「あなたは、どんな最期を迎えたいですか?」 患者の思いをくみ取る聞き書き医師 

野々市よこみやクリニックで聞き書きについて語る野口さん(筆者撮影)

 患者や高齢者に人生の歩みを語ってもらい、看護師や介護関係者が話し言葉のまま冊子にまとめる「聞き書き」という活動が全国で広がっている。「語り手」の患者は家族への感謝や戦争体験、職業人としての誇りなど、さまざまな思いを語る。「聞き手」の看護師らは話しやすい雰囲気を作りながら、ひと言ひと言を大切に記す。「第三者」ではあるが、家族にすら語られることのなかった真実を知り、人生の教訓を得ることもある。

※参考

「あなたの言葉を遺したい」 患者に寄り添う聞き書き看護師

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20180929-00097514/

 患者を診ることが使命である医師の中にも、聞き書きをする人がいる。8月31日から3日間にわたって岩手県一関市内で開催された「第5回聞き書き学校」に参加した医師の取り組みを紹介したい。

「第5回聞き書き学校」の会場で展示された「聞き書き」の冊子
「第5回聞き書き学校」の会場で展示された「聞き書き」の冊子

 聞き書き学校の会場には、参加者が手掛けた多くの冊子が展示されていた。その中に、読み始めるとページを繰る手が止まらなくなる作品があった。石川県野々市市にある野々市よこみやクリニック院長・野口晃さん(49)の作品である。同クリニックは、石川県内では初めてとなる「機能を強化した在宅支援診療所」で、ほかの医療機関と連携しながら、複数の医師による24時間対応の訪問診療を行う。高齢者の生活環境へ積極的に入っていき、「支える在宅医療」を目指している。

「日々、どのように聞き書きをしているのですか?」と聞いてみた。野口さんは「こうします」と言って、畳の上に正座をしていた筆者の横に肩やひざが触れる位置で正座した。同じ向き、同じ姿勢、同じ目線になって下から顔をのぞき込む。語り手との距離が近い。高齢者は「親しみやすい先生」と感じるだろう。野口さんのクリニックを訪ね、作品を見せてもらった。

1作目は患者の妻に聞き書き

 最初の作品のタイトルは『家族』。気管切開され、24時間人工呼吸器で管理された状態のALS(筋萎縮性側索硬化症)の70代男性患者の人生をまとめてある。その男性はまばたきなど顔の表情しかコミュニケーション手段がない状態だったので、妻に話を聞いた。前任地の病院で訪問診療をやり始めたばかりのころの作品である。語りには妻の若き日の夫を懐かしむ思いがあふれていた。

野口さんの作品と、3作目の語り手で「聞き書き学校認定講師」でもある藤塚さんからの『作品寸評』
野口さんの作品と、3作目の語り手で「聞き書き学校認定講師」でもある藤塚さんからの『作品寸評』

《(結婚前、父親が地元のマラソン大会で男性が力走する姿を見て)「すばらしい1位や」ちゅうて、それがんばれって応援してた。(中略)私、次の年に2月16日にここへ来たんです。うん、うん、そう。(父は)「なんか、やあ、なんの縁かね」っちゅうて言うとったわいね》

 野口さんによる「あとがき」も印象深い。

《庭にある松や玄関の剥製の鳥はいつも拝見していたが、ゆっくり観ることは今までなかった。庭に、玄関に、部屋にそれぞれ思い出があり物語があることに気づかされる。聞き書きをしながらその想いを共感できたような気がして、幸せな気持ちになれた。これからお宅におうかがいするとき、景色が変わって見えるような気がする》

 訪問診療を担う医師としての責任感が伝わってくる。介護する妻に話を聞いたことにより、寄り添う姿勢を見せたかったのではないだろうか。20~30冊印刷して、患者の家族やクリニックのスタッフに配ると喜ばれたそう。冊子は、患者に関わる人がつながる役割を果たした。

 2作目は、その名も『軍隊手牒(てちょう)』。「戦争の話は十八番」という末期がんの80代男性患者が、軍隊手帳を見ながら話す戦時下の思い出に耳を傾けた。「はじめに」には、野口さんの患者と向き合う姿勢が表れている。

《いっしょに晩酌しながら聞き書きしようって誘ったけど、いやいやまたここに来て話しますからって。病院で「鬼ころし(日本酒の銘柄)」飲みながら聞き書きはできないなぁ》

