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コロナ禍でウェアラブル業界がまさかの急展開 健康管理や保守点検で大注目の理由

塚本昌彦神戸大学大学院工学研究科教授(電気電子工学専攻)
グラス、ウォッチ、センサなどのウェアラブルデバイスを装着した筆者(筆者撮影)

一連のコロナ騒動で、世界中の人々の生活様式が大きく変わった。巣ごもりが増え、テレワークが増え、遠隔会議が一般的になった。ネットコンテンツやネットコマースの利用が増え、わずかばかりの近所の散歩とスーパーでのショッピングを除いてほとんど外出せず、人と会うことは少なくなった。人々の生活は一気に実世界からバーチャル空間へと主軸が変わったといえるかもしれない。非常事態宣言はいったん解除されたが、まだまだ第二波、第三波と続く可能性が高く、ウイルスとの戦いは2年、3年にわたるとされている。三密を回避し遠隔、バーチャルを機軸とする生活様式はしばらく続きそうだ。

ウェアラブル(wearable)とはコンピュータを身に着け実世界で利用するための技術である。スマートグラス、スマートウォッチ、ヒアラブル、スマートシューズほか、体に装着するデバイスがここ10年の間に数多く出現し、ウォッチやヒアラブルなどが広く使われるようになっている。ウェアラブルは実世界での人々の活動をサポートすることに本質があり、人々がアウトドアで活動するときこそ真価が発揮できるものである。そのため、今回の騒動による人々の巣ごもりおよびバーチャル空間への没入、移動や実世界活動の自粛は、実世界を志向するウェアラブルとは一見真逆の方向への変化であるように見受けられる。しかし、実際にはいくつかの領域でウェアラブルデバイスが俄然注目されており、世界的にもビジネスが成長しているという。どのようなことだろうか。

1.遠隔作業支援のためのスマートグラスへのニーズが急に高まっている。

遠隔作業支援によく使われているスマートグラスの一つ、米VUZIX社製m-400。単眼非シースルーでカメラ付き、Androidを搭載する。装着しているのは筆者(筆者撮影)
遠隔作業支援によく使われているスマートグラスの一つ、米VUZIX社製m-400。単眼非シースルーでカメラ付き、Androidを搭載する。装着しているのは筆者(筆者撮影)

保守点検や修理作業をはじめとして現地に出向かないといけない業務はたくさんある。スマートグラスは現地にいる作業者が着用し、カメラ映像で撮影したユーザの前方映像をネットで遠隔にいる専門家に送る。作業者は、音声およびスマートグラスに表示される図を介した専門家の指示を受けながら作業を進める。スマホやタブレットを用いるのと違って、両手で何か作業をしたりや物につかまることができるので、幅広い現場作業に適用できる。

従来ならスマートグラスを用いずに、作業内容に合わせた専門家自身が現地に出向いて作業を行っていたのだが、コロナ禍で人々の移動が難しくなり、現地に行ける作業者が限定されるようになった。そのためスマートグラスによる遠隔作業支援のニーズが急増したのだ。このような遠隔作業は現場作業だけでなく、工場やオフィス、倉庫などでも有効である。

スマートグラスにはもともと様々な使い方があるのだが、そのなかでも遠隔作業支援はこれまでに最もうまくいっている使い方である。通信さえうまくつながればあとは人間同士のコミュニケーションなので、現場でのコンピュータ操作やシステム内部でのインタラクションがほとんどないため、設定や練習なしでもいきなり誰にでも使えるというメリットがある。逆に、電子マニュアルやピックアップ支援などのようなほかのタイプの使い方があまりうまくいかないのは、システムインタラクションが多かったり、事前のデータ・コンテンツ準備が必要だったり、想定外の事態への対応のために多くの分岐処理が必要だったりするためである。

そのような事情から、スマートグラス関連企業や遠隔作業支援のシステムと提供するシステム・サービスエンジニアリング企業などへの問い合わせが増えており、海外では大規模な導入事例も増えているという。いくつかの関連企業の株価も上がっている。ただし、国内ではニーズはあるもののなかなか売り上げにはつながらないと聞く。「あいかわらずテスト用の最初の1台ですら『(無料で)貸してくれ』と言われ、購入してくれない。ましてや多数の購入にまでいたるケースはなかなかない」というのが実情のようだ。国内での導入が難しい理由としては以下が考えられる。

