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「できる!」と思わせると危険なタイ代表。注意すべき選手は誰か?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
前日会見に臨むタイのキャティサック監督(右)。現役時代に日本と対戦した経験も。

■タイ代表は本当に「楽な相手」なのか?

「(明日の日本戦は)タイにとっては難しい試合になる。が、われわれには失うものは何もない。われわれは気持ちと魂をこめて戦いたい」

本日3月28日に埼玉スタジアムで開催される、ワールドカップ・アジア最終予選、日本対タイの試合に向けて、タイのキャティサック・セーナムアン監督は前日会見でこのように述べている。

現在、日本は4勝1分け1敗の勝ち点13でグループ2位。対するタイは0勝1分け5敗の勝ち点1で最下位の6位。昨年9月6日にバンコクで行われた試合では、日本が2−0と勝利している。5日前のアウェーのUAE戦に勝利し、やや楽観論ばかりが語られるタイ戦だが、何が起こるかわからないのがワールドカップ予選。ここはホームで足をすくわれないよう、気を引き締めて臨みたいところだ。

そこで本稿では、バンコク在住で『タイプレミアリーグに行こう!』を主催している浜崎勇次さんに、タイ代表の最新情報を語っていただいた。浜崎さんは10年にわたり現地のサッカーをウォッチしており、タイのサッカー事情について最も語れる日本人識者である。今夜の観戦に役立てていただければ幸いだ。

■グループ最下位でもチームは前向き

今回のタイ代表は全員が国内組。ムアントン所属の選手が最も多く10名を数える。
今回のタイ代表は全員が国内組。ムアントン所属の選手が最も多く10名を数える。

──先週のホームでのサウジアラビア戦では0−3と敗れたタイ代表ですが、国内の世論はどのようなものだったでしょうか?

浜崎サウジとは最終予選の初戦で対戦していて、アウェーながら0−1というスコアでした。また、昨年最後の試合でオーストラリアに2−2で引き分けていることもあり、国民の間で期待感があったのは事実です。それだけに、内容的にも完敗でショックも大きかったようですが、後に引きずらない国民性なので「まあ、しょうがないか」みたいな感じですね。こちらのメディアにも、代表に対する批判的な記事はあまり見かけません。

──ここまで0勝1分け5敗のグループ最下位。代表を取り巻くムードはいかがでしょうか?

浜崎もともと代表に対しては「国を背負って戦っている」ということで国民的なリスペクトがありますし、試合に勝てないからといって極端に悲観したり失望したりするファンは少ないと思います。ただ、6試合を戦って勝ち点1しか取れず、ワールドカップへの道がほぼ絶たれたことは事実です。そのことで、ジーコ(キャティサック監督の愛称)の力量、選手起用、采配に対する疑問や不満は出ていますね。

──そんな中、日本戦に向けてタイ代表のモチベーションは高いのでしょうか?

浜崎サウジ戦で勝ち点を取れなかった悔しさ、内容でも完敗したショックは少なからずあると思います。そこで実力差のある日本と対戦するわけですが、自分たちがどれだけやれるか楽しみにしている選手も少なくないようです。すでに日本入りしている選手たちは、現地の寒さに戸惑うこともなくリラックスして練習していると報じられています。不安材料は、キャプテンのテーラトン・ブンマタンが累積で出場できないことですね。

──UAEとのアウェー戦に勝利した、日本についての現地での報道はどのようなものでしょうか?

浜崎日本は多くの代表選手が海外でプレーしていて、ワールドカップに何回も出場しているアジア最強チーム。ですので「UAEに勝って当然」という論調の報道ばかりです。「UAE戦でサブだった本田圭佑、岡崎慎司、浅野拓磨、宇佐美貴史といった選手をタイ戦で使ってくるのではないか」、あるいは「UAE戦に出ていた2選手(今野泰幸と大迫勇也)がケガで出られないのはチャンス」という報道もありました。

■危険なのは「できる!」と思わせてしまうこと

6試合を終えて勝ち点1しか得ていないタイ代表だが悲観的なファンは少ないという。
6試合を終えて勝ち点1しか得ていないタイ代表だが悲観的なファンは少ないという。

──日本は、バンコクでは2−0で勝利しています。注意すべきことは何でしょう?

浜崎日本とは確かな実力差、経験の差がありますので、必要以上に警戒する必要はないと思います。普通に対戦すれば、3−0とか4−1のスコアで日本が勝つでしょう。ただ怖いのは、タイに「できる!」と思わせてしまうこと。調子に乗ると普段以上の力を発揮するので、そこは気をつけたほうがいいですね。バンコクでの試合では、チャナティップ・ソングラシン(18番)やティーラシン・デーンダー(10番)といった選手へのケアが十分になされていたので、彼らはほとんど仕事ができませんでした。ですので、今回も複数の選手が素早いプレッシャーをかけ続けることが肝要だと思います。

──特に気をつけるべき選手を挙げていただけますか?

浜崎やはりチャナティップですね。彼のアジリティは抜きん出ていますし、ボールの受け方も巧みです。ティーラトンが累積、サーラット・ユーイェンが怪我でいずれも出場できませんが、ボールの出しどころとしてジャッカパン・ケウプロム(6番)、ポックラウ・アナン(21番)といった中盤の選手も高い技術を持っています。またFWではシロー・チャットン(8番)という、タイ人離れしたフィジカルで積極的に仕掛けてくる24歳の選手がいて、彼にも気をつけてほしいと思います。

──最後の質問です。苦しい戦いが続く中、今回の最終予選での経験はタイのサッカー界にどのような影響を与えると思いますか?

浜崎間違いなく貴重な経験になっていると思いますし、タイのサッカー界にも良い影響を与えていると思います。今回の最終予選は、ファンやメディアを含め、タイのサッカー界がアジアを知ることができる貴重な場であることは間違いないですね。かつての日本がそうだったように、ワールドカップ最終予選の厳しさや難しさを経験し、それを蓄積することによって、現状の立ち位置よりもさらに上に行けると思っています。もともとタイは、東南アジアでは常にトップクラスでした。そこから今度は、アジアでトップクラスを目指す時代に来ていることは間違いない。この最終予選が、その契機になってほしいと思いますし、いつかは日本と一緒にワールドカップの本大会に出場してもらいたいですね。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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