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敗血症とは?治療と対策は?

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:イメージマート)

俳優の渡辺徹さんが、敗血症のために亡くなったというニュースがありました。突然の訃報に驚きました。敗血症は聞き慣れない単語かもしれません。今回は「敗血症」について解説します。

敗血症とは?

敗血症は「感染症に対する制御不能な宿主反応に起因した生命を脅かす臓器障害」と定義されます。感染症を契機に種々の臓器障害に陥っている重症病態です。病名をつける時に、おそらく元の感染症の病名がついているために、あまり敗血症とか敗血症性ショックという病名がつけられないといった背景があり、正確な患者数ははっきりとは分かりません。しかし、海外の報告なども参考にすると、日本では最低でも年間10万人程度が亡くなっていると予想されています。

敗血症はなぜ起こるのか?

ヒポクラテスの時代から敗血症らしき概念はありました。敗血症は英語で「Sepsis」と言いますが、語源はギリシア語で崩壊や腐敗を表す「septikos」といわれます[1]。敗血症の敗は腐敗の敗ということなのかもしれません。日本語で敗血症と命名した人は存じ上げませんが、実に恐ろしい病態を反映した病名です。

なんらかの感染症にかかると、免疫反応として炎症が起こったり、障害を受けた部位の修復が起こったりますが、これらの制御がうまくいかなくなると臓器障害につながってしまいます。例えば、炎症が起こると、血管内の物質を炎症部位にとどけやすくするために、血管が拡張したり、血管から血液成分が漏れやすくなったりします。適切に制御されていれば生体防御の役にたちますが、制御ができなくなると、血圧が低下したり、重要な臓器に血液を届けられなくなったりしてしまいます。こうした反応が全身でおこり、敗血症に至るのです。

病状説明するときには、「怪獣と戦うはずのウルトラマンが、戦いの過程で街中を破壊しているような病気だ」とお伝えしています。

きっかけの感染症は肺炎や尿路感染症、腹腔内感染症が多いですが、手足の傷からの感染症でも敗血症になることはあります。

敗血症の治療

敗血症の治療は、原因となった感染症の治療と、臓器障害のサポートが主になります。感染症の治療としては、細菌感染であれば抗菌薬を使用し、ウイルス感染であれば抗ウイルス薬の投与などを行います。また膿が溜まるような病態であれば排膿を試みます。緊急で内視鏡での治療をしたり、手術になることもあります。

臓器障害のサポートはイメージが湧きにくいかもしれませんが、例えば呼吸が難しくなれば、酸素投与や人工呼吸を行い、血圧が下がれば輸液や昇圧薬を行います。腎臓の調子が悪くなれば透析を行うこともあります。敗血症の死亡率は10%、昇圧薬が必要となるような敗血症性ショックでは、死亡率は40%程度とされます[2]。

敗血症死を避けられるよう、できる限り早期に発見し、感染症治療を急ぎ、死に至らないよう最大限の臓器サポートを行うことが必要です。こうした臓器サポートは集中治療や全身管理と呼ばれ、集中治療室(ICU)での治療を要します。しかし、集中治療の負担、重症感染症の負担は大きく、治療後に後遺症を抱える人も多くいます。死亡率を下げるだけでなく、いかに社会復帰につなげるかという点も近年の課題です。

敗血症の対策

敗血症はWHOから「世界の解決すべき課題」として認定されています。世界規模で対策をしようと、Global Sepsis Allianceという団体が立ち上がり、日本でも救急医学会、集中治療医学会、感染症学会が日本敗血症連盟(Japan Sepsis Alliance; JaSA)を結成し、敗血症の啓発と対策を行っています。

敗血症対策としては、「予防」「早期発見」「感染症治療」「全身管理」「リハビリテーション」の5本柱を立て、いかにこの連携と調和を取るかということに主眼をおき、医療従事者向けにも啓発を続けています。社会復帰のためには、どれかが欠けてもダメです。

市民レベルでは、「予防」と「早期発見」が重要になります。コロナ禍で手指衛生やマスク着用による飛沫感染予防が一般的になりましたが、まずは感染症にかからないことが重要です。この冬はインフルエンザの流行も考えられますし、感染性胃腸炎も最近多く見ます。ワクチンでの予防が可能なものは積極的に打ち、避けられる危険をできる限り避けて過ごしていただければと思います。もし体調不良を自覚した場合は、悪化してこないかどうか気にしていただければ、早期治療に繋がります。

意識の低下、震え、強い筋肉痛、尿量の減少、息切れ、皮膚の色が悪くなる、死んでしまうのではないかというような実感を伴うような時は、早めに医療機関で相談いただければと思います。

妊婦さんや新生児、高齢者、免疫が低下している人(糖尿病、AIDS、脾臓がない、免疫抑制剤使用など)、慢性疾患を抱えている人、入院患者さんなどはハイリスクと考えられます。特に気をつけてください。

最後に

全力で治療に当たっても、病勢が強く救命できなかったり、悔しい思いをすることも度々あります。渡辺さんのこともとても残念です。しかし、先ほど紹介した5本柱の対策を行えば、救える命は増えます。是非、多くの人に敗血症を知っていただきたく、簡単ではありますが、敗血症の解説をしました。避けられる危険をできる限り回避しつつ生活していただければ幸いです。

参考文献

[1] Intensive Care Med. 2006 Dec; 32(12):2077.

[2] JAMA. 2016;315(8):801-10.

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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