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作家・インタビュアーの小田豊二さん「聞き書きは私の想像を超えて広がっています」

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
第5回聞き書き学校で講師を務める作家・インタビュアーの小田豊二さん(筆者撮影)

 

患者や高齢者の語りを話し言葉のまま冊子にまとめる「聞き書き」が、医療・介護の現場で広がっている。2010年に宮崎県で初めて開催された「聞き書き学校」は隔年で石川県、秋田県、長崎県と継続され、聞き書きの普及・スキルアップの場として定着した。参加者は看護師、医師、介護職員、ボランティアなどさまざまである。8月31日から3日間にわたって岩手県一関市内で開催された「第5回聞き書き学校」で講師を務めた作家・インタビュアーの小田豊二さん(73)に実践の心得や、これまで聞き書きの普及に努めてきた思いを聞いた。

岩手、富山、長崎の看護師と聞き書きについて熱いトークを展開する小田さん(右から2人目)
岩手、富山、長崎の看護師と聞き書きについて熱いトークを展開する小田さん(右から2人目)

※参考

「あなたの言葉を遺したい」 患者に寄り添う聞き書き看護師

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20180929-00097514/

「あなたは、どんな最期を迎えたいですか?」 患者の思いをくみ取る聞き書き医師 

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20181023-00101479/

相手の言葉を否定してはダメですよ

 ――小田さんは第5回聞き書き学校の「教頭」とのこと。講義の中で「聞き書きあるある大疑問」とし、実践に伴う悩みに答えておられました。皆さん、どのようにして語り手になってくださる方を探し、聞き書きに取り組んでおられるのでしょうか?

「この人の話を聞いてみたい」という方に電話したり、地域のお年寄りのコミュニティーや高齢者の介護施設に行ってお願いしたり……ということになるでしょう。まずはコミュニケーションを取ってからスタートだね。最初は話が弾まないということもある。でもそれは、野球の試合で「どうやったら打てますか?」というのと同じですよ。いろんな投手・打者がいるようにね。人と人の相性がある。だから必ず合う人はいますよ。

 どんな相手でも大切なのは、相づち。トゥーマッチアクション。語り手を乗せて気持ちよくしゃべってもらいましょう。「そうおっしゃいますけど……」なんて相手の言葉を否定してはダメですよ。

 ――高齢者の戦争の話や戦前の教育制度などは、理解するのが難しいこともあります。専門職の人が仕事について語り熱くなっていくと、ただただ「なるほど~」と感心してしまう。しかし、いざ書こうとすると何をおっしゃりたかったのかよく分からないということがあります。

小田さんは「聞き書きあるある大疑問」と題し、実践者の質問に答えた。講演で使う「聞き書き紙芝居」は好評だ(小田さん提供)
小田さんは「聞き書きあるある大疑問」と題し、実践者の質問に答えた。講演で使う「聞き書き紙芝居」は好評だ(小田さん提供)

 聞き手は2人1組で語り手に会いに行くことがお勧め。戦争の話ならば男性が、家庭の話については女性が聞き役になり、2種類の冊子を作るのもいいでしょう。

 分からない言葉については質問し、本やネットなどでも調べてから書いてください。分からないまま書こうとしてはダメ。あやふやなまま書くと語り手をがっかりさせてしまうよ。聞き書きは「まず、語り手を理解すること」が肝心です。

いろんなやり方があっていい

 ――同じ話を繰り返すお年寄りがおられます。また、人の悪口を言う人も。そのまま書くわけにはいきません。どうしたらいいでしょうか?

