鹿島アントラーズが「食」と投げ銭に注力した理由 中断期間中の距離感を埋めた「リモートでもできること」

カシマサッカースタジアムにて。今季の鹿島は、まだホームゲームを開催できていない。

 Jリーグの再開が近づく中、あらためて注目したいのが、中断期間中のJクラブの活動である。試合はもちろん全体練習もままならず、今もファンやサポーターとの接触が厳しく制限されている、今回のコロナ禍。「再開後のスタジアムに観客は戻ってくるのか」、あるいは「自分たちが忘れられてしまうのではないか」といった危惧は、どのJクラブ関係者も抱いているはずだ。

 56あるJクラブの中で、最多タイトル数を誇る鹿島アントラーズも例外ではない。そもそも鹿島の場合、ホームタウンである鹿行5市(鹿嶋、潮来、神栖、行方、鉾田)の人口が約27万人しかいないという、地理的なハンディもある。いくらフットボールでの実績とブランド力があるとはいえ、ファンとのタッチポイントが激減したことでのダメージは、計り知れないものがあったと推察する。

 一方でクラブは昨年8月、日本製鉄からメルカリに株式が譲渡され、組織内でのIT化やデジタル化が一気に加速。今回のコロナ禍でも速やかにリモートワークにシフトし、ファンや地域に向けたデジタルコミュニケーションにも積極的に取り組んできた。中断期間中の鹿島は、いかにしてファンとの距離感を埋めていたのか。その知られざる内情について、地域連携チームの吉田誠一氏とコンシューマーチームの春日洋平氏、ふたりのマネージャーから話を聞いた。

■「食」のつながりから生まれたドライブスルースタジアムマルシェ

「われわれが向き合う相手は、行政や教育委員会なんですが、必ずしもデジタル環境が整っているわけではないんですよね。小学校に出向いたり、地域の方々を試合にご招待したりすることができない。やれることはオンラインしかないわけですが、環境面からそれも難しい。ではどうやって、地域とのつながりを保てばいいのか? そこの部分では、かなり悩みましたね」

 そう語るのは、地域連携チームの吉田氏。この人には以前、「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」でもお話を伺っている。その評価については「参加された皆さんに喜んでもらえたし、地域事業者への貢献はできたと思いますけれど、クラブとしての収入はゼロ」とのこと。それでも「食」を通じて、地域との連携はより強固なものとなった。そこで地域連携チームとして、新たに企画したのが「ドライブスルースタジアムマルシェ~鹿行の『食』の食べ比べ」である。

「中断期間中、アントラーズというクラブ、そしてカシマサッカースタジアムに対して、地域の皆さんとの間に心理的距離感ができてしまうことが懸念されました。そうした中で思いついたのが、ドライブスルー形式で『食』を提供するサービス。これなら、アトラクションでの人集めにはならないし、ファンの皆さんにもスタジアムに足を運んでいただけます。事業者の皆さんに対しても、直接販売の機会を提供できて、しかも地域貢献にもつながると考えました」

 詳細はクラブの告知をご覧いただくとして、メロンや野菜や干物といった地元の名産を詰め合わせて、食べ比べを楽しんでもらうというコンセプトが目を引く。ちなみに売上高の一定パーセンテージは、手数料としてクラブに落ちることになっている。「正直、薄利です」と苦笑いする吉田氏。それでも「スタジアムを忘れないでほしい」という強い思いから、6月14日の実施に向けて忙しい日々を送っているという。

5月16日に配信された『鹿ライブ』。鹿島OBと現役選手が多数登場した。(c)KASHIMA ANTLERS
5月16日に配信された『鹿ライブ』。鹿島OBと現役選手が多数登場した。(c)KASHIMA ANTLERS

■鹿島OBと現役選手による『鹿ライブ』とギフティングの試み

 中断期間中、話題になったオンラインライブイベントがある。5月16日、過去のアーカイブ映像を観戦しながら実施した『鹿ライブ』。ここでギフティング(投げ銭)のシステムを採用したところ、ポスト・コロナ時代の新たな収入源として注目されたこともあり、各メディアがその様子をこぞって報じていた。「もっともギフティングというのは、コンテンツの価値とファンの共感を計るひとつの手法でしかないんですよね」と語るのは、コンシューマーチームの春日氏である。

