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11 月の「肉の日」(29日)、六本木に肉学校開校  肉を学び、産地に思いをはせる絆づくりへ

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
「格之進肉学校六本木分校」で肉の説明をする千葉祐士・門崎社長(撮影筆者)

 11月の「肉の日」の29日、東京・六本木に一風変わった牛肉レストランがオープンする。店の玄関横には枝肉がぶら下がり、肉の塊がガラス越しに見える。白衣を着た男が肉の部位や料理方法などを理科教師に扮して客に説明する。

 六本木を中心に牛肉焼き肉レストラン「格之進」を運営する門崎(本社・岩手県一関市)が出店する。オープン前の記者説明会に参加した。

 ビルの1階から3階を使う店舗には、精肉販売店のほか、熟成肉を割烹スタイルで提供する「格之進82(82は格之進で使っている牛肉の部位数)」と牛肉の「塊焼き」をコースメニューにした「格之進R+(アールプラス)」の2業態をつくった。牛肉の様々な部位をいろんな調理法で提供することでお客に牛肉料理の奥深さを体験してもらう。

 白衣を着た男は門崎の社長、千葉祐士(ますお)氏。自ら「肉おじさん」と名乗り、牛肉の話を始めたら止まらない。オープン後も白衣姿で客に料理に出す肉について、事細かに説明するという。「お客様に牛肉リテラシーをつけて欲しいのです」と千葉社長は言う。

 「肉リテラシー」をつけて欲しい

 牛肉を食べて美味しければ、それでいいではないか、と思ってしまうが、千葉社長の思いは違う。

 「和牛の啓蒙活動を通じて『食に投資する』消費者を増やすことで、日本の生産者を元気にし、美味しいお肉を提供し続ける仕組みづくりを目指しています」。千葉社長の企業理念である。

 どんな肉が美味しいのか、どう調理をしたら美味しくなるのか、生産者はどんな努力をして牛を育てているのか、生産者の生活はどうなっているのか、など牛肉を良く知ることで、本当に美味しい肉を納得して食べることができるのだろう。消費者が生産者の現状をよく知ることで、美味しい肉をつくってほしいと、応援もしたくなる――。そんな消費者と生産者との関係を築きたいというのが千葉社長の目指すところなのである。

 だからこそ29日にオープンする新店のコンセプトは「肉学校六本木分校」なのだ。肉学校の「本校」は岩手県一関市の廃校になった一関小学校跡地だ。そこに門崎本社を今年10月に移転し、地元肉を使ったハンバーグ工場などをつくり、肉の「聖地」にする考えだ。

 日本の畜産業は厳しい局面に立っている。畜産農家は年々減少している。2007年に8万2000戸を超えていた畜産農家は今では5万戸前後に減った。高齢化と後継者難が原因だが、畜産業者にとって仕入れ値である子牛の値上がりと牛肉価格の値下がり傾向という市場環境の厳しさが廃業に追い打ちをかけている。

 「A5伝説」が畜産業を苦しめる?

 日本の牛の畜産業者は脂肪が豊富で、サシがたくさん入った霜降り肉の代表格「A5」を長年、目標にしてきた。A5は「美味しく、高く売れる」という「A5伝説」が今も根強い。消費者も「A5」と聞いただけで美味しい、と信じてしまう。そのため畜産農家はエサを工夫したり、食欲増進のためにマッサージしたりして手間をかける。当然、飼育コストは高くなる。ところがみんながA5を目指したため、最近の市場では上物と呼ばれるA4、A5が8割程度を占めるようになり、希少性が薄れるようになった。高級肉の価格が相対的に下がり始めたのだ。

 またA5づくりが進みすぎ、実は本当に美味しい肉を提供しているのかわからなくなっている。脂肪分のサシが増えると肉は柔らかくなり、とろけるような食感を味わえるが、一方で赤身に含まれるグルタミン酸やイノシン酸などのうまみ成分は減っていく。脂肪とうまみ成分のバランスが大事で、専門家は脂肪の比率が30%ほどになれば美味しい肉になるという。ところが今では脂肪比率が50%程度の肉が出回るようになり、必ずしも美味しいかどうかはわからなくなっているのが現状なのだ。

 千葉さんは「A5伝説が畜産業者を実は苦しめている」と見ている。A5づくりに邁進し、コストをかけるが、儲けは少なくなってきたからだ。消費者もやみくもにA5の肉を美味しい肉だと思い込み、脂肪分が過度に入ったA5を食べたがる。そんな生産者と消費者との関係は持続的ではない。どこかで破綻し、両者が困る事態を迎えることになる。

 消費者と生産者が理解しあう関係を

 千葉さんが1999年に一関で「格之進」を開業してから手掛けてきたのは、牛肉一頭を使い、様々な部位を美味しく食べる工夫を凝らすことだ。また畜産業者がA5を目指して牛を育てても、A4、A3の牛に育つこともある。A5だけが高く売れ、A4、A3が買いたたかれれば畜産業者の収益性は低くなる。ならばサシの少ない赤身肉を美味しく提供する方法があれば値崩れを防ぐことができる。そんな考えから千葉社長がたどり着いたのが、赤身を美味しく食べるための熟成肉だった。

 A5に限らず、様々な肉を美味しく食べる術を消費者もレストラン経営者も知ることができれば、畜産業者に「A5」を無理強いすることはなくなる。一方、サシが多すぎて美味しいという域を超えているのに消費者が「美味しい、美味しい」と食べる滑稽な姿も見なくて済む。そういう多様な価値を認め合う消費者と生産者の関係の方がずっと持続的な関係になるに違いない。美味しい肉を適正な価格で食べ続けられるようにするには、消費者と生産者が理解し合える関係が必要だ。

 肉学校六本木分校を、消費者が「肉リテラシー」を高め、地方の畜産業者に思いを巡らす都心の拠点にしたい--。千葉社長の願いである。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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