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熊本県南部での大雨 降水量・浸水範囲の特徴(速報)

牛山素行静岡大学防災総合センター教授

 2020年7月4日未明~朝にかけて,熊本県南部,球磨川の流域を中心に大雨となり,各地で洪水・土砂災害などの被害が生じています.7月5日午後までに得られた情報から,筆者の専門から見て読み取れることについて書いてみたいと思います.限られた情報に基づいて取り急ぎ考えたことであり,今後修正する点が出てくる可能性があることはご理解下さい.

●降水量は比較的狭い範囲で,12~24時間程度の間に大雨が降った

 図1は,気象庁の観測データをもとに筆者が作図した,7月4日24時の72時間降水量分布図です.図中の数値は降水量です.熊本県南部の一部観測所は7月4日10時頃から観測値が得られなくなって(欠測)います.ただしこの頃には雨はほぼ上がっていましたので,欠測値はゼロとして集計・作図しています.なお,以後の降水量については筆者が独自に集計したものですので,気象庁の発表する数値とは異なる場合があります.

 図1からは,熊本県南部の人吉市など,球磨川の流域を中心に,400~500mm近い72時間降水量が記録されている事が読み取れます.大きな降水量が見られた範囲は比較的狭く.周辺の熊本県北部,大分県,鹿児島県南部などでは72時間降水量が200mm以下,ところによっては100mm以下のところも見られます.

 72時間降水量400~500mmは,決して小さな値ではありませんが,筆者の集計では,全国の気象庁観測所における72時間降水量の最大値は1650.5mm(2011年9月4日,奈良県上北山)ですので,全国の記録と比べると極端に多い記録が生じたわけでもありません.

図1 7月4日24時の72時間降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図1 7月4日24時の72時間降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図

 次に,雨の降った時間帯を見てみましょう.72時間降水量が比較的大きかった,熊本県人吉観測所における,7月2日~4日の1時間降水量と72時間降水量を図2に示します.なお,この人吉観測所については4日のデータに欠測はありません.7月2日は丸一日雨はなく,3日朝から雨が降り始め,やや強い雨となったのは3日20時頃から.雨のピークは4日未明と4日朝の2回見られますが,4日昼前には雨はほぼ上がったようです.今回の雨は,3日昼前から4日昼前までのほぼ24時間,特に雨が強かったのは3日夜遅くから4日朝までの12時間程度だったようです.

 最も雨が強かったときの1時間降水量は4日2時の68.5mmでした.これは気象庁の言葉では「非常に激しい雨」に当たりますが,「猛烈な雨」に当たる1時間80mm以上には至っていません.

図2 熊本県人吉における7月2日~4日の降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図2 熊本県人吉における7月2日~4日の降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図

 図3は,7月2~4日の間に,各観測所で観測された最も強い1時間降水量(最大1時間降水量)を示したものです.熊本県天草地方や,鹿児島県内で1時間80mm以上の記録が見られますが,今回大きな被害が生じた球磨川流域では,おおむね60~70mm台だったようです.

 なおこれはあくまでも観測所で観測された値のみであり,「球磨川流域では今回の大雨で1時間80mm以上の猛烈な雨は降らなかった」事を意味しません.熊本県内では,その地域において数年に1回程度発生する程度の激しい1時間降水量が記録された際に発表される「記録的短時間大雨情報」が7月4日中に6回も発表され(多くは球磨川流域の市町村),レーダーなどでの解析からは各地で110~120mm程度の雨が降ったことが記録されています.面的に広く,ではなさそうですが,局所的には,80mm以上の猛烈な雨が生じていたと考えられます.

図3 7月2~4日の最大1時間降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図3 7月2~4日の最大1時間降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図

 図4は7月2~4日のうち,任意の24時間の降水量中の最大値を示したものです.特定の日時の24時間降水量ではありません.図1の72時間降水量と見比べますと,値がほとんど変わらないことが読み取れます.ここからも,今回の雨が,24時間程度の間に降ったものであることがわかります.

 なお,全国の気象庁観測所における24時間降水量の最大値(1976年以降)は979mm(1998年9月25日,高知県繁藤)ですので,こちらも全国の記録と比べると極端に大きい値ではありません.

図4 7月2~4日の最大24時間降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図4 7月2~4日の最大24時間降水量 気象庁資料をもとに筆者集計・作図

 図5は,各観測所の7月2~4日の最大24時間降水量の,それぞれの観測所の観測開始以来最大値(既往最大値)に対する比を示しています.気象庁の観測所はしばしば移動を余儀なくされますので,観測期間は観測所により異なります.ここでは,多くのデータが得られる1976年以降の値を用い,統計期間が2020年を含めて10年以上得られる観測所を集計の対象としました.

 24時間降水量の既往最大値を更新した観測所も,概ね球磨川流域に集中していることが分かります.24時間降水量が全国の記録と比べると極端に大きなものではない,と申し上げてきましたが,24時間降水量については,球磨川流域における最近数十年の記録の中では最大であることがわかります.図6は72時間降水量の既往最大値に対する比です.こちらは最大値を更新した観測所はみられません.ここからも,今回の大雨は数日間の雨が多かったのではなく,24時間以内にまとまった雨が降るタイプだったことが窺えます.

 降水量の絶対値が大きいところで被害が生じるというよりは,その地域にとって大きな雨が降ると被害が生じやすい,という話を先日書きましたが,今回もその状況と言っていいでしょう.

