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【シリーズ救急の日】救急車のサイレンを考える

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
救急車といえば白いボディ、赤色回転灯、そしてサイレン(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

救急の日

9月9日は救急の日です。9を二つ並べて99→救急という安直な命名ではあるのですが、昭和57年(薬師寺の生まれ年)、当時の厚生省によって定められた由緒正しい日であります。この日は、救急医療関係者の意識を高めるとともに、救急医療や救急業務に対する国民の正しい理解と認識を深めることを目的として制定されました。そして救急の日から1週間は「救急医療週間」とされており、日本全国で救急に関する様々な行事が実施されています。せっかくの機会ですので、シリーズで救急医療の話をしていきたいと思います。

日本の救急搬送事情

まず、近年の救急搬送の実態について、総務省消防庁のデータを元に共有します。

平成 30 年中の救急車による救急出動件数は 660 万 5,213 件(対前年比 26 万 3,066 件増、4.1%増)、 搬送人員は 596 万 295 人(対前年比 22 万 4,209 人増、3.9%増)で、救急出動件数、搬送人員ともに過去最多となっています。現場到着所要時間は全国平均で 8.7 分(対前年比 0.1 分増)、病院収容所要時間は全国平均 39.5 分(対前年比 0.2 分増)となっており、年々病院到着までの時間は延長してきています。搬送理由として交通外傷は減少し、疾病や一般外傷が増加傾向です。

事故種別の搬送人員と5年ごとの構成比の推移:総務省「令和元年版 救急・救助の現況」より
事故種別の搬送人員と5年ごとの構成比の推移:総務省「令和元年版 救急・救助の現況」より

高齢化も背景にある変化と思われます。このまま増加を続けると、搬送するための救急搬送システムは疲弊し、また搬送先の医療機関も受け入れ態勢の強化がままならず崩壊してしまいます。この素晴らしいシステムを維持するためにも、救急医療のあり方を一緒に考えてみましょう。

サイレンを嫌がる声

最近、救急車のサイレンが不人気な様で、通報者の大半がサイレンを鳴らさないで来る様にお願いするそうです。目立つのが嫌とか、近所に不要な心配をかけたくないとか、お気持ちはなんとなく察するのですが、救急車にはサイレンが必要です。救急車は消防の救急業務を行うための自動車で、救急業務は消防法の第2条9項に、傷病者を医療機関などに緊急に搬送することと定められています。ただの搬送ではありません。「緊急」なのです。この緊急性を担保するために道路交通法施行令では、緊急自動車はサイレンを鳴らし、赤色の警光灯をつけなければならないとされています。救急業務を行うためには、サイレンは必須のものというわけです。

サイレンを静かにできないのか?

サイレンを鳴らさなければならないなら、せめて静かにできないものかという疑問があると思います。ただ、サイレンの音量についても目安があります。道路運送車両の保安基準の細目を定める告示で「車両の前方20メートルの位置で90デシベル以上120デシベル以下」と基準が提示されています。90デシベルは子供が持つような防犯ブザー、120デシベルは飛行機のエンジン近くの音量程度です。相当うるさいですよね。でもサイレンの目的は、周囲に救急車がいる事をアピールし、道を譲ってもらったり、迅速な搬送への協力を促したりすることにあります。静かにして聞こえなくなってしまっては目的を失ってしまいます。

救急車のサイレン

日本の救急車のサイレン音はお馴染みのピーポー音です。960Hzに10Hz高い方へのビブラートを掛けたものと、770Hzに10Hz低い方へのビブラートを掛けたもので、それぞれ0.65秒ずつ鳴らされます。ドレミでいうとシとソの音に近いので、シーソーシーソーと聞こえなくもないです。平均律よりはちょっと低く(シ:987.77Hz、ソ:783.99Hz)、徐行してこっちに近づいてきたら、ドップラー効果でよりそれらしく聞こえます。開発したのは大阪サイレン製作所。昭和45年までは消防車や警察車両と同じくウーウーとなっていましたが、別な音が必要との考えから、フランスの救急車のエアホーンの音を参考に作成されたということです。関係ないのですが、警視庁のマスコットキャラは「ピーポくん」と言います。名前が警察車両のサイレン音とは違いますよね。でもあれはピープルとポリスの頭文字から取っているのでサイレンは関係ありません。

というわけで、ピーポーサイレンは、救急車のために、聞こえやすい音、遠くまで通る音を研究し、現在の音に落ち着いています。加えて、最近は住宅密集地に配慮して少し低めの音で鳴らしたり、和音を重ねて少し音を和らげたりすることもあるようです。救急は、命を守るための大事なシステムです。住環境にも最大限の配慮がなされておりますので、どうか、お互い様の精神で支えていただければと思います。「サイレン鳴らさないでください」「いや、無理です」の押し問答の間にも搬送時間は遅れていきます。何卒宜しくお願いします。

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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