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児童養護施設の七五三 「10年分の祝福」集めたオンライン写真展

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
「イチゴイニシアチブ」は児童養護施設の七五三を祝う団体(イチゴイニシアチブ提供)

 児童養護施設の七五三を祝うボランティア団体「イチゴイニシアチブ(以下、イチゴと表記)」が10周年の節目に、オンライン写真展を開催している。イチゴは美容師やカメラマンなどファッション業界のプロフェッショナルが施設に出向いて子どもたちの髪を結い、化粧や着付けをして晴れ姿を写真に収める活動を首都圏で続けてきた。「イチゴの七五三」は地方へも波及し、成人式の振り袖の着付けやワークショップなど、多彩な取り組みも始めている。イチゴの代表である市ケ坪さゆりさん(東京都在住)に、写真展についての思いを聞いた。

イチゴイニシアチブの代表・市ケ坪さゆりさん(岸本絢撮影)
イチゴイニシアチブの代表・市ケ坪さゆりさん(岸本絢撮影)

 イチゴの活動を始めたきっかけは、親元を離れて児童養護施設などで暮らす子どもたちのために「何かできないか」と考えたからです。当時2歳だった娘を育てながら児童虐待のニュースが気になり、1人で最寄りの施設を訪ねました。誕生日のお祝いの手伝いから始め、要望に応えて七五三の演出を手掛けるようになりました。仕事仲間らが続々と加わり、活動を知って支援を申し出てくれる人もいました。

出会った子たちは晴れやかな笑顔

 ファッションやジャーナリズムの世界で活躍するカメラマンが、イチゴの七五三を撮影しています。子どもの顔が見える表情豊かな写真は台紙に貼り、本人や施設、保護者にプレゼントします。しかし、メディアやSNSなどを通じて外部に紹介する写真は顔の見えない作品だけ。なぜなら虐待やネグレクトなどによって親元を離れざるを得なかった子の顔を見せることができないからです。でも私たちが出会った子たちはみんな、晴れやかな笑顔を見せてくれました。

 作品から表情は分かりませんが、美しい晴れ着からのぞく小さな手を見ると、思わず包み込んでしまいたくなります。「かわいい」「愛おしい」という気持ちが、見る人に行動を起こさせる。「すべての子どもたちを、おめでとうと祝福しよう」。イチゴの七五三の写真には、そんなメッセージを伝えるパワーがあると信じています。

 写真が持つ可能性に気づかせてくれたのは現在、ベルリンと日本を行き来するカメラマンJOJI WAKITAさんです。お祝いした写真を一冊の写真集としてまとめてくれました。予期していなかった行動に驚いていると、「この一冊があると市ケ坪さんが施設を回る時に活動を説明しやすくなるのではないか」と考えてくださったようでした。お祝いの一日がよみがえるとともに、イチゴの活動を施設スタッフへ端的に説明でき、この写真集を見せると「うちの施設でもお願いします」と言われるようになりました。

JOJI WAKITAさんによる非売品の写真集(左の2冊)。後にパンフレット(右端)を団体独自で制作、イチゴイニシアチブの活動の周知につながった(筆者撮影)
JOJI WAKITAさんによる非売品の写真集(左の2冊)。後にパンフレット(右端)を団体独自で制作、イチゴイニシアチブの活動の周知につながった(筆者撮影)

「子どもが大切にされている」と分かるシーンを

「笑顔を取り戻した子どもたちの姿を知ってほしい。でも顔は見せられない」と歯がゆく思っていたら、ポートレート撮影で評価の高い萩庭桂太さんからこんな助言を受けました。

「子どもを中心に祝福する大人や見守る施設職員など、『子どもが大切にされている』と分かるシーンを撮ることで十分伝えられると思うよ」

 後ろ姿や着付けをする大人の手元、手入れの行き届いた着物……。手間と時間をかけて子どもたちの装いを演出する大人の姿を写した作品には、愛情を育む時間が写り込んでいます。「見た人はきっと、何をすべきか感じ取ってくれる」。そう考えるようになりました。

 オンライン写真展のトップを飾る作品を撮った端裕人さんは、独特のザラッとした質感に仕上げてくれました。子どもたちの姿を作品としてアウトプットするまでが、彼の社会的養育と向き合う時間だったのではないかと思います。

 いろんな感情が湧き上がるのを感じながら撮影し、「ボランタリーとはどういうことか」と考えながらも、よく「みる」、「観る」、「見る」、「視る」。子どもたちを取り巻く環境を理解しようとしていました。その姿に子どもたちへの愛情を感じました。

 カメラマンのよどみない仕事ぶりは真摯で、美しい。「どうしたら、この子が一番輝くか」と考え、シャッターを押しています。美容師の皆さんの無駄なく動く手さばきも写り込んでいます。プロフェッショナルの技があふれる作品からは、「イチゴの七五三」の10年間の歩みが伝わってきます。

 当初、私の社会的養育に対する思いは漠然としていて、どうやって形にしていけばいいのか分かりませんでした。しかし、カメラマンの皆さんが「顔を出さない七五三」という作品に仕上げてくれたおかげで、活動が目に見える形になったと思っています。

「写真の力を感じた」

 ジャパンタイムズ(The Japan Times)でイチゴの活動が報じられた際には、海外からも大きな反響がありました。「着物が持つ上品さや美しさが、子どもたちを素敵に見せている」と目を引き、日本の児童虐待の問題とボランティアについて行動する人々を紹介した内容は、3面全てを使った大きな扱いとなったことから、「写真の力は、この問題に関心を高めることに寄与できる」と確信しました。

