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「21世紀型教育」とは何か 教育現場の現状と校長の声

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
ボードゲーム『モノポリー』で「経済」と「交渉」を学ぶ授業。(筆者撮影)

2020年度から新しい学習指導要領に沿った授業が始まる。学校や民間教育の現場では、新学習指導要領に示されている一斉授業ではない「アクティブ・ラーニング」や、一方通行ではない「主体的・対話的で深い学び」「探究型学習」といった「21世紀型教育」をどう授業に取り入れたらよいのか分からず、混乱が生じている現場も少なくない。そこで、すでに「21世紀型教育」を取り入れ、チャレンジしている学校や民間の教育現場への取材から現状を探りたい。

マインクラフトやモノポリーを使った探究型教育の取り組み

武蔵野大学千代田高等学院の荒木貴之校長はアクティブ・ラーニング学会の理事も務める。(撮影:矢萩こゆき)
武蔵野大学千代田高等学院の荒木貴之校長はアクティブ・ラーニング学会の理事も務める。(撮影:矢萩こゆき)

2018年4月に学校名を変更した武蔵野大学千代田高等学院(東京都)は、同時に共学部を設置し、学校として国連グローバル・コンパクトに加盟し、探究課題としてSDGs(持続可能な開発目標)を設定するなど、社会と結びついた「真正の学び」を、学校教育に導入する改革に力を入れている。改革の背景には、「答えのない問題に取り組み、自分たちで今を作っていく教育をしなければならないという責務を感じている」という荒木貴之校長の思いがある。

OECD(経済協力開発機構)による学力調査「PISA」(※1)の設問でも見られるように、現在世界では、「デジタルネットワークを通した学習」と「協働での課題解決学習」が求められている。これらを統合した学びのデザインが武蔵野大学千代田高等学院の特色である。

「モノポリー授業」の講師はモノポリー日本選手権2017年度チャンピオンの舘田智氏が務めた。(筆者撮影)
「モノポリー授業」の講師はモノポリー日本選手権2017年度チャンピオンの舘田智氏が務めた。(筆者撮影)

特に面白い試みとして、ドローンによる空中からの測量データを用いて、生徒が協力してマインクラフトというゲーム上で校舎を再現する授業を実施している。生徒はネットワーク上で役割を分担し、それぞれが異なる場所を構築して全員で校舎全体を再現。さらにその取り組みを、米マイクロソフト本社のマインクラフトチームを訪問して英語でプレゼンテーションするなど、学習指導要領に沿った「探究型学習」を実現している。他にもボードゲーム『モノポリー』を使って、経済や交渉を学ぶ授業などアイデアも幅広い。筆者も「モノポリー授業」に参加したが、遊びと学びの境界を生徒たちも楽しんで受け入れているように見えた。

大がかりな改革には困難やリスクが付き物だ。特に「よい大学に行き、よい企業に就職すればよい」と考える生徒や保護者との合意形成の難しさは同校に限った問題ではないが、荒木校長は、「前例がないものに取り組むことは、勇気がいることです。本校は国際バカロレア認定校(※2)であり、国際バカロレアが目指す「10の学習者像」のうち、未知のものに積極的に挑もうとする「リスクテーカー」を推奨しています。失敗をすることは、チャレンジをしたことの証です。本校は、先生にも生徒にも、チャレンジを奨励していますので、難しさや不安は感じながらも、それぞれが前向きに取り組んでいると思います」と語る。

デジタル機器を積極的に取り入れるのも同校の特徴だ。(写真提供:武蔵野大学千代田高等学院)
デジタル機器を積極的に取り入れるのも同校の特徴だ。(写真提供:武蔵野大学千代田高等学院)

これらの授業を体験して「学びに火が点いた」生徒たちの中には、SDGsをテーマに、シンガポール国立大学でポスターセッションに参加したり、文部科学省が展開する制度の「トビタテ留学」に選出されてイギリスに短期留学したり、奨学金を受けてカナダに1年間留学した生徒も。スポーツでは、本場韓国にて開催されたテコンドーの高校生大会で優勝する生徒も登場した。荒木校長は、「学校は、社会へ出るために、安心して失敗できる場所である必要がある」という。答えが1つではない探究に安心して取り組め、それぞれの立場での答えを探し、価値観の違う他者との共通の落としどころを探す過程で様々な学びを経験していく場づくりは、理想的な「21世紀型教育」の形の1つと言えるだろう。「自分の知性を自覚し、他人の知性を認め尊重し、正しい行動ができる人を育てたい」という荒木校長の理念は、従来型の学びが本質からズレていたのではないかということを改めて考えさせられる。

(※1)PISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査。日本でも15歳児を対象に読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの三分野について、3年ごとに本調査を実施。

国立教育政策研究所 http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html

文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/1344324.htm

(※2)世界の複雑さを理解して、そのことに対処できる生徒を育成し、生徒に対し、未来へ責任ある行動をとるための態度とスキルを身に付けさせるための教育プログラムである国際バカロレアを導入している学校。