・価格:スマートグラスおよびシステムはまだまだ高価である。

・多くの技術的ハードル:バッテリーの持ち、重さ、装着性、発熱、日中の視認性、視野の妨害、入力方法、ずれ、カメラの性能、通信などスマートグラスにはまだまだ多くの技術的な課題がある。

・ユーザの慣れ・使いこなし:現場側、遠隔側のユーザがシステムを使いこなせない。ただしこれはZOOM等、遠隔会議システムの浸透で一気にハードルが下がった。

・代替手段の存在:ウェアラブルカメラとスマホで十分と担当者が考えているケースが多い。

・責任の問題:現場の責任者、担当者は何かあったときに責任を取らされるので、基本的に新しいデバイスを入れたがらない。

結果として、海外での浸透から1年ぐらい遅れて、国内でも広がっていくことが予想される。その後、遠隔作業支援以外の業務応用も立ち上がってくるのではないだろうか。

2.巣ごもりの健康管理にスマートウォッチ・リストバンド型活動量計が売れている。

多くの人が一日家に籠っているので運動不足になっている。散歩時やジョギング時に運動量・歩数を計測し、毎日の記録をとってモチベーションを高めるには、スマートウォッチ・リストバンドは効果的である。単に記録するだけでなく、友達と共有してお互いに励まし合うこともできる。筋トレやヨガ、ストレッチなどのメニューも充実しつつある。

睡眠管理も今注目されているスマートウォッチアプリケーションの一つである。心拍や体動でREM睡眠、ノンREM睡眠、覚醒などの区別ができるため、睡眠時にウォッチをつけていれば睡眠管理が行える。血中酸素飽和度を測れるものも増えてきた。現状睡眠時にはウォッチを外して充電するという人が多いかもしれないが、今後「充電はデスクワーク時」ということになるのかもしれない。

食生活の管理という意味では、血糖値や血圧の管理が重要である。これらを測定するスマートウォッチも現れつつある。現状では精度がまだまだ不十分なようであるが、いずれ健康管理を行う上で必要なレベルの精度を持った製品が出てくるだろう。血糖値に関しては侵襲式で体に張り付けるタイプのものはあるが、非侵襲でスマートウォッチタイプのものはまだまだ研究レベルである。血圧に関しては医療機器レベルのものが出てきているが、現状では数十秒間じっとしていないといけないものであるため、動いている時を含めた常時モニタリングが望まれる。

コロナ前のもっと外で活動するときには人々はスマホを常に装着していたので、スマホでこれらのデータをとることができた。しかし、家にいるときは多くの人はスマホを装着しないので、一日外に出なければ運動量や歩数はゼロになってしまう。家でスマートウォッチやリストバンドをずっとつけておくという新しい習慣が広まりつつあるという点が興味深い現象である。実際、昨今のFitbitやApple Watchの売り上げは増えているようだ。今後は屋内健康管理の機能が増えていくことになるだろう。

実はこれらのデバイスはメンタル管理にも有用なはずである。脈波を見れば心拍の揺らぎから交感神経・副交感神経の優位性がわかり、それは集中しているかリラックスしているかがわかる。睡眠や心拍、腕の動きなどから軽躁やうつのサインを見出す研究も行われている。メンタル面は巣ごもり生活で最も重要な健康懸念の一つであり、今後ウォッチがそれをサポートすることになっていくだろう。

装着型の長時間モニタリング用のセンサ。侵襲式で血糖値を測る米Abbott社製FreeStyleリブレ(右手上腕後方)と血中酸素飽和度を測るニューロシューティカルズ社製Ring O2(左手)(筆者撮影)
装着型の長時間モニタリング用のセンサ。侵襲式で血糖値を測る米Abbott社製FreeStyleリブレ(右手上腕後方)と血中酸素飽和度を測るニューロシューティカルズ社製Ring O2(左手)(筆者撮影)

