秋吉台カルストロードレース:自転車ツーリズムに一助 行政、地元企業も熱視線

秋吉台を走る選手たち(筆者撮影。この記事の他の写真も)

 9月15日に山口県美祢市で、自転車ロードレースの大会「第2回JBCF秋吉台カルストロードレース」が開かれた。会場には県知事や市長、地元企業の幹部などが訪れて大会を見守り、単なるスポーツイベントに終わらせないとする意気込みが伝わってきた。

本稿で大会の概要に触れつつ、大会が担った自転車ツーリズム(観光)の振興について記述し、後編となる記事では第2回JBCF秋吉台カルストロードレースのJプロツアーレースを簡単にレビューする。

 公道を使った自転車のロードレースがにわかに注目されてきている。3週間にわたって行われる「ツール・ド・フランス」は世界中でテレビ放映され、日本でも見聞きする人は多いだろう。過去7回の出場経験がある新城幸也選手(バーレーン・メリダ)は、東京オリンピックでも活躍が期待される世界的な選手の一人だ。

 また、国内最高峰のレース「ジャパンカップサイクルロードレース」には10万人以上が訪れ、今年も別府史之選手が所属するトレック・セガフレードや、スポンサー企業の変更でお馴染みのジャージーが見納めとなるBMCレーシングチームなど世界トップクラスのチームが参戦する。

 人気を後押しするのがロードバイクの普及だ。ロードバイクは軽量化やファッションと一体となった訴求などで、女性や中高年でも楽しむ人が目に見えて増加。通勤用途で使う人も増えて、都市部では自転車レーンの整備が待ったなしの状態。さらに近年ではBS放送やネット配信でロードバイクを使用したスポーツの中継機会が増え、競技としての見どころも広く伝わるようになった。

 国内では北関東を中心にさまざまなレベルのレースを開催。ジャパンカップサイクルロードレースは宇都宮市で、ツール・ド・フランスの受賞者が集うツール・ド・フランスさいたまクリテリウムはさいたま新都心で行われる。

自転車を観光に。ロードレース大会はシンボル的存在

 盛り上がりを受け、ロードレース大会を一助とした観光推進の取り組みが各地で行われている。ロードバイクユーザーや自転車愛好家を呼び込むには、ロードレース大会は格好のシンボル。大自然の中、あるいは都市景観の中をトップ選手が走る姿は観光素材としても抜群で、競うように新しい大会が生まれている。

 1970年代に始まった大規模自転車道の整備を第一世代の自転車振興だとすれば、現在の潮流は第二世代と言える。第一世代ではハード整備が先行したが、必ずしも観光地同士を線で結んだルートではなく、サイクリングと観光を一体的に売り出せていなかった。自転車道といっても歩道との区別が曖昧だったり、管理が行き届かずに半ば放置された状態になったりと、有効活用できなかった事例もある。

パレードランに参加した村岡嗣政知事と美祢市の西岡晃市長
パレードランに参加した村岡嗣政知事と美祢市の西岡晃市長

 こうした状況を転換し、ソフト面が充実した第二世代の振興策に挑む自治体も出現してきた。山口県もその一つ。駅やバスターミナル、観光案内所などに自転車向けの情報拠点を新設し、自転車による旅行をサポート。シンボリックな競技大会として、秋吉台カルストロードレース(美祢市)、維新やまぐちクリテリウム(山口市中心部)、やまぐち十種ヶ峰国際ダウンヒル(山口市阿東)を地元自治体とともに開催している。

 このたび取材した秋吉台カルストロードレースでは、秋吉台を周回するコースで三つのカテゴリーのレースが行われ、国内のトップレベルの選手たちが優勝を競った。

秋吉台カルストロードレースのコースマップ(筆者作図)
秋吉台カルストロードレースのコースマップ(筆者作図)