 本文は、海軍に所属していた語り手の思いの丈を存分に記してある。軍歌が聞こえてくるような勇ましさだ。本音を語った母親との会話を読むとほっとする。

《こりゃ最後やろって思ったらしくてね。母親ぁわざわざ、富来(石川県志賀町)から横須賀に会いに来とってん。(中略)自分も最後やろうって思ったんかね、なんや忘れたけど、軍隊手帳を母親に預けたわけや。それでね、母親といっしょにね、家に軍隊手帳がもどってきとったっちゅうわけや》

 冊子には軍服姿の色あせた写真が数点掲載されていた。聞き書きをしている期間に家族が「あれも、これも」と持参したそうだ。男性が亡くなった後、野口さんは多忙な診察の合間を縫って冊子を仕上げたという。「これが最後やろ」という覚悟で南洋の激戦を何度もくぐり抜けた命が、昭和・平成の時代を存分に生き切った。最期の時間を医師・聞き手として寄り添った一作である。

野口さんは「第5回聞き書き学校」で受講生として学び、裏方として準備・運営に尽力した
野口さんは「第5回聞き書き学校」で受講生として学び、裏方として準備・運営に尽力した

「語り手」になり切って書く

 3作目は『ハッピーマン』。インタビューは2017年1月、金沢市で開催された聞き書きの講習会の実習として行われた。聞き手は「聞き書き学校」でも講師を務める作家・インタビュアーの小田豊二さん(73)。語り手は富山県の砺波総合病院で「聞き書きボランティア」として活動する元教員の藤塚幸雄さん(88)である。

《藤塚幸雄といいます。づかじゃないんです。つかです。貝塚のつか。あれを使いましてね、ふじつかゆきおと言います。ウィステリア マウンド ハッピーマン。なにって、ウィステリア。藤ね。すごいって。わからないかなぁ。手話でやりますね。これは藤の花。マウンド、塚ね。さいわいのおとこですから、ハッピーマンといいます。はいどうも……》

 小田さんは聞き書きのプロフェッショナル、藤塚さんは「聞き書き学校認定講師」という名コンビだからこそ、太鼓とバチのように響き合い、絶妙の語りが生まれたわけだが、書き起こした野口さんの筆力も見事である。藤塚さんの教育者としての歩みや、ボランティアにかける情熱が生き生きと描かれている。

 聞き書きを重ねるにつれ、冊子の装丁にも凝り、完成度は高まっていった。「はじめに」は、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」のテーマ曲「アンパンマンのマーチ」の歌詞からの引用である。一気に読めた。「苦労をしているのに、それを見せないで人に尽くす藤塚さんの生き方、アンパンマンみたいでしょ?」とのこと。語り手への理解度が深い。どのようにしてこのような作品を書いたのか。

「題名を考え、粗々とテープ起こしをして構成を考えました。推敲してから見出しを付け、『はじめに』と『あとがき』を書く……。この作業をしている期間は毎日、職場までの行き帰りに車中で音源を流し、繰り返し聞いたのです。語り手になり切りました」

「第5回聞き書き学校」では「校長」である柳田邦男さんから受講者へ修了証が贈られた。野口さんは全日程を終え充実した表情
「第5回聞き書き学校」では「校長」である柳田邦男さんから受講者へ修了証が贈られた。野口さんは全日程を終え充実した表情

 野口さんは在宅医療の現場における聞き書きの意義についてこう話す。

「聞き書きをするタイミングによって、目的は変わると思います。終末期なら『終活』の一助になる。慢性期の早い段階ですと、治療などの方針を本人の意思を尊重しながら決めるヒントになります」

アドバンス・ケア・プランニング

 近年の医療現場では、最期の迎え方を患者本人と家族、医療・介護関係者が継続的に話し合う「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)の取り組みが進んでいる。折に触れて話し合うので本人の意思の変化も反映できる。症状が悪化してコミュニケーションが難しくなった場合に備えて、患者やその家族とケア全体の目標や具体的な治療・療養の最終目的を確認する作業が求められる。

 野口さんによると、療養生活が長引くにつれ、「介護する側」の都合が「される側」の要望を上回ってしまう状況が、しばしば見受けられるという。「在宅か、施設に入るか」「胃ろうをするか、しないか」などの選択に際し、被介護者はまず「迷惑を掛けたくない」と思ってしまう。だからこそ症状が悪化する前に、聞き書きによって本人の人生観や、生活環境、人間関係を把握しておくことは、ACPのスタート。冊子は医療・介護関係者や家族が、本人の意思を共有するツールとなるだろう。

