は、社論を形成する立場にいる。
本紙は多くの読者に読まれている新聞の中では、沖縄の現状をできるだけ深く、虐げられている人々の立場を伝えるという報道姿勢を取っている。その新聞社の論説幹部が、事実と異なる内容で沖縄ヘイト(憎悪)言説を、地上波で拡散していることは看過できない。》
《長谷川幸洋氏が、沖縄ヘイト番組に関与したことについて本紙は社論を明らかにすべきだ。「東京新聞」が沖縄に対して示している「理解」の本気度が問われている》
その間にも特報面では25日付で「MXも沖縄中傷番組制作 DHCシアター居直る」と、「ニュース女子」を制作しているDHCシアターを批判する記事を載せている。ただ、そこでも長谷川さんについての言及はなかった。
「深く反省」との一文を一面に掲載
東京新聞が一面に「『ニュース女子』問題 深く反省」と題する深田実論説主幹の一文を掲載したのは2月2日付だった。「論説主幹・深田実が答えます 沖縄報道 本紙の姿勢は変わらず」という見出しで、初めて長谷川さんについて触れていた。
《他メディアで起きたことではあっても責任と反省を深く感じています。とりわけ副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します。》
同日、東京新聞は、「『沖縄ヘイト』言説を問う」という連載をスタートさせた。第1回に登場したのはジャーナリストの津田大介さんで、MXテレビの対応を批判し、同局の出演を拒否したことを明らかにしていた。ヘイト批判を続けてきた安田浩一さんも同局への出演を拒否すると言明していた。
さらに東京新聞は2月2日の「読者部だより」で、榎本哲也読者部長がこの問題をめぐって読者からいろいろな批判が寄せられていることを明らかにした。
《厳しいご批判や、本紙の見解表明を求める声は、読者部にいただいた電話やファクス、メールや手紙だけでも二百五十件を超えました。重く受け止めており、きょうの一面に論説主幹の見解を掲載しました》
しかし、その論説主幹の謝罪文に、長谷川さん自身の見解が載っておらず、「重く受け止め、対処します」というのも、どう対処するのか具体的に書かれていない、と批判する意見が他紙で紹介された。
当の長谷川さんは、6日にコメンテイターを務めるニッポン放送のラジオ番組で、「東京新聞は何の関係もないのに、なんで『深く反省』するのか。私から辞めることは500%ありえません」などと、2日の謝罪文に反発を表明した。また10日には講談社のウェブサイト「現代ビジネス」に「東京新聞の論説主幹と私が話合ったこと」と題して内情を暴露した。
それによると、深田論説主幹の反省文が掲載される3日前の1月30日朝、深田主幹から会社に呼び出され、人事異動の内示を受けた。論説副主幹をはずれるという人事だったが、処分という趣旨ではなかったという。ところが1日夜、翌日掲載される反省文のゲラを見たら、通常の人事異動でなく処分になっていたので、「処分であれば受け入れられない」と主幹に訴えた。《主幹は処分かどうかという点について「そこは大人の対応で…」とか「あうんの呼吸で…」などとあいまいに言葉を濁していた》。翌日以降、《あらためて私が問い詰めると「副主幹という立場で出演したのが問題だ」と「処分」の意味合いが含まれていることを認めた》という。
もちろんここでの長谷川さんの記述が正確なのかは深田論説主幹にも確認しないとわからない。ただ少なくとも、2日の東京新聞に掲載された反省文に長谷川さんが納得していないことは明らかだ。
つきつめると「社内言論の自由」の問題に
一連の問題は、メディア抱えるがいろいろな問題を浮き彫りにしたといえる。MXテレビが大きな批判にさらされながら態度を曖昧にしているのは、番組を制作したDHCシアターの背後にいるDHCが同局の大口スポンサーであることが影を落としているのは明らかだろう。
そして東京新聞をめぐって特報部と論説の間、また論説内部の関係がいまいちわかりにくいのは、新聞社における「社内言論の自由」の問題が関わっているためだ。
これまでマスメディアに在籍しながら個人として発言してきたジャーナリストが、社の見解と個人のスタンスが異なって問題になったケースは幾らでもあるが、その時に「社内言論の自由」を主張してきたのはリベラル派が多かった。今回はやや逆のケースで、こういうケースがこんなふうに目立つのも言論報道をめぐる時代状況の変化を反映したものだろう。
昔は例えば故・筑紫哲也さんが朝日新聞社に在籍しながら市民運動・革自連の選挙を応援して処分を食らったこともあった。
長谷川さんは一時期、テレビ朝日系の「朝まで生テレビ」などに出演していたし、記者クラブ制度などを批判してきた論客だ。近年は安保法制などで東京新聞のスタンスと異なる発言が目についていた。今回の問題についても政治的スタンスの問題とは別に、社内言論の自由を主張しているのだろう。
だからこの件、MXテレビの番組そのものの批判と別にもうひとつ論じなければならない問題があると思う。ある意味ではそちらのほうが難しい問題かもしれない。
東京新聞は読者の声や思いを大事にするという姿勢を掲げているメディアだ。だからこそ、先の読者からの手紙を読んで、東京新聞としてもこの問題、もっと踏み込んで議論しなければいけないような気がする。