 開催されたのは一定の基準を満たしたプロチームが参加する「Jプロツアー」(5周回)、アマチュアレーサーやJプロツアーへの昇格を目指すチームなどが競う「Jエリートツアー」(2周回)、少数精鋭の女子選手が走る「Jフェミニンツアー」(1周回)の各レース。いずれも年間の順位を競っているが、難易度が高いことからJプロツアーではポイント配分が高め。昨年覇者のアイラン・フェルナンデス選手(マトリックスパワータグ)、Jプロツアーのポイントリーダーで今年の全日本タイムトライアル選手権も制している窪木一茂選手(ブリヂストンサイクリング)などが参戦し、大自然の中で高いレベルのレースが行われた。

 とりわけ注目度が高いのは、1チーム最大8人でレースを行って優勝者を競うJプロツアーのレース。コースやレースの難易度が上がるほどエース選手の自力だけで勝つのは難しく、いかに他のチームメンバーがサポートするかが問われるチーム戦の様相を呈する。

 これは国際自転車競技連合(UCI)が公認する国際レースやヨーロッパのレースも同じで、Jプロツアーという国内レースでありながらも、秋吉台で本場の風を感じ取ることが可能。このため、県内外からファンが訪れ、雨模様にもかかわらず会場は熱気に包まれた。

新しい時代の自転車ツーリズムの提供

地元企業も盛り上げに一役。山口マツダは大会車両を提供したほか、表彰者には地酒「獺祭」を贈呈
地元企業も盛り上げに一役。山口マツダは大会車両を提供したほか、表彰者には地酒「獺祭」を贈呈

 行政や地元企業の期待値は高く、第二世代の観光振興を図る中で、今大会をシンボルに育てたいという意気込みが伝わってきた。山口県の村岡嗣政知事と美祢市の西岡晃市長はサイクルジャージーを着てパレードランに参加。スポンサーには地銀や地場小売店などが名を連ね、Jプロツアーの表彰台は地元が提供した副賞で山ができていた。

 「山口県はサイクリングをするのにふさわしい環境がたくさんある。自転車で盛り上げたいと思って『サイクル県やまぐち』という取り組みを始めたが、今日こうして秋吉台で開催して、選手のみなさんから本当にすばらしい景色の中で走れたという話を頂いた。やって良かったとうれしく思っている。これからも盛り上げていきたい」(村岡嗣政知事、Jプロツアーの表彰式で)

村岡嗣政知事
村岡嗣政知事

 山口県の自転車政策は、隣接県のそれとは大きく異なる。例えば北九州市は国内外のシステムを利用したシェアサイクルを導入し、市街地や観光地での短時間利用を促進。広島市でも本年度からシェアサイクルの貸し出し拠点を商業施設へと広げている。都市部では自転車は路線バスや路面電車などの二次交通を補完するような役目を担う。行政が乗り出しているのは「手段」の提供だ。

 一方で、変化に富んだ自然風景を持つ山口県にとっては、自転車旅そのものが「目的」になり得る。ドライブや鉄道旅で車窓を楽しむように、自転車に乗って風を感じながら、風景を楽しんでもらいやすい。日本海と瀬戸内海という性格の異なる海に囲まれ、山並みもさまざま。ロードバイクユーザーやポタリング(自転車による散策)を趣味とする人たちを引きつける素材にあふれているほか、大都市を内包する福岡県と広島県に挟まれているという立地も、他県とのカラーの違いを出しやすい。

道路を自転車や歩行者に優しくできるか

 この観点で山口県を俯瞰すると、まだクリアできていない課題もある。

エイドを併設した道の駅「センザキッチン」(長門市)
エイドを併設した道の駅「センザキッチン」(長門市)

 山口県は県全体でサイクルピット(輪行してきた自転車の組み立てを行う移動拠点)、サイクルエイド(簡単な工具や空気入れを備えたスポット)の整備を進め、気軽な旅行を促しいてる。しかし、サイクルピットはまだ十分には使われておらず、PRは不足気味。自転車政策がバッティングするというのも理由だろうが、県外で山口県の自転車ツーリズムのポスターやチラシを目にする機会はほとんどない。