 よーく耳を傾けて聞いてみて。言葉はちょっとずつ違います。微妙にね。全く同じ話というのはないもの。聞き手は「やれやれ、また同じ話だよ」「時間のむだだよ」などという思いを、言葉や態度に出してはいけません。楽しんで聞いてあげよう。「出ましたね~」「またまた~」などと合いの手を入れ、微妙な違いや言葉の変化を「そんな言い方もあったんですね」「深いな~」と楽しむ。これが「いい聞き手」の相づちです。

 そうそう、嫁の悪口を延々と語られては困りますよね。「財産をやらないわ!」なんて言われてもねぇ……。聞き書きの冊子に法的な拘束力はありません。家族の目に触れて困るようなことは、書かないのが無難です。

 ――テープ起こしは、とても時間がかかります。音声が聞き取りにくいこともある。聞き書きにチャレンジした人にとって、ストレスだと感じる場合があります。

聞き書きの実践者にとってテープ起こしは時間が掛かる。小田さんは手描きのイラストを使って疑問に答えた(小田さん提供)
聞き書きの実践者にとってテープ起こしは時間が掛かる。小田さんは手描きのイラストを使って疑問に答えた(小田さん提供)

 ノートにメモをしながら聞き、テープ起こしをしないで書いてもいい。音声は確認のために取っておくという考えでも構いません。私もね、亡き中村勘三郎(当時は勘九郎)さんに1時間半インタビューして、テープが回っていなかった……なんてことがあったなあ。メモを元に、記憶をたどって書き上げました。ノートにちゃんと書いていれば、大丈夫ですよ。

 以前は聞き書きの講習で「目線を合わせて語り手の話を聞き、メモを取ることにばかり意識しないで」と指導したこともありました。しかし、一語一句をテープ起こしして書こうとする人から「負担が大きく、長続きしない」という声が聞かれました。そこでちょっと考えを改めたのです。長崎などは短い文章で高齢者の言葉をまとめる形式が生まれています。いろんなやり方があっていいと思います。

編集にこだわるのも楽しみ

 ――「その人らしく書く」というのは、なかなか難しいです。上手な聞き書きは、いかにも語り手が話したように憑依(ひょうい)して、その人が言わないことまで書いています。なかなか、そうはできません。

 知らない人がしゃべった音源を聞いて書けと言われてもできないもの。人となりを知らないとね。知っている人であっても、その人を嫌いだと難しいかもしれません。語り手に愛情を持つことが大事です。言わないことを書くのに抵抗があるのでしたら、最初は話したことだけを、語尾や口癖を生かして書く。そこからスタートしてください。

 ――書き上がってもタイトルがなかなか決まりません。センスのよい見出しを付けたい。語り手にステキな冊子を渡して喜んでいただきたいものです。

 好きな花や好きな歌のタイトルなどはどう? 書店で本の背表紙を見て「いいなあ」と思う題名を手帳にメモしておきましょう。また、気に入った言葉も。「言葉集め」を普段の生活で心掛け、センスを磨いてください。ビジュアルを意識した冊子作りは、ネットを活用しましょう。販売する本ではありませんので、WEB上の写真や地図、イラストを使っても著作権上の問題はありません。若い人に助けてもらって、ステキに仕上げてください。編集にこだわるのも聞き書きの楽しみです。

聞き書きは想像を超えて広がっている

 ――聞き書きのスキルについて理解することができました。「聞き書きのマインド」についてもお聞かせいただけますか? 雑誌記者・編集者を経てフリーの書き手として活躍してこられた小田さんと、聞き書きの歩み、広がりについて教えてください。

 作家・井上ひさしさんから「一流庶民の言葉を残さないといけない」と言われたことが聞き書きのきっかけです。伝統芸を継承する人や役者などの語りを、その人が身振り手振りを交えて目の前で語っているように書き起こしました。その後、北海道で発足した「日本聞き書き学校」で講師を務め、2002年4月に毎日新聞で紹介されたことが縁で、医療・介護関係者を中心に秋田、東京、大分などで講習の機会が増えていきました。今では全国に認定講師がおり、カリキュラムとして実践している看護大もあります。聞き書きは私の想像を超えて広がっています。

第5回聞き書き学校で展示された聞き書きの冊子。文体・写真・製本には聞き手の工夫が表れている
第5回聞き書き学校で展示された聞き書きの冊子。文体・写真・製本には聞き手の工夫が表れている

