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酒を飲んだ医師が仕事!? 待機中の飲酒はアリなのか

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:アフロ)

 先日、産婦人科医が飲酒後に出産手術に立ち会っていたことが話題になっていました。一般的に考えれば仕事中に酒を飲むなんて論外ですよね。私もお酒を嗜みますが、仕事中にへべれけなど許されることではないと考えています。しかし、この問題は、日本の医療界の闇を覗くような問題でもあります。医師には「待機」もしくは「オンコール」、さらには「突然呼び出される」という特殊な勤務体系があるのです。

待機命令?

 急性期病院ではおそらく救急患者さんなどへ適切に対応する院内体制を維持するために、各科オンコール体制などを敷いている病院が多いのではないかと思います。こういった場合にはオンコール当番の日が待機の日となります。何もなければ呼ばれませんが、何かあったら電話を受けたり、呼ばれたら行かなくてはなりません。24時間365日、最大限の人員を確保できるだけの潤沢な医療費が日本にはありませんし、人員もおりません。

 基本的にはオンコールには当番表みたいなものがあって、きちんとその医師がオンコール待機であることが明文化されており、指揮命令系統の中で待機することになります。ところが、半ば自主的に待機状態であったり(オンコール体制はないけど、いつでも電話くれよなという熱いボランティア精神)、半強制的に待機状態であったり(その地域にいる◯◯科医師がその人だけなので、◯◯科が夜間などに必要になれば必ず連絡がくるという環境)というような場合も横行しています。

自主待機について

 私自身が研修医時代に麻酔科ローテーションをしたとき、毎日オンコールでした。24時間毎日拘束され自由を制限されるなどいうことが許されるわけありませんから、緊急手術があったら麻酔の勉強をさせていただくため自主的に病院まで行くという体裁を取っていました。自然と麻酔科にいた2カ月間はお酒から遠ざかりましたが、正直これが一生続くと思うと悲しいなと思いました。なければないでいいのですが、ちょっとさみしいです。この世からクラシック音楽が消えても死にませんけど、やっぱりさみしい。それと同じです。

 おそらくこのような感じで、自主待機という形で連絡を365日待っている医師は少なくないと思います。このような人に「飲むな」と言えるでしょうか。私は言えません。自由意思で待機してくれている人に対して、自由を尊重しないわけにはいきません。もちろん「行くなら飲むな、飲んだら行くな」と言うのはド正論だと思いますが、きてくれなくて困るのは患者です。アルコールが入った医師に診療されるか、診療を諦めるかという究極の選択を迫られることになります。

 航空会社ではパイロットにアルコール検査が義務付けられており、業務前夜にも飲酒できないような体制になっています。では、代わりのパイロットが確保できなかったら? そんな時は残念ながら欠航にすらなります。しかし医療界は複雑です。当然酩酊状態でいつも通りのパフォーマンスが出ることはないと思われますが、医師法第19条第1項に規定される応招義務は、酩酊して診療不可能という程に酔っ払っていなければ、アルコールが入っていることを理由に診療拒否してはならないと解釈されていますので、前述の選択(アルコールが入った医師に診療されるか、診療を諦めるか)は患者に委ねられることになります。

パフォーマンス低下の問題

 飲酒により判断力が低下することは間違いありません。患者にとってみれば不利益を被る可能性が高くなります。仕事中に安定して最良のパフォーマンスを発揮するというのは、プロフェッショナルに求められることだと思います。しかし、例えば睡眠不足はどうでしょうか? 徹夜明けのパフォーマンスはほろ酔いと同程度であるということはよく言われます。

Dawson D, Reid K. Fatigue. alcohol and performance impairment.

Nature. 1997 ;388:235.

 それでは夜間も救急対応をしたり、緊急手術をしたりで、翌朝からまた外来などの通常業務をこなしている医師も、プロフェッショナルとしてどうかしているから辞めたほうがいいでしょうか……。全体を考えればもっと医療の質が下がりそうです。

待機中の飲酒は推奨しないが…

 あたりまえですが、待機中の飲酒は推奨しません。部下が酩酊してやってきたら帰らせます。基本的に、他人の自由を制約する限りは、しっかり管理しつつきちんと対価を払うのが前提だと思います。対価を受けたプロフェッショナルは知識と技術を最高のパフォーマンスで社会に提供しなくてはなりません。パフォーマンス低下を憂うのであれば、当直明けにそのまま日勤に入るというようなことが常態化している現行体制にも憤りを覚えるべきです。パフォーマンス低下のみを問題視しても解決にはつながりません。

 感情的に飲酒後の勤務がダメだと思うのは理解できます。「これから仕事することがわかっているなら飲むな」というのは倫理的にとても正しいことですし、理想的なことではあります。しかし、私は必要とされるなら、そこが病院であっても路上であっても航空機内であっても、救急医としてできることを全うしたいと考えておりますので、一生アルコールが飲めなくなってしまいます。それどころか、一生疲れて集中力が途切れることを許されなくなってしまいます。

 賃金が支払われて、待機に報酬が払われている場合は、ある程度自由が制限されて然るべきだと思いますが、今回のように院長(つまり雇用者側)が365日待機状態という状況であれば、ルール作りは困難となります。医師は毎回アルコールチェッカーを用いて、前日のアルコールが残っているような場合には勤務できなくするとか、連続勤務時間が長くなるようならそれ以上勤務できなくするようなシステムを構築するのが望ましいとは考えますが、人員の問題から即時導入が厳しい状況であると思います。医療機関の集約化など、より安全な医療提供体制が敷けるよう、少しずつ社会を変えていくしかないのかもしれません。

(この記事は2017年11月16日に日経メディカルオンライン上に掲載された文章を加筆修正したものです)

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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