 イチゴが10周年を迎えるにあたり、場所を借りて撮影した写真をパネルにして展示するつもりでした。日本の伝統行事の美しさと、日本の社会的養育の現状を伝えたかったからです。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により断念し、オンライン写真展に変更しました。結果として国内外を問わず発信することができているので、よかったと思っています。いつか海外で写真展をし日本の社会的養育について理解を拡げたいと思っています。

「イチゴイニシアチブ」のオンライン写真展
「イチゴイニシアチブ」のオンライン写真展

 イチゴの活動を始める前に、公的機関が作成した子どもの虐待防止を訴えるポスターを見て、がっかりしたことがありました。薄暗い場所で子どもが背中を丸めて座っている写真から重くて切ないイメージを押しつけられた気がしました。「当事者の子が見たら、どう感じるだろう。自分は不幸だと思うのではないか」と感じたのです。

 そして「虐待を受けた子に『かわいそうな子ども』というレッテルを貼り、日常生活から遠ざけているのは、私たち大人ではないだろうか」と思いました。「虐待をするな」と説くよりは、「子どもを温かく包み込んで、優しく接しようと伝える方が効果的ではないか」という気がしたのです。

 イチゴの七五三を撮影したカメラマンは、作品を通じて「子どもの存在を輝かせる方法」を示してくれました。

写真には人の心を動かす力がある

 出会った子どもに愛情を注ぐことは、政治でも福祉でもない。子どもたちが直面する問題を根本から解決できているわけではないと分かっています。しかし、イチゴの七五三の写真には人の心を動かす力がある。今まで「児童養護施設にいる子どもたち」という存在に対して何の感情も持たなかった人に働きかけることができると信じています。

 オンライン写真展で、イチゴの七五三をどうぞご覧ください。後ろ向きの子どもたちが、どんな表情を浮かべているかは児童養護施設に足を運んで実際に見てほしい。みんな笑顔です。社会的養育について1人でも多くの大人が知り、子どもの成長を祝福してくださることを願っています。

     ◇          ◇

※参考

「児童養護施設の七五三を祝福したい!」晴れ姿を演出するプロフェッショナルたち

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20191129-00152845/

 筆者は2019年11月、市ケ坪さんに同行して首都圏の児童養護施設で、イチゴの活動に携わる人たちを取材した。10施設以上と縁を結び、地方へも「イチゴの七五三」を拡大させようとしていた矢先の2020年11月、コロナ禍による自粛ムードから七五三を祝ったのは6施設に留まった。それでも「何か届けたい」とイチゴのメンバーはマスクを集め、ファッション業界で募った職員向けの化粧品や衣類などを施設へ贈り続けた。

 新型コロナウイルスの感染防止に細心の注意を払いつつ、新たに活動を始めたのは富山市の美容師・広野加織さん(同市在住)。2020年11月3日に初めて同市内の児童養護施設で男児1人の七五三詣でを演出し、晴れ姿に目を細めた。

「最高にかっこよく仕上げたいという気持ちが伝わり、男の子は笑顔を見せてくれました。そして私も笑顔になっていきました。いろんな大人が社会的養育に関わる機会があればいいと思います。子どもたちが社会に出てからのことを想像し、生きるために何が必要かを考え続けながら活動したいです」

富山市内の児童養護施設で七五三を迎えた男児の髪をセットする広野さん(筆者撮影)
富山市内の児童養護施設で七五三を迎えた男児の髪をセットする広野さん(筆者撮影)

 厚生労働省(厚労省)によると、何らかの事情により生みの親と暮らせない子どもは約45,000人いる(2018年10月現在)。そのうち6割以上が児童養護施設や乳児院で生活している。「親と暮らせない理由」のトップは虐待。児童養護施設では65.6%が被虐待経験のある子どもである。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、なかなか収束しない。そんな中、市ケ坪さんは児童養護施設を訪問し、職員から「外部との接触が減り、外出する機会の減った子どもたちとそれを受け止める側のストレスは増している」と聞いた。また、不要不急の外出を控えて家庭で過ごす時間が増え、息苦しさを抱えている親子は少なくない。「虐待が増え続けているのではないか」と不安を募らせる。

「子どもに限らず『助けて』と言えない人は多いように思います。誰かの手を借りて生きていいはずなのに、なかなか人に甘えられないのです。家庭、企業など社会のあらゆる場所で、困難を抱え、締め付けられている人たちの反動が弱い立場の者に向かっている気がします」

ファッションと社会的養育のコラボ

 市ケ坪さんはもともと、ファッションのブランディングのプロであり、近年は女性向けのファッション誌に、これまでほとんど取り上げられることのなかった社会的養育に関する企画を提案、次々と実現させている。また、仕事仲間に声を掛け、ファッションと児童養護施設がコラボする機会を取り持ってもいる。

「ファッション誌のページをめくっていてイチゴの記事にページをめくる手がふと止まる……。そんな人は、社会的養育に問題意識を抱いてくれると信じています。『薄暗い場所で子どもが背中を丸めて座っている情景』は、日常からかけ離れた世界ではなく、見ないようにしていたのかもしれないのですから」

 ファッションと社会的養育。二つの世界がつながることで何が伝わり、何が生まれているのか。「イチゴの七五三」から感じ取っていただきたい。

※「イチゴイニシアチブ」のオンライン写真展に参加しているカメラマンは次の皆さん。

端裕人

JOJI WAKITA

萩庭桂太

ナンブトモノリ

長谷川恵一

Ayako Ohkawa

※「イチゴイニシアチブ」のオンライン写真展

https://ichigoinitiative.jp/

※クレジットのない写真はすべてイチゴイニシアチブ提供

※参考文献など

・厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」(2020年10月)

https://www.mhlw.go.jp/content/000711002.pdf

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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