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「児童養護施設の七五三を祝福したい!」晴れ姿を演出するプロフェッショナルたち

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
七五三を迎えた子どもに着付けをする「イチゴイニシアチブ」のメンバー(岸本絢撮影)

 児童養護施設や乳児院の子どもの七五三を「特別な一日」にするボランティア団体が東京にある。所属するのは美容師やメーキャップアーティスト、カメラマンら。首都圏の施設に出向いて子どもの髪を結い、化粧や着付けをして、晴れ着姿を写真に収める。子どもたちは大喜びだ。この活動は全国にも広がりつつある。ファッションのプロが子どもを祝福する思いとは……。

女児の髪を結う美容師
女児の髪を結う美容師

七五三で11人に着付け

「クルクルっと髪を巻いてあげるね~」

「お化粧、ポンポンするよ。ポンポンポーン」

「ピンクと赤、どっちの着物にする?」

 全国的に「七五三詣で」のピークとなった11月17日の日曜日。神奈川県にある相模原南児童ホームの大きな部屋には、子どもたちの明るい声が響いていた。七五三を迎えたのは7歳4人、5歳5人、3歳1人。誕生日の8歳女児を含めた11人が祝福を受けた。

相模原南児童ホーム(相模原市南区)。乳児院が併設されている
相模原南児童ホーム(相模原市南区)。乳児院が併設されている

 美容師が、女児の髪を一生懸命にとかす。メークの担当者は顔色が明るく見えるようチークをほおにはたいた。テーブルにはホットカーラーやメーク道具、化粧品、整髪料などが並んでいる。ハンガーには着物や袴が二十点以上掛けられ、着付けの担当者は子どもの着丈に合わせて腰ひもを結び、華やかな晴れ着姿に仕上げていく。

 同ホームに限らず全国の児童養護施設には、貧困や虐待、ネグレクト(育児放棄)、保護者の死や失踪などにより生みの親と一緒に暮らせない子どもが入所している。過去の体験から大人に警戒心を抱く子もいるが、メンバーもそうした社会的背景を把握していて、「今日、何時に起きたの?」「好きな色は何?」などと優しく声を掛けながら、少しずつ距離を縮めていく。

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メークをするイチゴのスタッフ
メークをするイチゴのスタッフ

 メークの担当者が「お化粧、好きなのね」と口紅を塗りながら鏡の中の女児をのぞき込むと、はにかんだ笑顔が返ってきた。部屋の中は終始、劇場の舞台裏のような慌ただしさだが、こうした丁寧なアプローチもあって、子どもたちの表情は生き生きとしていく。生みの親が来ていれば、仕上げに参加してもらうこともある。

 支度が終わると女児数人が集まり、「わあー、似合うね」「そのバッグかわいい」などとはしゃいでいる。同ホーム所長の曽我幸央さんは目を細めた。

「ホームでは着付けができる職員が少なく、何度かに分けて七五三を祝っていました。3年前にボランティアさんの存在を知って以来、毎年お願いしています。今日も11人そろって祝うことができ、本当に特別な一日になりました」

活動的な男児も着付けの間はおとなしい。「かっこよくなるよ」と言われると嬉しそう
活動的な男児も着付けの間はおとなしい。「かっこよくなるよ」と言われると嬉しそう
色とりどりの着物は手入れが行き届いている。活動に賛同し、クリーニングで支援してくれる業者も
色とりどりの着物は手入れが行き届いている。活動に賛同し、クリーニングで支援してくれる業者も

きっかけは連続殺傷事件

 活動を担うのは、社会人ボランティア団体「イチゴイニシアチブ(以後、「イチゴ」と表記)」(東京都大田区)だ。代表は、ファッションのPR事業を手掛けている市ケ坪さゆりさん。活動を始めたきっかけをこう説明する。

「理不尽な目に遭った子どもが、そのまま成長して怒りや悲しみを社会に対して爆発させることもある。2000年代は、連続殺傷事件などが相次ぎました。一方で児童虐待のニュースは後を絶たない。『何かできないか』と思い、『子どもの誕生日をお祝いしたい』と最寄りの施設の門をたたいたのがきっかけです」

市ケ坪さゆりさん。「日本の伝統的な慶事には子どもを笑顔にする力がある」と語る
市ケ坪さゆりさん。「日本の伝統的な慶事には子どもを笑顔にする力がある」と語る

 団体名の「イチゴ」は一期一会に由来する。「イニシアチブ」は大人が率先して行動し、子どもを祝福しよう、という思いが込められている。シンボルは赤いイチゴで、ブローチも製作した。ブランディングのプロである市ケ坪さんらしいアイデアである。

 施設側から「誕生日だけでなく、ぜひ七五三も」という依頼があり、付き合いのあった美容師やカメラマンらに声を掛けると多くが快諾してくれた。活動の幅は設立当初より広がっている。七五三で用意する着物は、活動に賛同してくれた人たちからの寄付がほとんどだ。施設にある着物を使う場合は修繕することもある。