図5 7月2~4日の最大24時間降水量の既往最大値に対する比 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図5 7月2~4日の最大24時間降水量の既往最大値に対する比 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図6 7月2~4日の最大72時間降水量の既往最大値に対する比 気象庁資料をもとに筆者集計・作図
図6 7月2~4日の最大72時間降水量の既往最大値に対する比 気象庁資料をもとに筆者集計・作図

●主に地形的に起こりうるところで浸水が生じた模様

 国土地理院は,7月4日17時31分,人吉地区を手始めに今回の大雨によって浸水したと考えられる範囲についてのデータを公表しました.SNS画像と標高データから推測したとのことですから,おそらくSNS上の写真をそれぞれ撮影位置を特定し,映っているものからその場所の浸水の深さを推定し,数値化されている標高データと合わせて作成する,といった手法を用いたのだと思います.

  1. 国土地理院 は本日、7月4日10時までに収集したSNS画像と標高データを用いて、浸水範囲における水深を算出して深さを濃淡で表現した「浸水推定図」時点版を公表。

出典:国土地理院公式ツイッター

 大雨災害時の浸水の範囲,深さという情報は,災害発生後の各種の対応をする上で必要度の高い重要な情報です.かつてはこうした情報は主に現地調査により,場合によると作成に何ヶ月も要したものでした.あくまでも限定的な情報による概略値で,今後,空中写真などでブラッシュアップが図られると思いますが,それにしても,時代の進化を感じます.

 図7は,人吉市街地付近の,今回の大雨による浸水範囲と,国土交通省「重ねるハザードマップ」でみられる,洪水の「浸水想定区域(想定最大規模)」を並べたものです.「浸水想定区域(想定最大規模)」とは,概ね1000年に1回程度発生する規模の大雨を想定した,浸水する可能性がある範囲を計算して求めた情報です.現在国土地理院が公表している情報にもとづけば,今回浸水した範囲はほぼすべてハザードマップで示された,浸水の可能性がある範囲内だったと読んで良いでしょう.

図7 浸水範囲と浸水想定区域(想定最大規模)
図7 浸水範囲と浸水想定区域(想定最大規模)

 図8は「浸水想定区域(計画規模)」と,今回の浸水範囲を同様に並べた図です.「浸水想定区域(計画規模)」とは,おおむね100年に1回程度発生すると想定される規模,つまり,「想定最大規模」より少し規模が小さく,頻度が多く発生する可能性がある大雨による洪水を計算して求めたものです.河川の堤防などは,この「計画規模」をもとに構築されていることが多くなっています.こちらは浸水想定区域外で浸水範囲となっているところが,人吉駅付近の中心市街地など,一部読み取れます.ただ,浸水範囲の多くは浸水想定区域内だったとも言えるでしょう.

図8 浸水範囲と浸水想定区域(計画規模)
図8 浸水範囲と浸水想定区域(計画規模)

 自然現象ですから無論例外的なことはありますが,大きな被害をもたらすような洪水・土砂災害の多くは,地形的に起こりうるところで発生します.そうした場所を示す情報がハザードマップです.筆者の調査では,最近約20年間の風水害犠牲者のうち,土砂災害については9割弱,洪水など水関連犠牲者は4割程度が,ハザードマップで示された土砂災害危険箇所等や,浸水想定区域の範囲内で難に遭われています.もう少し詳しくは,下記記事をご参照ください.

「国民生活」2020年6月号【No.94】

洪水・土砂災害ハザードマップの意義と注意点

 水関連が4割というのは少ないのでは,と思うかもしれませんが,これは,ハザードマップ(浸水想定区域)が未整備の中小河川付近で生じる被害が多いためと考えられます.地形的には,洪水が起こりうる「低地」と呼ばれる地形で犠牲者が生じることがほとんどです.今回被害が生じた球磨川のような,大きな河川の周辺では浸水想定区域の指定が完了していることがほとんどです.こうした場所の「浸水想定区域外」で犠牲者が多数発生している訳ではありません.

 今回洪水に見舞われた人吉付近は山間の盆地で,海とは球磨川の流れる幅の狭い谷1つだけでつながっています.盆地内に降った雨が人吉市街地付近にすべて集まり,球磨川の狭い谷(狭窄部とも言います)を流れ下る形になり,地形的には洪水の影響をよく受けやすいところです.ただ,そうした「特殊な場所」だけが洪水の被害を受けるわけではありません.洪水の可能性のある場所には様々な形態があります.そうした場所を知る上でハザードマップは,様々な課題はあるものの,有益な情報と思います.

 今回の洪水は,浸水想定区域,ハザードマップといった情報の重要性を改めて認識させられたという印象を持っています.今後の対応を考える上でも,浸水想定区域の情報を改めてよく確認しておくことが重要だと思います.

静岡大学防災総合センター教授

長野県生まれ.信州大学農学部卒業.東京都立大学地理学教室客員研究員,京都大学防災研究所助手,東北大学災害制御研究センター講師,岩手県立大学総合政策学部准教授,静岡大学防災総合センター准教授などを経て,2013年より現職.博士(農学),博士(工学).専門は災害情報学.風水害、特に豪雨災害を中心に,人的被害の発生状況,災害情報の利活用,避難行動などの調査研究に取り組む.内閣府「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン検討会」委員など,内閣府,国土交通省,気象庁,総務省消防庁,地方自治体の各種委員を歴任.著作に「豪雨の災害情報学」など.

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