 公共交通も決して自転車向きとは言えず、気軽に楽しむにはもう一段、踏み込んだ施策が必要だ。

 例えば秋吉台に向かう路線バスはごく一般的な車両で、自転車を積むには不向き。JR美祢線美祢駅からも自転車で向かえるが、美祢線に使われている車両はキハ120形という全長の短いもので、自転車を置くスペースは限られる。瀬戸内側の景勝地をつなぐJR山陽本線も2両編成で運行される時間帯があり、総じて輪行(交通機関に自転車を持ち込んで運ぶこと)には優しくないのが実情だ。

 また、全国的な課題として、自動車交通と自転車交通の輻輳をどう避けるかという難問が横たわる。

 山口県内は比較的道が広く、大都市ほどの問題は起きていないと思われるが、それでも都市と都市をつなぐ古い幹線道路は整備が進んでいない。

国道191号線は幹線道路だが路肩の狭い区間がある(写真はナンバープレート部分を一部加工)
国道191号線は幹線道路だが路肩の狭い区間がある(写真はナンバープレート部分を一部加工)

 下関市から長門市、萩市、阿武町をつなぐ国道191号線は名所が多いものの、路側帯に余裕のない区間もある。例えば下関市内の一部は、国交省山口国道河川事務所が制作した「ヒヤリ地図」で域内5番目に「ヒヤリ・ハット体験」が多い区間として掲載され、自転車や歩行者との接触に警戒を促している。

 バイパス道路が整備されれば現道や旧道は走りやすくなると考えられるが、同国道の下関市から長門市までは代替道路に乏しく、通過交通が集中して大型のトラックも頻繁に走る。幅員の狭い区間ではしばらくは細心の注意を払って走るか、自動車を使ったり、並行するJR山陰本線での輪行でパスしたほうがいいかもしれない。

バスセンター機能がある秋吉台観光交流センターは自転車旅行の拠点でもある
バスセンター機能がある秋吉台観光交流センターは自転車旅行の拠点でもある

 ただ、県全体を眺めれば、十分に他の都道府県を上回る環境が整っていると言える。

 サイクルエイドは県全域に広がり、統一したマークも制定。エイドは道の駅にも設置されているほか、自動車向けのロードマップにも位置がアイコンで表示されている。美祢市では交通拠点となる秋芳洞バスセンター周辺にエイドや情報提供施設を開設。バスのチケット売り場が入る観光交流センターも自転車だらけだ。

 「山口県がサイクル県として力を入れている。美祢市も自転車競技を通じてPRしていきたい。地元の小学生や中学生がもっと興味を持ってもらって、プロ競技に美祢市出身の子どもたちが出られるようになっていければいいなと思う」(西岡晃・美祢市長、JET表彰台でのインタビューで)

 県をあげての盛り上げの中で開かれたのが今回のイベント。美祢市の西岡市長もそう話してポテンシャルに期待を寄せた。

雨に煙る秋吉台を疾走する選手たち(Jエリートツアーのレース時)
雨に煙る秋吉台を疾走する選手たち(Jエリートツアーのレース時)

 実は今大会も、初開催だった昨年同様に天候にはあまり恵まれなかった。しかし、秋吉台を疾走する選手たちの映像や写真は、十分に旅情を誘うものになるのではないだろうか。レベルの高い大会をシンボルにして、自転車ツーリズムの拡大を図るという取り組みは、ゆっくりでも着実にペダルを回せているように感じる。

 レースは宇都宮ブリッツェンとリオモ・ベルマーレを中心にして展開。秋芳洞や大正洞の脇を抜け、サファリランド、長者ケ森などの名所を横目に、秋吉台のカルスト台地の中を快走した。秋吉台の魅力がぎゅっと詰まった1周29・5キロのコースは、そのままサイクリングコースとしても楽しめそう。秋吉台カルストロードレース自体もよりレベルの高いレースに設定できる可能性があり、今後の盛り上がりに一層期待したい。

 次の記事では、レースを簡単にレビューする。