Yahoo!ニュース

「ウランちゃん」に活躍してもらおう、という話

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

安倍晋三氏が自民党総裁に返り咲いたということで、彼が前に総裁、というか総理大臣だったころのことを思い出してみようと、自分のブログで当時の記事をあさっていたら、こんな記事を見つけた。「「ウランちゃん」に活躍してもらおう、という話」というタイトル。2006年11月4日付。タイトルで想像がつくと思うが、原発に関する話で、Financial Timesの記事をネタにして書いたものだ。当時、地球温暖化への対策が大きなテーマになっていたことはご記憶の方も多いと思う。そのために原発が必要、という主張がFT紙でなされていたわけだが、それもなあ、という微妙な感想を書いている。

当時の感覚がなんとなくわかって面白いので、最小限の修正をして、ここに再掲してみる。皆さんも、当時どんなことを考えてたっけ、と思い出してみると面白いと思う。

-

2006年11月2日付Financial Timesのヨーロッパ版の1面トップは、原発の話。こういう記事が1面トップにくるのはヨーロッパならでは、かもしれない。見出しに「World is urged to build more N-plants」とある。国際エネルギー機関が、来週公表予定の「World Energy Outlook 2006」で、各国政府に対して原発の建設を早く進めるよう促す、とのこと。IEAのレポートがこんなふうに特定の意見を打ち出すことは、IEAの32年の歴史を通じて初めてのことだそうだ。

理由はいわずとしれた環境問題。

The IEA report . . . comes after the Group of Eight developed nations last summer asked the agency to come up with guidance on how governments could bolster energy security and combat global wariming.

という経緯があって。で、検討した結果、

The agency found nuclear power to be cost-competitive with coal and gas, its main rivals, and concluded there were enough uranium deposits to meet renewed demand.

ということになったらしい。

私はこの分野にはまったくうといので実際のところよくわからない。IEAのいわんとするところはまあわかるのだが、ライフサイクルコスト的にどうなのかとか、事故の危険性はどうなんだとか、いろいろありそうな気がする。ただ、専門家にとっては、最大の障害は人々の意識、ということらしい。私を含め、チェルノブイリとか、チャイナ・シンドロームとか、そういうことばが頭をよぎってしまう世代の人がまだたくさんいるということなんだろう。

折しも、同じ新聞には「Emission Impossible?」という記事も出ている。ヨーロッパ各国で、CO2排出権取引を拡大していこうといった動きがあるわけだが、実際には、供給過剰のため、排出権価格が2006年4月にトン当たり約30ユーロから10ユーロ前後まで暴落し、そのまま低迷が続いている。これでは排出を抑えるインセンティブがない、というわけだ。人為的な「資産」である排出権の価値は、供給のコントロールが難しい以上、人々がいかにそれを必要と考えるかにかかっている。こんな状況では、環境を守るために原発推進は欠かせない、という考え方か。うーん。

日本では、原子力発電がもう1/3を占めているわけで、これ以上原発への依存を増やすとは当面考えにくいが、隣のおっきな国では今後も建設が進むだろうし、そもそも京都議定書のマイナス6%だって絶望的になりつつあるし、いろいろな意味で他人事ではない。太陽光とか風力とか、そういう類がもうちょっと頼りになればいいんだけど、少なくとも当分は無理だ(コストを度外視すればできるのかもしれないけど、このコスト問題自体がつきつめれば国民の意識の問題でもある)。「ウラン」とか「コバルト」とか「アトム」とかいうことばが、何の屈託もなくキャラクター名に使えた時代がうらやましくもあったりするが、もはや後戻りはできないし。

オチもスッキリもなく、どろどろに混迷したままで、本日ここまで。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

山口浩の最近の記事