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世界中のサポーターが集結! 中国で開催された「世界球迷大会」とは?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
世界球迷大会でプレゼンする筆者。テーマは「Jリーグの歴史から見た日本の応援文化」

 先月27日から29日まで、中国は西安にて『2017世界球迷大会』(2017 WORLD FOOTBALL FANDOM EXPO)というシンポジウムが開催され、ゲストスピーカーとして参加してきた。「球迷」というのは中国語で「サポーター」の意味。要するに世界中からサポーターが集まるシンポジウムということで、日本からは私のほかに『サッカーと愛国』でミズノスポーツライター賞を受賞した作家の清義明氏が招かれた。

 周知のとおり中国サッカーといえば「爆買い」。最近でもオスカル(チェルシー→上海上港)、アレシャンドレ・パト(ビジャレアル→天津権健)、カルロス・テベス(ボカ・ジュニアーズ→上海申花)といったビッグネームが続々と買われてゆき、中国超級(スーパーリーグ)でプレーしている。また国家主席である習近平は無類のサッカー好きであり、2年前には「中国サッカー改革発展総合プラン」なるものをぶち上げてサッカーを国家戦略のひとつに位置づけている。

 選手の爆買いはやや落ち着いた感があるものの、政財界のサッカーへの関心度は依然として高い中国。そんな中で開催された今回の世界球迷大会だが、参加するにあたっていくつかの疑問があった。そのひとつが開催地。なぜ北京や上海や広州ではなく、陝西省の省都・西安で行われたのか。その疑問を解くには、西安がかつて長安と呼ばれていたことを思い出す必要がある。

今回のシンポジウムは中国国内のみならず欧州各国からも多彩なゲストが招かれた。
今回のシンポジウムは中国国内のみならず欧州各国からも多彩なゲストが招かれた。

 長安といえば中国の古都であり、シルクロードの起点。ここからペルシャを越えてさらに西に向かえばローマ帝国(欧州)に、そして東の端には日本がある。今回、ヨーロッパと日本からゲストを招くことで、主催者側がシルクロードのイメージを明確に重ねていたのは明らかだ(何やら習主席が提唱した「一帯一路」にも通じる話である)。ちなみに西安には、陝西長安競技足球倶楽部というサッカークラブがあり、多くのサポーターが参加して会場を大いに盛り上げていた。熱狂的な応援で知られる陝西長安だが、実は超級ではなく乙級(3部)所属。この地元クラブを国外にアピールしたいという狙いも、主催者側にはあったようだ。

 今回の世界球迷大会の詳細については、近日中に私のウェブマガジンにてレポートする予定だが、参加してみての率直な感想は「やたらとカネをかけているな」というものであった。今回は講演料こそいただかなかったものの、いわゆる「アゴ・アシ・マクラ」付きであり、会場兼宿泊先となったホテルはそれなりにグレードの高いものであった。ゲストスピーカーは、国内からは北京、上海、広州、大連、ウルムチ。そして海外は日本の他に、フランス、スペイン、イタリア、イングランド、ロシア、ブラジルから著名サポーターや研究者が招かれていた。

 そんな中、私のプレゼンのテーマは「Jリーグの歴史から見た日本の応援文化」。一方、清氏は自身が応援してきた横浜F・マリノスを事例にしながら、Jクラブの応援スタイルについて解説した。実は中国のサッカーファンは、こちらが考えている以上にJリーグに関心を持っており、しかも有名クラブの応援スタイルを積極的に取り入れている。また彼らの中には「日本代表も応援している」という人が少なくない。中国代表がなかなかワールドカップ予選を突破できない事情もあるが、ここ5〜6年の両国関係を考えると意外で興味深い話ではある。

コールやチャントで盛り上げる陝西長安のサポーター。会場は独特の熱気に包まれた。
コールやチャントで盛り上げる陝西長安のサポーター。会場は独特の熱気に包まれた。

 今回のシンポジウムは中国のみならず、欧州や南米のサポーター文化を当事者の言葉によって網羅的に知り得たという意味で、非常に有意義なものであった。また、世界各国のサポーターと酒を酌み交わし、チャントを口ずさみながらフットボール談義ができたのも個人的には得難い経験となった。今後もぜひ継続してほしいところだが、参加者のほとんどは「おそらく今回で終わりでしょう」と、その考えには否定的である。

 先述したとおり、現政権が中国サッカー改革発展総合プランを打ち立てたことで、各地方自治体は「ウチの省(市)はこれだけサッカーに力を入れています!」と熾烈なアピール合戦を繰り広げている。西安市(あるいは陝西省)も、今回のシンポジウムをそうした機会と捉えていた可能性が高い。考えてみれば、スタジアムやトレーニング施設を新設・維持するよりも、むしろ非常に安上がりなアピールだったと言えよう。主催者側が当初の目標を達成したのであれば、今後も継続する理由は見当たらない。

 それでも私は、今回の世界球迷大会を否定する気持ちにはなれない。むしろサッカーファンにとっては、非常に意義深い交流・交歓の場であったし、だからこそ今後も続けてほしいと思う。西安にその気がないのなら、開催地を替えて続ければ良いだけの話だし、別に中国にこだわる必要もない。独自のサポーター文化を育んできたASEAN諸国、あるいは日本で開催しても良いのではないか──。そんなことをあれこれ考えさせられた、中国での世界球迷大会であった。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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