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コロナ禍での第100回天皇杯開催を考える 【1回戦】ラインメール青森vs札幌大学

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
今年の天皇杯の公式球。わが国の伝統あるカップ戦は、今年で第100回を迎えた。

■JFAが重視した第100回大会開催

 9月16日、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の1回戦16試合が開催された。私は青森県八戸市のプライフーズスタジアムで開催された、青森県代表のラインメール青森と北海道代表の札幌大学のカードを取材。マッチナンバーは「3」だが、キックオフは13時と16試合の中では最も早い。平日の昼に試合が行われるのは、スタジアムに照明設備がないためだが、それでもこの日は130人の観客が来場していた。

 私は毎年、この大会を1回戦から取材しているが、今年は2つの理由でとりわけ感慨深い。まず今大会が第100回の記念大会であること。そして、コロナ禍での開催であること。この2つの要素は、実は互いに響き合っている。もし今大会が99回とか101回だったら、新型コロナウイルスの感染拡大に鑑み「今年は中止」という判断もあり得たかもしれない。しかし、きっかり100回。しかも来年はJFA(日本サッカー協会)設立100周年に当たる。

 5月23日に開幕するはずだった、天皇杯の開催延期が発表された時、SNSでは「100回大会を来年に延期すればいい」といった書き込みも見られた。しかし天皇杯は、開催されなくても回数はカウントされる。これまで中止となったのは8大会。このうち5大会(第21回から第25回)は第二次世界大戦のためであったが、大正天皇崩御(第6回)や極東選手権の準備のため(第14回)中止となった大会もあった。理由は、戦争ばかりではなかったのである。

 東京五輪とパラリンピックは、とりあえず2021年に延期となった。それでも第100回天皇杯は今年、開催される。今大会のパンフレットには、自身もコロナに感染した経験を持つJFAの田嶋幸三会長が、このような文章を寄せていた。《困難な中での開幕ですが、この第100回大会が多くの人々に感動と希望をもたらし、日本サッカーの歴史に新たな1ページを刻む大会になることを祈っています。》──ある種の執念のようなものが感じられる一文である。

試合前の両チーム。ホームのラインメール青森は2大会ぶり3回目、アウェーの札幌大学は5大会ぶり24回目の出場。
試合前の両チーム。ホームのラインメール青森は2大会ぶり3回目、アウェーの札幌大学は5大会ぶり24回目の出場。

■苦心の末に完成した大会フォーマット

 ホームの青森はJFL所属で、天皇杯は2大会ぶり3回目の出場。アウェーの札幌大は、5大会ぶり24回目の出場。前者は現在J3のヴァンラーレ八戸が、後者は北海道教育大学岩見沢校がライバルであった。北海道にはJFLやJ3のクラブはないが、青森の代表は2012年大会以来ずっと、八戸と青森の2強が争っている。しかし今大会、J3の八戸は青森県代表決定戦には出場していない。それは、大会のフォーマットがコロナ禍による変更を迫られたからである。

 今大会は当初、例年どおり88チームが参加するトーナメントとして、日程が発表されていた。そしてJ1とJ2に所属するクラブは予選なしで2回戦から出場。J3クラブも、そのほとんどが都府県代表として出場権を得ていた。前回大会に出場した88チームのうち、全国リーグに所属していないのは大学チームを含めて30チームのみ。そうした「全国区」でないチームにとって、天皇杯の1回戦を突破してJクラブと対戦することは、ひとつの大きな目標であった。

 しかし今大会は、そうはならなかった。当初JFAは、出場チーム数を88から50に削減することを決定。50チームの内訳は、47都道府県代表+アマチュアシード(Honda FC)+J1上位2クラブである。周知のとおりJリーグは、このコロナ禍の影響で過密日程を強いられることとなった。どのクラブにとっても「天皇杯どころではない」というのが実情。大会を軽視するのではなく、物理的にカップ戦を戦うだけの日程の余裕がないのである。

 かくして今大会は、準決勝まではアマチュア主体の大会、ベスト4からはJ1の上位1・2位が出場する、というフォーマットに決まりかけた。とはいえ56あるJクラブのうち、大会に参加できるのはJ1の2チームのみ、J2やJ3に出場の可能性がないことには当然ながら異論が出た。かくしてJFAは、いったんは削った5回戦を復活させ、準々決勝にJ2とJ3の優勝チームを出場させることを決定。結果、今大会の出場チームは52チームとなった。

88分、ロングボールを受けた浜田幸織が相手GKの頭上を抜くループシュートを決めて、青森が逆転に成功。
88分、ロングボールを受けた浜田幸織が相手GKの頭上を抜くループシュートを決めて、青森が逆転に成功。

■「1試合の重みが違う」リーグ戦との兼ね合い

 さて、試合である。先制したのは札幌大。18分、右からのコーナーキックに、向井ひな太が右足ワンタッチでネットを揺らす。しかし、後半に入ると青森が盛り返す。そして70分、ペナルティーエリア近くからの和田響稀のFKが、札幌大ゴールのバーを直撃。これを途中出場の榊原彗悟が詰めて同点とする。さらに88分には、この日キャプテンマークを巻いた西室隆規からのロングボールに、 これまた途中出場の浜田幸織が相手GKの頭上を抜く、見事なループを決めた。

 結果は2−1で青森が逆転勝利。一見、順当のようにも思えるが、両者とも「ベストメンバー」とは言い難い状況であった。札幌大は、このほどブラウブリッツ秋田への加入が内定した、エースストライカーの半田航也が不在。対する青森は、3日前にFCマルヤス岡崎とのアウェー戦があったばかりで、スターティングイレブンを全員入れ替えてこの試合に臨んだ。

 実は今季のJFLは、コロナ禍によってシーズンの前半戦が中止となり、後半戦の15試合のみで順位を決める。このほどJ3クラブライセンスが交付された青森にとっては、通常のシーズンに比べて1試合の持つ重みが違う。望月達也監督は「当面はアマチュアチームとの対戦が続きますが、(今大会が)リーグ戦への準備という部分は、選手の間にもあると思います」と語っている。

 一方、札幌大の河端和哉監督にとって、対戦相手の青森は現役最後のシーズンを過ごした古巣でもあった。「変な話ですけどコロナがなかったら、この対戦はなかったと思います」とは当人の弁。1回戦の16試合は、いずれもコロナ対策で移動距離を短くするため、近隣の都道府県同士のカードが組まれていた。河端監督が言うように、このコロナ禍がなければ、青森県代表対北海道代表というカードは、実現しなかったのかもしれない。

 それぞれに事情はあれども、チーム関係者も運営スタッフや主催者も、それぞれがベストを尽くして実現した天皇杯1回戦。まずは16試合が無事に行われたことを寿ぐこととしたい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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