「ある施設から『卒園してなかなか顔を見せない子に振り袖を着せたい』との要望を受け、成人式も手掛けました。職員さんの『お帰りなさい。ずっと気に掛けて見守っているよ』というメッセージを伝えられたように思います」

 活動を開始して9年目。コアなメンバー約10人以外に、サポートしてくれる人も増えた。古参のメンバーである美容師・猪俣眞理子さんに参加した理由を聞いた。

「市ケ坪さんと縁があったからです。七五三に向けては髪飾りのバリエーションを増やすため、100円ショップで買った材料や、着物地などを活用して作っています。資金面では余裕のない団体だけど、そういう工夫も含めて楽しんで活動しています」

猪俣眞理子さんの手作りの髪飾り。リボンと着物地を組み合わせてある
猪俣眞理子さんの手作りの髪飾り。リボンと着物地を組み合わせてある

神社で記念撮影 

 七五三の日は最後に近くの神社に行って、集合写真を撮ることが多い。11月17日もホームで子ども全員の着付けをした後、イチゴのスタッフはホーム職員らとともに近くの座間神社へ移動した。境内には晴れ着姿の子どもたちの歓声が響く。袴が足に絡まり、転びそうになる男児も。大人たちは走り寄って支え、着崩れを直した。

 成長を見守ってきた職員は「大きくなったなぁ」としみじみ。おめかししたわが子の姿に目を細める生みの親もいた。参拝客からは「かわいいね」「おめでとう」などと「祝福のシャワー」を浴びる。市ケ坪さんは「この瞬間が見たくて活動している」と話した。小春日和の夕方、境内で記念撮影をしてこの日の活動は終了となった。

写真撮影する南部智則さん。七五三は職員にとっても嬉しい「晴れの日」だ
写真撮影する南部智則さん。七五三は職員にとっても嬉しい「晴れの日」だ

 大事なトリを務めたカメラマンの南部智則さん(42)は、5年ほど前に市ケ坪さんの誘いで活動に加わった。多くの施設を訪問してきて、「人見知りの子、すごく甘えてくる子、感情に波のある子などさまざま」と子どもたちの印象を語る。南部さんは撮影する時に「こっち向いて」「笑って」などの指示は、ほとんどしない。自然な表情をそのまま写すようにしている。

「生きているままがいい。すべての子どもたちの命を祝福するという気持ちです」

 写真はプリントして台紙に貼り、施設と本人、生みの親に贈る。

 メンバーの中にはヨガ講師の井上美須加さんもいる。この日は美容師やカメラマンをサポートし、ムードメーカー役を果たした。普段はヨガのレッスンをしているが、月に1回、大田区にある成田山圓能寺で「ドネーション・レッスン」を開催している。受講費をイチゴに寄付する取り組みだ。

「七五三のときは、美容師のスキルが子どもを美しくし、カメラマンが最後を飾ってくれます。でも直接、役立つスキルがなくても、気持ちさえあればイチゴに貢献できます。才能を生かしてお金に換え、活動費に充てれば“いい循環”を生むことができるからです。誰でも子どもたちの七五三を祝う力になれます」

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 イチゴは今年の七五三で首都圏と大阪の7施設を回り、37人の子どもを祝福した。ピークの11月17日は午前中に、都内の児童養護施設で7歳女児の七五三を祝った。施設の職員が前日に「お行儀よくしていられるか不安」と心配するほど活発な女児だったが、華やかな着物に身を包んで、おしとやかに振る舞っていた。

都内の児童養護施設の女児も美しい姿に(筆者撮影)
都内の児童養護施設の女児も美しい姿に(筆者撮影)

大阪は乳児院で

 11月18日は大阪市のくるみ乳児院(鶴見区)をイチゴの横井菜穂子さん(32)と、地元の美容師・恒川直也さん(42)ら6人が訪問した。2歳女児2人を着物姿に装い、同男児5人は洋服で正装。記念写真を撮影し、職員と一緒に祝福した。

 関西圏の施設訪問は今回初めてだったが、ファッション誌を通じてイチゴの活動を知った恒川さんが支援を申し出てくれた。それを受けて、大阪府出身の横井さんがコーディネートした。今後は、恒川さんらが施設の職員と直接打ち合わせをしたり、仲間を増やしたりして主体的に活動する方針だ。

本格的な照明なども用意して記念撮影。かわいらしい姿を写真に収める(イチゴイニシアチブ提供)
本格的な照明なども用意して記念撮影。かわいらしい姿を写真に収める(イチゴイニシアチブ提供)

 横井さんは実は国家公務員で、主に休みの日にイチゴの活動に参加している。福祉・労働分野の行政官という本業を活かし、政策的な観点も踏まえながら、イチゴの可能性の広がりを模索している。

「イチゴの活動は、まさに『社会で育てる』という社会的養育の神髄だと思います。美容・ファッション業界に憧れて将来、その職業に就く子もいるかもしれません。故郷での七五三が好評だったことから、今後はどんどん地方へ展開していきたいです」