「在宅医療を受ける方すべてを対象に、早い段階で聞き書きができればベストです。それを収益性に結びつけ、提供するサービスの一つと考えてもいいと思う。人件費や材料費などがかかるなら、そこにコストを割けばいい。聞き書きをすることは “いいことずくめ”なのですから」

「第5回聞き書き学校」で製本のコツについて講演する佐藤さん
「第5回聞き書き学校」で製本のコツについて講演する佐藤さん

聞き書きの冊子はプレゼント

 冊子の中身だけでなく、装丁にもこだわる医師がいる。聞き書き学校初日の8月31日、地元の一関市国民健康保険藤沢病院の院長である佐藤元美さん(63)を講師に迎えて製本教室が行われた。同病院で作成された聞き書き本は美しい表紙の写真が目を引く。佐藤さんは聞き書き学校のホスト役ながら終日、一眼レフカメラを手に会場内を動き回って撮影を続けていた。SNSでは日々、花や一関の風景の写真をアップしている。これらを彩りとして盛り込む。ビジュアルを意識した冊子作りの上級者だ。

「聞き書きの冊子は単なる本ではありません。語り手が喜んでくれるよう、プレゼントだと思って仕上げています」

 

 佐藤さんは「いかに美しい冊子にするか」の具体的なスキルを、製本専用の機器を使って実演しながら指導した。印刷ミスや無駄な余白、ずれを防ぐためプリンターによって余白の設定が違うなどの細かい知識も伝える。本の背の部分を補強する布「寒冷紗(かんれいさ)」や「花ぎれ」など、出版の専門用語が続々と飛び出したのには驚いた。

佐藤さんの実技指導に多くの受講者が関心を寄せた
佐藤さんの実技指導に多くの受講者が関心を寄せた

 国保藤沢病院は、医療と介護や福祉をミックスした総合的なサービスを提供する。医療・保健・福祉を垂直統合したこの方式は「藤沢方式」と呼ばれ、地域医療の再生モデルとして全国の注目を集めている。患者とスタッフは、発症直後の急性期から回復期・維持期・生活期を経て終末期までの長い付き合いとなる。患者やその家族とのつながりは深く、語りを聞く機会も多い。「名カメラマン」である佐藤さんが撮った笑顔の写真を遺影にした患者もいる。美しく仕上げられた冊子から、スタッフの真摯な姿勢が見て取れる。

 佐藤さんは4年前から看護師からの提案を支援する形で聞き書きに携わってきた。自身も聞き手を務め、手術を拒否していた患者と意思の疎通ができるようになり、かたくなな態度を取っていた語り手を翻心させた経験がある。

「わざと迷惑をかける人などいません。思い込みが患者をかたくなにしているのです。患者の言いたいことを引き出せたら、その方にとっての医療の質は変わります。うちの病院では地域の住民とともに語り合い、住民の人生を遺す医療を目指しています」

聞き書き学校のホスト役を果たし、ねぎらいを受ける佐藤さん
聞き書き学校のホスト役を果たし、ねぎらいを受ける佐藤さん

 冊子をスタッフと共有し、本人が望む「最期の迎え方」の実現に役立てている。佐藤さんは「療養において自己決定の度合いが強いほど患者の納得感は増す」という。

 例えば、9月に亡くなった俳優・樹木希林さんは全身がんを公表し、治療をしながら仕事もこなした。余命宣告を受けてからは、「(死への)準備を進める」と家族に告げ、仕事や遺産・遺品を整理して後進へメッセージを遺した。このように「自分発信」で終活ができる人は多くないだろう。

 だからこそ医療・介護職は語り手の話に耳を傾け、患者・高齢者の思いをくみ取る。「あなたは、どんな最期を迎えたいですか?」という直接的な問いかけは胸の奥に秘めて一緒に笑い、時に泣いてもいる。

認知症でも「聞くことはいいこと」

 ここまで取材して、後悔の思いにとらわれた。筆者は「人に話を聞いて書くこと」を仕事にしていながら、認知症の父の介護は母に任せっぱなし。父の人生について学歴・職歴ぐらいしか知らず、「どんな最期を迎えたいか」と想像したこともなかった。「今から私に何ができるか?」という問いに、ホームホスピス宮崎理事長・市原美穗さん(71)が優しく答えてくれた。

 市原さんは宮崎での2010年「第1回聞き書き学校」の開催に尽力、以後も普及と実践に努めてきた。「聞き書き」の世界で多くの人に慕われる存在である。ひとり暮らしの高齢者や障害者など、孤独や不安を抱える方の話に耳を傾ける「傾聴ボランティア」の活動を推進していたが、なかなかうまくいかなかった。そこで聞き書きを学び、「あなたの人生聞かせていただけますか?」と声を掛けるようになって、傾聴がスムーズにできたという。

