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血液がチョコレートみたいになる!?メトヘモグロビン血症とは??

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(提供:kuromame/イメージマート)

先日、大学病院で井戸水を用いた粉ミルクを飲んだ乳児10人が、メトヘモグロビン血症を発症したというニュースが流れました。

気がついた看護師や、診断に至り原因特定までした集中治療室のスタッフのことを素直にすごいなと思う一方、飲用に井戸水を利用しても大丈夫なんかなという疑問も生じます。というわけで、今回はメトヘモグロビン血症について知っていただこうと思います。

メトヘモグロビン血症

メトヘモグロビン血症は、血液中のメトヘモグロビンが多くなったものです。いきなりなんじゃそりゃとなってしまうのですが、ヘモグロビンは聞いたことがあると思います。ヘモグロビンは赤血球の中で酸素を運搬してくれているタンパク質です。このヘモグロビンには鉄分が含まれており、鉄が足りなくなると貧血を起こしてしまうこともよく知られています。

鉄が足りていても、ヘモグロビンの鉄分が酸化してしまうと、酸素が結合できなくなり、酸素の運搬できない役に立たないヘモグロビンが生み出されてしまいます。この、2価の鉄(Fe2+)から3価の鉄(Fe3+)に酸化された鉄を保有するヘモグロビンをメトヘモグロビンと呼んでいます。ヘモグロビンが酸素の運搬をできなくなった結果、真っ青になるほどのチアノーゼを起こし、血液がドス黒くなり、チョコレート様とも表現される変化を起こします。

メトヘモグロビン血症は、ヘモグロビンを酸化してしまう何らかの原因があるか、酸化されたヘモグロビンを還元できなくなる原因があると起こり得ます。窒素酸化物の吸入や、薬剤の服用で後天的に起こるほか、先天的にメトヘモグロビンを還元する酵素が欠損している病態があることが知られています。

窒素酸化物や薬物でのメトヘモグロビン血症

メトヘモグロビン血症は頻度が低く、救急医でも見たことがあるという人の方が少数派かもしれません。一応よく言われるのは局所麻酔薬です。局所麻酔薬であるベンゾカインを大量に使用したところメトヘモグロビン血症が起きてしまったという症例報告があり、数年前に話題になりました(参考文献1)。ただ、歯科治療や手術、外来だと切創の縫合などの際にリドカイン等の局所麻酔薬が多く使われると思いますが、滅多にメトヘモグロビン血症は起こしません。9万4694人を対象に行った調査で、局所麻酔後にメトヘモグロビン血症を起こしたのは33人だったという報告があります(参考文献2)。医師であれば知っておきたいところですが、気にしすぎなくても良いかもしれません。

薬剤ではなくとも、今回のように井戸水など自然界に存在する窒素酸化物を摂取することでメトヘモグロビン血症になることもあります。特に、窒素肥料、生活排水、下水等の混入によって河川水等で濃度が高くなることがあります。農業地域では地下水が汚染されることもありますので、井戸水から窒素酸化物を摂取してしまい、メトヘモグロビン血症にかかってしまうことも十分考えられます。水質調査はなされていますが、毎日調査がなされているわけではありませんし、基本的には飲用水は水道水かミネラルウォーターがオススメです。とくに乳幼児ではメトヘモグロビンを還元するための酵素が少なく、メトヘモグロビン血症になりやすいことが知られていますので、ぜひ乳児のミルクに使う水は、井戸水を避けてくれたらなと思います。

メトヘモグロビン血症の治療

メトヘモグロビンはヘモグロビンの3価鉄(Fe3+)を還元して2価鉄(Fe2+)にしてあげれば治療となります。治療に使われるのがメチレンブルーと呼ばれるものです。魚を水槽に入れて飼っている人にはお馴染みだと思うのですが、水槽にいれる青い液体です。あれがメチレンブルーです。通常は寄生虫予防のために用いられます。

写真:kurono/イメージマート

メチレンブルーは1回1~2mg/kgを静注すると、速やかに症状が改善します。見た目にもゾンビが人間に戻るような変化が数分で起こります。私自身はメチレンブルーの使用経験がないのですが、治療経験のある救急医は、「あまりの効果に感動した」と言っていました。日本では2015年に認可され使用できるようになりました。10mL、50mgで12万円です。ちなみに魚用のメチレンブルーは200mL、1600mg程度で数百円……。静脈内に投与することの尊さを感じます。メトヘモグロビン血症にならないのが一番です。

まとめ

・メトヘモグロビン血症は血液と酸素が結びつかず低酸素血症となり、血液がチョコレートのようにどす黒くなる

・窒素酸化物や薬物の影響で起こり、生活の中では汚染された河川や地下水に注意

・特に乳児では、飲用水は水道水かミネラルウォーターにしましょう

参考文献

1) Warren OU, Blackwood B.Acquired Methemoglobinemia. N Engl J Med. 2019 Sep 19;381:1158.

2) Chowdhary S, et al.Risk of topical anesthetic-induced methemoglobinemia: a 10-year retrospective case-control study. JAMA Intern Med. 2013;173:771-6.

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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