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行政から余剰ワクチンは廃棄するしかないと言われた件

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:show999/イメージマート)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を奮っています。これまでにない速度で拡大し、またウイルスの変異も後押ししたのか、重症患者数も増加しています。特に大阪では重症病床数を重症患者数が上回っており、コロナ以外の重症救急診療を逼迫させるだけでなく、ついにコロナ診療が成り立たなくなるというステージになってきました。

そんな中、ようやく医療従事者向けのワクチン摂取が本格化し、一般高齢者向けのワクチン接種も始まってきております。何とかワクチン接種が早期に広く行き渡るように努力しているところですが、河野太郎行政改革相は今月12日に高齢者向けワクチンの廃棄があったという報告をしています。余っているなら自分に打って欲しいと思う人も多いと思います。どうして廃棄ということが起こってしまうのでしょうか?当院での事例を取り上げて、今後の接種体制の効率化について考えたいと思います。

ワクチン接種に関する問題

 岡山県では、ようやく医療従事者向けのワクチンが行き渡ろうとしているところです。当院でも近隣の医療従事者へのワクチン接種が始まりました。今回のワクチンは、マイナス70度という超冷凍保存で管理しなければならないという輸送上の問題がありましたが、後にマイナス20度程度でも14日間は保存可能ということが通知され、ある程度管理面で融通が効くようになりました。使用日に冷蔵庫にうつすと数時間で解凍され、解凍後は5日以内に投与すれば良いです。融通が効きます。しかしもう一つ問題があり、一つの瓶に5-6回分のワクチンが入っており、解凍し希釈した後は6時間以内に投与しなくてはなりません。これが今回ワクチンの管理を難しくしています。

予約システムの穴

 今回医療従事者向けのワクチンについて、ワクチン接種は県が予約システムを作っており、そちらで管理されております。おかげでこちらが直接電話対応することなく接種日が決められているのですが、①直前にならないと予約人数がわからない、②当日キャンセルに対応しにくい、という問題点を含んでいます。

 当院は1日の接種者数を30人にしています。1瓶から5人分とっても6人分とっても対応できるだろうということと、1日30人の枠を作れば、当院で対応する近隣医療従事者400名程度について、1回目のワクチン接種を3週間で終えられるだろうという想定です。蓋を開けると、予約人数が30人まで埋まっている日と、そうでない日がありました。例えば、1瓶から6本取れるとして、予約人数が25人ならば、5人分のワクチンが行き場を失ってしまいます。数日前には予約人数がわかるので予約の調整をするしかないのかもしれませんが、皆さん勤務を調整して予約をしているので、突然変えられる人がどれだけいるか…。また、後日接種予定の人に前倒ししてきてもらったところで後日の人数が狂ってしまうので、問題を先送りするだけとなります。

 さらにまずいのが当日キャンセルです。30人の予約があり30人が接種に来てくれても、発熱などで接種ができない場合、その人の分のワクチンは行き場を失ってしまいます。溶かしたら6時間以内に投与ですから、その日のうちに接種可能な人を見つけてくるしかありません。突然その日に打ちに来てくれる人を見つけられるか、そして前述のように後日の予約をどうするかという問題が生じます。

廃棄すべき?

 ここで、医療従事者向けのワクチンを高齢者向けに接種すれば良いのではないかという案が出ます。しかし、予約体系が異なること、そしてまだ高齢者へのワクチンクーポンや問診票が配布されていないことから、行政としては管理が困難になります。情報は後付けになるかもしれませんが、河野大臣は区分を超えて投与することは一向に構わないというように述べています。行政側としては、誰にいつどんな状態で投与したかということをしっかり把握していたところを、現場に移譲することになります。要は、この責任をとる覚悟が自治体にあるかどうかという問題になっているのではないかと個人的には考えているのですが、岡山県においては、医療従事者向けのワクチンが余ってしまった場合、高齢者(特にフレキシブルに対応しやすい職員家族など)に投与して良いか確認したらダメであるという回答を得ました。廃棄するしかないと。

現状

 4月21日現在、近隣医療機関への接種が始まりました。すでに枠が埋まっていないところが明らかになっています。もともと医療従事者枠で接種が決まっている消防に協力を得ようと連絡しましたが、彼らも勤務が不規則で、業務に支障が出ないように予約をしているので、なかなかに運用が困難な状況です。このままでは明日にも余剰ワクチンが発生してしまいます。自院スタッフで調整するという手もあるのでしょうけど、コロナの受け入れをしている医療機関として先行的に接種をしているので、調整困難な状況に陥っています。できる限り廃棄したくないという気持ちがありますので、できる限りの努力はしてみようと思いますが、現場でもう少しフレキシブルに動けたらありがたいという気持ちもあります。無駄なく、迅速に接種を広げられるように願っています。

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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