 東日本大震災の被災地でも聞き書きが実践されています。被災者が被災者の声を聞くのです。きつい体験をした人がきつい体験した人のことを聞く。そのことの意味は深い。すごいよね、プロの取材者がインタビューをするのとは違った重みが生まれます。また、定年後に聞き書きを始めた男性が、奥さんから「優しくなった」と言われたとも。語る・聞く・書くという行動によって感動が生まれ、聞き書きが血の通ったコミュニケーション・ツールになっています。

     ◇     ◇ 

共有する時間を大切にする

 筆者も聞き書き学校で学んだ。ほかの受講生に勧められて読んだ「小田先生」の著書『幇間(たいこもち)の遺言』(集英社)は「最後の幇間」と惜しまれた故悠玄亭玉介さんの聞き書き。読み進めると、芸事の裏表や「たいこもち」ならではの人付き合いの妙を語る言葉が、すっと心に染みてきた。可笑しくて、艶っぽくて、哀しくて……。読後、玉介さんの話を「耳から聴いた」ような錯覚に陥った。小田先生は言う。

「お父さんが亡くなったとしましょう。するとその娘が親戚や父の友人に父親のことを話す。『まるで、オヤジさんがしゃべってるみたいだなあ』と言われれば嬉しいよね。聞き書きをしておくと、娘のなかに父は存在し続けるってこと。そうすると極論、冊子なんてなくてもいいんだ。人の中に、亡き人が生き続ける……。これが理想です」

 全国に「聞き書き」を実践している医療・介護施設やボランティア団体があり、聞き書きと製本を別の人が担う分業制にしたり、短編集を作ったりするなど、手法はそれぞれに進化している。「聞き書き学校」の受講者からは「冊子の作成にこだわらず公開範囲を限定したサイトや、SNSなどを活用してもいいのでは?」との声も聞かれた。聞き書きの可能性は、無限である。

 手法や形式が多様化しても、変わらないのは「語り手と聞き手が共有する時間を大切にする」という気持ちだ。聞き書きによって、聞き手は語り手との距離を縮めている。医療・介護の現場では多職種の人が高齢者に寄り添い、語り手が亡くなった後は冊子を読み返し、遺された言葉を振り返っている。

聞き書きの魅力について語る小田さん
聞き書きの魅力について語る小田さん

 小田 豊二(おだ・とよじ) 1945年、旧満州ハルビン市で生まれる。早稲田大第一政治経済学部経済学科卒。出版社、デザイン会社勤務を経て故井上ひさし率いる「こまつ座」創立に参加。こまつ座の機関誌「the座」元編集長。「聞き書き」の名手として多くの作品を手掛ける。著者とインタビュアー兼書き手が同格にクレジットされる「聞き書き」というジャンルを確立した。中村勘九郎(後に勘三郎)の『勘九郎芝居ばなし』(朝日新聞社)、三木のり平の『のり平のパーッといきましょう』(小学館)、「日本一の斬られ役」と呼ばれる福本清三の『どこかで誰かが見ていてくれる』(集英社)など。ノンフィクション作品では『鉱山(ヤマ)のビッグバンド』(白水社)、『初代「君が代」』(同)などがある。

※写真/筆者撮影

※参考文献

・『「聞き書き」をはじめよう』(小田豊二著、木星舎)

・『「伝わる文章」のための聞く技術・書く技術』(小田豊二著、PHP研究所)

・『幇間(たいこもち)の遺言』(悠玄亭玉介著、聞き書き・小田豊二、集英社)

・『私は、あなたを忘れない 〈聞き書き〉学生たちが記録した東日本大震災』(真殿達共監修、麗澤大学聞き書きサークル編、小田豊二著、麗澤大学出版会)

・『在宅ケアの不思議な力』(秋山正子著、医学書院)

・「NPO法人 白十字在宅ボランティアの会」ホームページ

http://www.hakujuji-net.com/post_15.html

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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