最寄りの神社を参拝した2歳児(イチゴイニシアチブ提供)
最寄りの神社を参拝した2歳児(イチゴイニシアチブ提供)

富山でも広がる動き

 富山でも来年以降、実施しようとする動きがある。その中心の美容師・広野加織さん(45)は、11月17日のイチゴの活動に“助っ人”として参加した。20年来の知人である市ケ坪さんから活動について聞き「まず、お手伝いしてみたい」と名乗り出た。スーツケースに、ブライダルの仕事で使う本格的な道具一式を詰め込んでやってきた。

 キャリアは十分。6歳男児の母でもあることから、子どもとのコミュニケーションは円滑で、即戦力として腕を振るった。広野さんがイチゴのメンバーを見て感心したのは準備態勢である。

「皆さんの着物の手入れには心がこもっています。房(ふさ)の部分は放っておくとよれてしまうので、蒸気を当てて伸ばしてある。子どもをステキに見せるための気配りがすごい。だから子どもたちは笑顔になれる。学ぶところ、多いです」

広野加織さん。「皆さんの行動力と気配りが素晴らしい」と語る
広野加織さん。「皆さんの行動力と気配りが素晴らしい」と語る

 

 児童養護施設で暮らす子どもたちの背景を思い、必死で涙をこらえる瞬間があったそう。「施設の子には繊細な問題もある。十分な準備をした上で、できることから始めていきたい」と来年に向けて意欲を見せた。

施設は恒常的な人手不足

 厚生労働省によると生みの親と暮らせない子は全国に約45,000人(2018年度末)おり、そのうち半数以上が児童養護施設や乳児院で生活している。施設の子どもの約6割は、過去に虐待を受けているという。マスコミの取材に対し、十分なプライバシーへの配慮が求められるのもこういった理由からだ。障害を抱える子も約3割おり、より専門的なケアが必要とされる。都内のある施設長に、勤務の現状について聞いてみた。

「職員は、まず子どもが安心して健康で暮らすための配慮が求められます。その上で、さまざまな問題を抱えた子どもへの対応が必要になります。学ぶことは尽きません。施設内外での研修の機会を増やしたいけれど、『働き方改革』も求められています」

 理想は職員の数を増やし、子どもの定員を減らすことだ。しかし、ほとんどの施設が恒常的な人手不足であることから実現は難しい。職員それぞれの裁量で「働き方」を工夫しながら、ケアの質を下げないよう努めている。そんな中、イチゴの活動は一つの救いとなっていると話す。

「施設外の大人と関わることで、子どもにとっては非日常の体験ができます。しかも七五三という特別な日を最高の形で祝うことができる。職員が同じことをしようとすれば、さまざまな調整をせねばなりません。ボランティアの方々のサポートは私や職員にとってもありがたいです」

広野さんと職員に見守られて七五三を迎えた女児。都内の児童養護施設にて(筆者撮影)
広野さんと職員に見守られて七五三を迎えた女児。都内の児童養護施設にて(筆者撮影)

「イチゴの七五三」が全国へ

 市ケ坪さんは「古い着物って素晴らしい。それまでに着た人や、着付けた人の気持ちが伝わる気がするから」と話す。着物に袖を通した子どもたちは、いつもと違う気分になって「おめでとう」と言われる。祝福するのは職員、生みの親、イチゴのメンバー、神社にいた参拝客などさまざまだ。

 そこにいる人たちは、改めて七五三の意味を考えることになる。起源は諸説あるが、子どもの死亡率が高かった時代、節目の年齢まで成長できたことに感謝し、長命を願った。「子どもは宝」という思いを表す日本の伝統行事である。

「子どもを真ん中に置いて、いろんな立場の人が集まり、祝福します。分野を超えて活動する才能と、血縁を超えて子どもの存在を大切に思う人たちが、子どもの存在を輝かせ、成長を喜ぶ。これがイチゴ流の七五三です」(市ケ坪さん)

 子どもたちの記念日を「祝福したい」という思いを持った大人は、どこにでもいるはず。だからこそ、「イチゴの七五三」が全国へ広がることを願ってやまない。

イチゴのメンバーと職員から祝福を受ける女児
イチゴのメンバーと職員から祝福を受ける女児
晴れ着姿の男児。女児の支度が終わるのを待つ
晴れ着姿の男児。女児の支度が終わるのを待つ
女児2人が仲良く並びピースをして記念撮影
女児2人が仲良く並びピースをして記念撮影

※クレジットのない写真はすべて撮影:岸本絢

※参考文献

・厚生労働省/資料集「社会的養育の推進に向けて(2019年4月)」

https://www.mhlw.go.jp/content/000503210.pdf

・全国児童養護施設協議会ホームページ

http://www.zenyokyo.gr.jp/

・社会福祉法人中心会「相模原南児童ホーム」ホームページ

http://sagamihara-minami.chusinkai.net/

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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