3.コロナ早期発見にスマートウォッチやその他のウェアラブルデバイスの活用が有望視されている。

現在新型コロナ感染の早期発見に向けて、スマートウォッチやその他のウェアラブルデバイスを活用するプロジェクトが世界で立ち上がっている。デューク大Covidentifyプロジェクトでは、Fitbit、Garmin等を利用して、睡眠パターン、酸素レベル、活動量、心拍をモニタリングする。オーストラリアのセントラル・クイーンズランド大のプロジェクトでは、WHOOPという企業のスマートバンドを用いて睡眠時呼吸数をモニタリングする。カリフォルニア大学サンフランシスコ校とフィンランドのスタートアップOuraのスマートリング(指輪)を用いて、 体温、睡眠パターン、心拍数、活動レベルをモニタリングする。スタンフォード大は米医療研究機関のScripps Researchと提携して、Fitbitを用いて心拍数をモニタリングし、感染と心拍数上昇の関連性を調べている。これらのなかには、すでに被験者を広く公募しているものもあり、世界の大学・研究機関がプロジェクトを立ち上げるスピードには驚かされる。全般的にFitbitやApple Watchを用いて、心拍の乱れや血中酸素飽和度の測定、特に睡眠時のモニタリングなどを行うアプローチが標準的なようだ。のどに加速度センサデバイスを張り付けて早期発見しようとしているベンチャー企業もあり、ビジネス化の動きも活発だ。

コロナ早期発見は社会的ニーズが高く、しかも生活全般にわたる人々の生体情報のモニタリングにより解決できる可能性が高い。これはまさにウェアラブルセンシングが有効な分野であり、今後データが蓄積されれば精度が高まって行く可能性がある。世界の研究機関のデータ共有が望まれる分野といえ、国内研究機関の取り組みもいずれ始まるものと考えられる。

4.ほかにもさまざまな新しい動きがみられる。

コロナ禍による生活変化に対し、さまざまなウェアラブルデバイスが有効に活用されている。上記以外の動きとして以下のようなものが挙げられる。

・サーマルカメラとウェアラブルHMDを組み合わせて用いる。サーマルカメラ映像をHMDに表示して、それを施設等のガードマンが装着し、入場者の中から発熱者を識別する。

・巣ごもりのスマホのモニタとしてウェアラブル両眼HMDが売れている(特に中国等の海外で)。没入型のほうがよさそうだが、現状ではモニタ用でよいものがあまりないようだ。あるいは周辺が常時見えていることが必要なのかもしれない。

・感染追跡をスマートウォッチで行う。スタンフォード大の新型コロナウイルス感染症対策ウェアラブルスタディでは、Apple WatchかFitbitを利用して濃厚接触者を検出しようとしている。

・ソーシャルディスタンス・フィジカルディスタンスを確保するためにペンダント型デバイスを用いる。複数の人が首からデバイスを下げていると、電波強度などを用いて近づくとアラートを出す。博物館などの施設で用いることを想定している。

・AirPodsをはじめとする高性能なTWE(完全ワイヤレスイヤホン)が爆発的に売れている。ネットコンテンツ視聴やテレカンファレンスが主な用途だ。

シースルーのウェアラブル両眼HMDの一つセイコーエプソン製Moverio BT-30C。業務用だけでなくスマホ等の個人用モニタとして活用されている(主に中国で)。装着しているのは筆者(筆者撮影)
シースルーのウェアラブル両眼HMDの一つセイコーエプソン製Moverio BT-30C。業務用だけでなくスマホ等の個人用モニタとして活用されている(主に中国で)。装着しているのは筆者(筆者撮影)

まとめ

結局、人々が巣ごもりしていても、テレワークしていても、そこには巣ごもりする実世界、テレワークするための実世界があるのだ。だから、ウェアラブルは、そのような環境下で新しいシステムを構成する重要な要素として機能する技術なのだろう。コロナ禍により世界の産業全体は大打撃を受けているが、そのような中でウェアラブル産業は社会のニーズを掴み、意外とうまく新展開している。今回の禍を踏み台としてウェアラブル関連の新産業が大きく成長することを期待している。

神戸大学大学院工学研究科教授(電気電子工学専攻)

ウェアラブルコンピューティング、ユビキタスコンピューティングのシステム、インタフェース、応用などに関する研究を行っている。応用分野としては特に、エンターテインメント、健康、エコをターゲットにしている。2001年3月よりHMDおよびウェアラブルコンピュータの装着生活を行っている。NPOを立ち上げ、ウェアラブル産業の普及・振興に努めている。参考:ウェアラブルチャンネル(YouTube) https://www.youtube.com/channel/UCA2MKr5OFn-ZuxeKUbSfbcw

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