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間もなくオープン! FC今治の岡田オーナーがプロデュースする「夢のスタジアム」とは?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
夢スタの内覧会での岡田オーナー。「今までにないスタジアムを」と意気込む。

 この日曜日(9月10日)、J1から数えて4番目のカテゴリーであるJFLで注目の試合がある。セカンドステージ第7節のFC今治対ヴェルスパ大分。注目すべきはカードそのものではなく、試合会場だ。この試合は、今治の新スタジアム『ありがとうサービス.夢スタジアム(夢スタ)』のこけら落とし。元日本代表監督の岡田武史氏がオーナーとなって話題を集めた今治だが、とうとう自前で5000人のスタジアムを作ってしまったのである。その意義と注目点について、これまでの取材を元にまとめてみたい。

 岡田氏がオーナーに就任して以降の2シーズン(15年、16年)、今治は四国リーグに所属していた。当時、ホームゲームで使用していたのが、今治市桜井海浜ふれあい広場サッカー場。スタンドは仮設、ピッチは人工芝。スタジアムではなく、その名の通り「サッカー場」であった。それでも2000人ほどの観客を集めていたのだが、さらに上のカテゴリーを目指すには、それなりの設備を整えたスタジアムが必要。よってスタジアム問題は、岡田オーナー体制になって以降の宿命的な課題であり続けた。

 夢スタの建設がスタートしたのは、16年の5月から。「ふれあいの丘」と呼ばれる丘陵地帯を整備して、J3規格である5000人収容の球技専用スタジアムが作られることになった。注目すべきは、スタジアムの建設費を行政に頼らず、ほぼ独力で集めて作ったということである。土地は無償で提供してもらったものの、「3億7000万円くらい」(岡田オーナー)という建設費は、すべてクラブ側が調達した。これは非常に画期的なことである。

行政に頼らずに5000人収容のスタジアム建設を目指したFC今治の岡田オーナー。
行政に頼らずに5000人収容のスタジアム建設を目指したFC今治の岡田オーナー。

 夢スタが画期的である理由は、行政に頼らなかったことだけではない。人口16万人の小さな地方都市に専用スタジアムを作ったこと、そして5000人収容の施設を4億円弱で完成させたことである。同じJFL所属で、ホームタウンの人口が23万人のヴァンラーレ八戸の新スタジアム、『ダイハツスタジアム(ダイスタ)』の建設費が33億6000万円だったことを考えると破格である(もっともダイスタの場合、震災時における津波避難複合施設として位置づけられており、それなりの費用が必要だったことは留意すべきだろう)。

 スタジアムが完成間近となったタイミングでのインタビューで、岡田オーナーは「こんなに小さな街で、そんなに金持ちでない個人が『スタジアムを作ろう!』と言い出して、それでも実現可能であることは示せたと思う」と感慨深げに語っていた。コストダウンの一番の要因は、ゼネコンに任せるのではなく、いわゆる下請け業者に直接依頼したことだろう。ただし岡田オーナーは、こう付け加えることも忘れない。

「スタジアムを作るには、いろんな人の力が必要。そんな中で、やっぱり『ウィン・ウィン』でないといけないですよ。もちろん安いに越したことはないけど、どこかに余裕がないと工事をする人たちから積極的なアイデアは出てこない。作る人、使う人、お金を出す人、そして工事をする人。みんなが『ウィン・ウィン』の関係にならないとね。それが今回、一番学んだことですよ」

 かくして、文字通り「夢のスタジアム」は完成した。しかし、それはあくまでスタートライン。今治がJ3昇格を果たすためには、「年間順位4位内」だけでなく、「ホームゲームの平均入場者数が2000人以上」という条件もクリアしなければならない。今季、スタジアムが完成するまでの間は今治市外、さらには瀬戸の海を越えて広島県の福山市でも「ホームゲーム」を行ってきた。当然、集客に良い影響があるはずもなく、現時点での平均入場者数は1154人にとどまっている。

目下、一番のテーマは「集客」。さまざまなアイデアはどのように具現化されるのか?
目下、一番のテーマは「集客」。さまざまなアイデアはどのように具現化されるのか?

 岡田オーナーは、今回のこけら落としの一番のテーマは「集客」と言い切る。物珍しさもあって、おそらく9月10日は満員御礼となることだろう。問題は、その後もリピーターがついてくれるかである。今季、夢スタで試合ができるのは、こけら落としを含めて5試合。ここで4000人以上を集めなければ、平均2000人のハードルはクリアできない。「監督をやっていた頃は『面白いサッカーをして強ければ文句ないだろう』と思っていた」と語る岡田オーナーも、今は90分間の試合以外でいかに観客を魅了できるかを重視しているという。

「僕は監督時代、高い給料をもらっていたけど、そのお金がどこから出ているのかイメージできていなかった。今、こうして社員に給料を払っている立場になって、お客さんをいかに満足させるか、そっちのほうを考えるようになりましたね。もちろん、面白いサッカーだけでお客さんが来るというのは理想ですよ。でも、これだけ多様な社会になったんだから、そこを満たすことをもっと考えないといけない」

 そのための方策として岡田オーナーが打ち出したのが「フットボールパーク構想」。今治のサポーターだけでなく、サッカーにあまり馴染みのない地元の人々にも「また来てみよう」と思わせるような仕掛けを、スタジアム周辺のさまざまな場所に作っていくという。かつて「名将」と呼ばれ、ワールドカップで二度も日本代表を率いた人物が「こういうのはどうかな?」と嬉々とした表情で集客のアイデアを語る様子を見ていると、何とも不思議な気分になる。

「今までにないスタジアムを作ってやろうと思っている」とオーナー自らが語る、夢スタのこけら落とし。近所にお住まいの方は、ぜひこの機会に訪れてみてほしい。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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