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新型コロナウイルス 亡くなった人からも感染するのか?  法医学者が危惧する日本の脆弱な「感染症対策」

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
新型コロナウイルスの感染拡大は、食い止められるのか? (写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 新型コロナウィルスによる感染が拡大しています。

 安倍首相は全国の小中高校に臨時休校を呼びかけ、北海道の鈴木直道知事は28日、道民に今週末の外出を控えるよう呼び掛ける「緊急事態宣言」を出しました。

 また同日、「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客から5人目の死者が出たとの発表がありました。

 厚労省の発表によると、2月28日、21時現在、国内の感染者は934人、死者は10人に上っています。

(以下の表は、2月27日付の感染者数です)

2020年2月27日現在の感染者数(厚生労働省のサイトより)
2020年2月27日現在の感染者数(厚生労働省のサイトより)

 しかし、この感染者数は正確にカウントされているのか、疑問もあります。

 また、生前に感染が確定されないまま、呼吸器の病気で亡くなってしまった場合は一体どうなるのでしょう。

 その死に新型コロナウイルスが関係しているかどうか、解剖などはおこなわれるのでしょうか。

 千葉大学および東京大学の法医学教室で司法解剖等に携わる岩瀬博太郎教授にお話を伺いました。

■「疑わしい死」は死因を突き止めるべき

――全国各地で毎日さまざまな原因で人が亡くなり、葬儀がとり行われています。その中に新型コロナウイルスの感染による死者は、本当にいないと言い切れるのでしょうか。

岩瀬  いないと断定することはできないと思います。日本では自宅などで亡くなった場合、死因をきちんと調べていないので、何とも言えません。

――現在、肺炎のような症状が出ている方でも、なかなかウイルス検査を受けさせてもらえないという話を聞きます。万一、亡くなった場合、その後のウイルス検査はされないのですか。

岩瀬  このような事態になった場合、「検疫法」や「死因身元調査法」という法律上は、疑わしいご遺体は解剖などを実施して、正確な死因と病原体を突き止めることができるはずです。しかし、今の政府の動きを見ていると、どうも、そのような動きをしているようには思えません。

――政府が法律に従って、医療機関にしかるべき指示を出していないということですね。今回のようなウイルスの場合、どのような検査をすれば感染の有無がわかるのでしょうか。

岩瀬  病原体の確認は、ご遺体の鼻やのどを綿棒等で拭い、それを保健所などで検査してもらえばわかる可能性があります。

――さらに解剖を行うことで、なにがわかりますか。

岩瀬  解剖まで行えば、それに加えて、心臓や肺、腎臓、肝臓など様々な臓器の状態はどうだったのかまで詳しく調べることができますので、後々の対策につながる可能性が出てきます。しかし、現実はなかなか解剖ができていないのが現状です。

千葉大学法医学教室の解剖室(筆者撮影)
千葉大学法医学教室の解剖室(筆者撮影)

■死んでも病原体は身体に残るのか

――人は死後に咳やくしゃみはしませんが、遺体から他者にウイルス感染することはあるのでしょうか?

岩瀬  ウイルスが残っている可能性は十分にありえます。ですから、感染の有無がはっきりしていない場合は、ご遺体をしっかり消毒し、死因の究明が済んだらなるべく早い段階で火葬することも有効だと思います。

――遺体にウイルスが残っているとなると、先生方が解剖されるときも感染が心配ですね。

岩瀬  危険性はあります。解剖には常に、未知の感染症という恐怖が付きまといます。今回の新型コロナウィルスの場合、飛沫感染と接触感染で広がるとされており、理論的には結核事例と同じような対応で解剖すればよいはずなのですが、問題は、「本当にそれでいいのか?」ということがわかっていないことなんです。

――中国ではすでに医療従事者が亡くなっています。現場の医師の方々も、本当に危険にさらされているのですね。

岩瀬  そうですね。現在、どういった設備のある解剖室で、また、どのような格好で解剖したらいいのかがわからないため、多くの病院の病理医や法医学者はもちろん、監察医務院なども対応に苦慮していると予想します。

■日本では有事のシミュレーションがなされていない

――日本では過去にも、SARSや新型インフルエンザの感染が問題になりました。また最近は外国人観光客の入国も増え、感染症の危険は高まっていたと考えられます。感染症だけではありません、岩瀬先生ご自身は地下鉄サリン事件が起こったとき、実際に被害者の司法解剖をされた経験もお持ちです。諸外国では感染症や化学テロなどを想定し、かなり大規模な訓練をしているようですが、日本もしっかりとした備えが必要ではないでしょうか。

岩瀬  日本も今回のような事態を予想してガイドラインを作成したり、訓練等を実施したりしておくべきだったと思います。MERSや新型コロナウィルスのような得体のしれない危険な感染症が流行している状況で、流行地から帰国した方などが検疫をすり抜けて自宅で一人で亡くなったいるような場合は、例えば、エボラ熱等の危険な感染症にも対応できる解剖室を利用し、宇宙服のようなものを着て解剖することも想定しておくべきだということです。それを怠ったままここまで来てしまったのです。現在は十分といえない準備状態の中、解剖を実施できるか否かは、現場の解剖従事者の命がけの善意に頼っているだけの状況と言えます。

――ということは、現在の日本にはそうした緊急事態に対応できる解剖室がないということですか?

岩瀬  私は東大と千葉大の法医学教室で解剖を行っていますが、いずれの解剖室もある程度の感染症対策しかできていません。MERSや新型コロナウィルスのような危険な感染症の疑いがあるご遺体が入る可能性のある時期は、本当に緊張します。また、路上で行き倒れた方を解剖する場合なども、なにが原因かわかりません。まさに我々も、死の危険性を感じながら解剖しているという感じです。

解剖率の高いフィンランドでは死体用の冷蔵庫の数も日本と比べ圧倒的に多い(筆者撮影)
解剖率の高いフィンランドでは死体用の冷蔵庫の数も日本と比べ圧倒的に多い(筆者撮影)

■国は最悪の事態を想定して指針を作るべき

――後に残された者の安全のためにも、感染の拡大を早期に防ぐためにも、よりしっかりとした対策をとる必要がありそうですね。

岩瀬   感染症は公の問題なので、国や県がしっかり対応すべきです。どの地域で発生しても、きちんと解剖や検査が行われ、本来はそのデータが共有されるべきです。しかし残念ながら、今の日本ではそれができていません。とにかく国には、事前に最悪の事態をシミュレーションし、その場合にどうすべきか、という明確な指針を早急に作ってもらいたいと思います。

――ありがとうございました。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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