文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/ib/1307998.htm

そもそも「21世紀型教育」とは何か

「21世紀型教育」という言葉は、まだまだ浸透しているわけではない。筆者が関わる中でも未だ「アクティブ・ラーニング」や「探究型学習」について説明できないという学校関係者・教育関係者は少なくない。それらがどういうものなのか、教える側が分かっていなくては授業実践につながるはずもないのだが、よく分からないまま言葉だけが一人歩きしているという現状もある。中には「探究」やそれに似たキーワードを謳って生徒募集をしていながら、どう実践するかは現場に投げられているという塾もある。まずはこれらの学びがどういうものなのかをまとめてみたい。

●アクティブ・ラーニング

「アクティブ・ラーニング」とは一方的に講義をする講師の話を聞いて、板書を写すという受動的な学びに対して、能動的・積極的に学びに関わる態度を指す。誤解が多いのだが、体を動かしたり、議論をすることがアクティブ・ラーニングという訳ではなく、能動的かどうか、前のめりかどうかが最大のポイントになる。つまり、いやいや議論をしているよりも、黙っているが能動的に話を聞いている方がアクティブ・ラーニングだといえる。筆者は客観的に判断しやすいものを「動的アクティブ・ラーニング」判断しにくいものを「静的アクティブ・ラーニング」と呼んで区別している。

「アクティブ・ラーニング」であればそれは即ち「主体的な学び」であると言って良い。その上で活発な議論や意見のシェアがあれば「対話的」となり、より新指導要領の理想に近づく。

●探究型学習

次に「探究型学習」についてだが、1つのテーマについて深掘りしていく学び方で、新指導要領における「深い学び」に対応する。教育学者デューイが提唱した「PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)」という方法がベースとなっており、日本では「問題(課題)解決型学習」とも呼ばれるので誤解も多いのだが、必ずしもそこに「社会的問題」が関係する必要はなく、身近な問題でも構わない。自分ごととして捉えることの方が大切だ。

「探究」の特徴は「テーマ学習」であるという点で、1つのテーマを教科などのカテゴリーに縛られずに、調査して仮説を立て、検証して新たな仮説を立てていき、その過程の中で、知識自体だけでなく知識を獲得する方法や、論理的に考え検証する方法、科学的な視点や哲学的な考察などを学んでいく。大学のゼミなどに近い学びと言えば分かりやすいかも知れないが、小中高生が行うためにはいくつかのハードルがある。

そもそも「探究」を主体的に行うためにはテーマ自体に「興味」を持つことが必須である。そこに探究型の学びを教室全員が共通テーマで行う難しさがある。また、探究型の学びは特定の解答やゴールがない「自己目的的」なもので、それを学ぶこと、探究すること自体が目的である。例えば、鉄道に興味がある学生が、鉄道の路線や車両、経営などを探究していく中で、地図や資料の読み方、地域との関係などをシームレスに調べ学んでいく。順序や方法なども自らが学ぶ中で試行錯誤していき、その過程で「結果的に」様々な知識やスキルを獲得していく。従来型の学習のようにテストや進学などの目的があると探究的であるとは言えない。さらに、他者が評価するということ自体も探究とは相容れない。以上の理由から、従来型の学校組織や、従来型の価値観を持つ家庭では受け入れにくく、また探究型の学びをナビゲートできる人材も不足しているため、実現が難しいと考えられる。

●国際バカロレア

最後に「国際バカロレア(IB)」は、1968年にスイスで始まった教育プログラムで、多様性の尊重・探究心・平和への貢献をキーワードとしたグローバル人材の育成を目指している。理想の学習者像として「探究する人」「知識のある人」「考える人」「コミュニケーションができる人」「信念を持つ人」「心を開く人」「思いやりのある人」「挑戦する人」「バランスの取れた人」「振り返りができる人」の10個を掲げている。

IB認定校では、国際的に通用する大学入学資格が取得できるため、海外進学を希望する学生に人気があり、政府も2020年までに200校以上にする方針を掲げているが、対応できる教員数の不足や、一般的な日本の大学受験との相性などが問題となり、認定校の数はまだ少ない。

このように「21世紀型教育」とは、学習者が内的なモチベーションにより、特定の解答がない問題に取り組んでいく教育であり、能動的に探究的に学んでいく中で自ら問題を発見し、解決する力を養うことを目指しており、従来型の学習とは大きく異なる。従来型の学習が「詰め込み」と表現されるのは、外側から規定され、答えを用意された問題を解く能力を開発するという目的による。デューイはこれら2つの教育に対する価値観は歴史上常に拮抗してきたと分析しているが、「21世紀型教育」は歴史を繰り返すのではなく、その名の通りアップデートしていなければならない。「教育」の場は、歴史や技術を活かしながら、教師が「教え育てる」場から、自ら「教わり育つ」場づくりへシフトし始めている。

次回の記事では具体的に実施する際の課題を探る。

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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