「(発想の原点は)ファンに新たな観戦体験を提供すること。今回は『鹿ライブ』という副音声コンテンツを軸に、ギフティングの効果測定を実施することができました。いわゆる『投げ銭』については、以前から注目していたアイデアでしたが、本格的に社内で議論が進んだのはコロナ情勢が深刻化した3月以降です。その中で、本施策の目的は大きく2つありました。まず、新規コンテンツを通じたファンエンゲージメントの向上。そして、新たな収入源になり得る施策の検証です」

 鹿島のOBと現役選手が顔を揃え、5時間にわたって行われた『鹿ライブ』。その収益性ばかりに注目が集まっていたが、春日氏は「各種数値とファネルが取れたのが一番の収穫」と語る。総視聴回数が5万6984回、総視聴者数が1万5528人。諸事情で告知開始から本番まで中1日しかなく、しかも利用したプラットフォームがファンに浸透していない『Player!』だったことを考慮すると、いずれもポジティブな数値であった。

 ちなみに、春日氏の言葉の中にあった「ファネル」とは漏斗(じょうご)を語源とし、転じて「ターゲットがゴールに至るまでの一連の意識・行動の遷移を体系化した図式」を意味するマーケティング用語である。メルカリが責任企業となって以降、社内で使用される用語が急速に変化しているのは、最近の取材からも強く感じるところ。とはいえ、鹿島のデジタル活用は「メルカリ以前から存在していた」と春日氏は指摘する。

「確かにメルカリ以降、急激にテクノロジーとの向き合い方が変わっていったのは事実です。とはいえ『ファンの共感を創出する』ためにテクノロジーを活用するというのは、実はもともとあった考え方でした。われわれの周辺地域の人口規模は、プロスポーツの運営と興行を考えると、不利な環境下にあります。だからこそ、物理的制限が伴わないデジタルの活用は、アントラーズにとって不可欠なものでした」

■リモートというハンディをチャンスに変えるベンチャーマインド

 チームが活動停止を余儀なくされ、クラブハウスも立ち入り規制されたことで、クラブとファンとのコミュニケーションはすべてリモートベースとなった(ここで言うリモートは、もちろんデジタル限定ではない)。コミュニケーションの選択と質が重視される中、クラブが選んだツールが「食」と「ギフティング」。吉田氏も春日氏も、それぞれ課題感を抱えつつ、それでも一定の手応えは掴んだ様子だ。

「今回の『食』に関する一連の取り組みで、食の事業者さんだったりJAさんだったり、新たなつながりや信頼が生まれたように感じます。クラブの価値を認めてくれた人が増えて、さらにアントラーズファミリーの輪が広がったことで、ひいてはクラブのブランディングにもつながっていくと考えています。リーグ戦が再開されて、入場も認められるようになれば、今回の取り組みでつながった人たちがスタジアムに来てくれるのではないか。そう、期待しています」(吉田氏)

「どのようなビジネスにおいても同様かと思いますが、今後形成されていくであろう『新たな日常』の中に、どのような形でフットボールを届けていくかが重要になると考えます。そのためのツールや方法はさまざまで、魅力的なコンテンツを軸としたギフティングもそのひとつ。今回の『鹿ライブ』は、確かに本番を見据えたシミュレーション要素も強かったです。でもそれ以上に重視していたのは、リモートでファンの皆さんに、アントラーズの本質的な価値を届けることでした」(春日氏)

 リーグ再開に向けて、中断期間中に汗をかいていたのは、もちろんフットボールの現場ばかりではなかった。ファンや地域との心理的な距離感を、少しでも縮めるべく奮闘していた人々がいたことは留意すべきであろう。それから、もうひとつ。リモートでしかコミュニケーションできないハンディを、新たな試みでチャンスに変えようとするベンチャーマインドに、鹿島アントラーズというクラブの真骨頂を見る思いがしたことを付言しておきたい。

<この稿、了。クレジットがないものは著者撮影>