 妻を亡くし、子どもと絶縁状態にある70代男性の聞き書きをした体験について語り始めた。

「幼いころ、父親が遊んでくれた話をなさったから『あなたは、どうだったんですか?』と。すると涙を流し『子に謝りたい』とおっしゃいました。冊子をお子さんに送ると、『きれい事だ』と。それでも会いに来てくださいました。男性は『よう来たなあ』と……」

 聞き書きによって昭和の「モーレツ社員」の悔恨を綴り、親子の和解に一役買うことができた好事例である。また何度も同じことを言う認知症の高齢者にも、聞き書きをするという。

「第5回聞き書き学校」で介護現場での聞き書きの意義について語る市原さん
「第5回聞き書き学校」で介護現場での聞き書きの意義について語る市原さん

「『あー』とか、『馬鹿だね~』とか。そんな言葉であっても聞き取って書き、家族に渡してあげます。家族が読むと宝物になる。若いころの記憶が残っている方は、輝いていた時間について話してもらいます。10代や20代のときのこと。1番楽しかった時間に帰りたいと、学生時代の話などをしてくださいます。聞くことは、いいことですから」

 介護の現場では入浴介助や食事の世話をしながら、時間に縛られないでゆったりと聞き取った言葉を綴ることもあるという。市原さんは聞き書きに、途絶えかけた家族のきずなや記憶をつなぎ止める力があると信じている。

「聞き書きの不思議な縁」から聞き手とその孫が見送る

 樹木さんのような「自分発信の終活」が家族の断絶や認知症によって難しい場合、聞き書きは助けとなる。では、家族のいない人にとっての聞き書きの意義は? 野口さんが「アンパンマンみたいな人」と評した藤塚さんの取り組みにヒントがあった。

「第5回聞き書き学校」で語り手と聞き手双方の体験を語る藤塚さん
「第5回聞き書き学校」で語り手と聞き手双方の体験を語る藤塚さん

 藤塚さんは砺波総合病院でボランティアとして30人近い聞き書きを手掛けてきた。自身の聞き書きをしてくれた人の作品を読んで気になった部分に赤字を入れ、『作品寸評』という冊子にまとめて配ったこともある。「最近、語り手が私より若い」とポツリ。息子に接するような思いで語りを聞いたエピソードを明かしてくれた。

「若いころに脊椎を損傷して体が不自由になった50代の男性の聞き書きをしたんです。そしたら偶然、理学療法士をやっている孫がお世話したことのある方だった。奥さんや子どもはいなくてね。『冊子ができたら5冊ください』って言われていたんだけれど、完成する前に亡くなったの。彼は誰に読んでほしかったんかな。分からんまま。だから彼がいた施設に届けて、うちの孫とその奥さんに読んでもらった。孫の奥さんも介護職で彼を知っていたんです。不思議な縁だなあと思いましたよ」

 

 50代の男性を、親世代の藤塚さんと子ども世代の藤塚さんの孫夫婦が、聞き書きの縁で見送ったことになる。

藤塚さんの聞き書き作品
藤塚さんの聞き書き作品

 看護師・医師・介護職・ボランティアなど、さまざまな立場で聞き書きに取り組む人の作品を読んで感じるのは、療養や看取りの現場が抱える課題に、「聞き書き」は一つの解決の糸口を示しているということである。「寄り添う」「思いをくみ取る」「家族のきずなを修復する」「認知症の人の記憶をつなぎ止める」「独りの死を悼む」。冊子の数だけ人生の喜びと困難があり、教訓もある。だからこそ医療・介護の現場で、聞き書きは広がってきたのだろう。

※写真/筆者撮影

※参考文献

・『「聞き書き」をはじめよう』(小田豊二著、木星舎)

・『「伝わる文章」のための聞く技術・書く技術』(小田豊二著、PHP研究所)

・『ホームホスピス「かあさんの家」のつくり方―ひとり暮らしから、とも暮しへ―』(市原美穗著、木星舎)

・『在宅ケアの不思議な力』(秋山正子著、医学書院)

・「NPO法人 白十字在宅ボランティアの会」ホームページ

http://www.hakujuji-net.com/post_15.html

・厚生労働省ホームページより「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」について

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisyu_iryou/index.html

・2018年9月30日付朝日新聞「樹木希林さん、入院中『夫に会いたい』本木さん明かす」

https://digital.asahi.com/articles/ASL9Y7T99L9YUCVL006.html