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[書評]会話型人工知能が人の無意識にアクセスする、新たなビジネスの登場

塚越健司学習院大学、拓殖大学非常勤講師。技術と人間の関係に注目
会話型AIアシスタントが、私たちの行動に与える影響とは(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

  2017年はAI=人工知能が搭載されたスマートスピーカーが日本で相次いで発売されました。スマートスピーカーはこれまでの「視覚」を中心としたものから「聴覚」に重きを置くのが特徴ですが、聴覚を利用した技術の何が重要なのかについて、これまで多くは語られてこなかったように思われます。政治社会学者の堀内進之介とエンジニアの吉岡直樹の共著『AIアシスタントのコア・コンセプト』はこうした問いに取り組んだ一冊です。副題に「人工知能時代の意思決定プロセスデザイン」とあるように、人々が生きている中で何かを意思する際の技術についても議論されています。

欲しいものを選択させる「視覚」=「目」

 人工知能を用いた技術を解説する中で、本書の特徴のひとつに視覚と聴覚による差異についての記述があります。パソコンであれスマホであれ、私たちは視覚を利用して、ショッピングサイトやフリマアプリに映されたアイテムを選択しています。この時ユーザーは自分の好きなものがわかっている、あるいは少なくともその商品を見た時に好きだと判断してモノを購入します。

 しかし、消費社会化と呼ばれるようになって久しい現代社会は、モノが溢れており、何を選ぶかという選択行為はユーザーにとって面倒なもの、という側面もあります。特にファッションアイテムなどは、どの商品をみても似ている、あるいはちょっとの違いよりも安ければいい、などと思ってしまいがちではないでしょうか。モノの売り手は基本的に、テレビCMやネットの広告など、目でみてもらって良さを判断してもらおうとします。ということは、視覚を使った戦略は、ユーザー自身が欲しいと思った時にする「選択」を求めます。本書ではこれを「意欲後領域」と呼びますが、視覚を使う広告はユーザーが意欲していることが前提となっています。

 またこの観点から言えば、近年流行りの「サブスクリプション」と呼ばれる、毎月定額を支払うことでいちいち選択することなくオススメを提示してくれる動画や音楽サービスが重宝される理由も理解できます。私たちはそれだけ選択の毎日に疲れているのかもしれません。

「聴覚」=「耳」は知らなかった領域を「意欲」させる

 他方、聴覚を用いるもの、例えばスマートスピーカーを通した会話などは、自分が意識することのなかった領域にアクセスすることが可能になります。これは、例えばファッションアイテムのような特定領域の「モノ」を選ばせる視覚を使った戦略とは異なり、本書では「意欲前領域」に関連するとされます。

 例えば友人などと話している中で、自分でも思ってもいなかったことがポロッと出てしまって「私って、こんなことを考えていたのか」と思った経験はないでしょうか。私たちは、自分が理解している自分の他に、自分の意識していない領域を抱えています。会話をしているとそうした「本当は興味があるかもしれないのに、意識していない事柄」を、意識させることができます。そもそも哲学の始祖と呼ばれる古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、会話によって相手の意識していなかった思想を生み出す手伝いをしていますが、それは「産婆術」と呼ばれていました。

 会話とはこうして「意欲前領域」を刺激します。これはモノを売りたい企業にとっては重要な領域だと著者は指摘します。視覚情報によって好きだとわかっている領域からアイテムを選ばせるだけでは、買ってもらえる範囲は限定されているからです。他方、聴覚や会話を使えば、会話を通してユーザーが意識していなかった領域にアクセスし、その領域の商品について語り、理解を深めることで新たなジャンルを買ってもらえる可能性が広がります。さらに、購買データ等のパーソナルデータは企業に蓄積されており、AIによる分析によってそのユーザーが何が好きか、あるいは何を「好きになる」かどうかは、ユーザー以上に企業の方が知っているのです。

 しかし、これには問題も含まれています。本書の例にあるように、もし糖尿病予備群のユーザーにスイーツを勧めれば、ユーザーの選好領域をさらに満たすことができます(選好の充足化)が、それは道徳的には問題があるとみなされるでしょう。

 逆にこのユーザーに健康茶をお勧めすることで、ユーザーの健康促進に役立つこともできます。どんなユーザーだって、健康のことは無意識に理解しているはずですから、健康茶の効用などを意識の遡上に乗せることができれば、ユーザーは健康にもなり、新たな選好領域を拡張することができるので、企業もユーザーも利益を得ることができます(選好の多様化)。

 しかし著者たちも危惧するように、会話型戦略は使い方によっては個人の内的性質に強く介入することにもなります。健康茶をお勧めするならユーザーの意識しなかった領域の選好を拡張することでユーザーの利益になりますが、ユーザーの政治的立場と異なる政治意識についてAIが語りだしたらどうでしょう。それがユーザーの利益かどうかを判断することはできませんし、端的にそれは社会的に許されることではないでしょう。意欲前領域に関わることがそれだけリスクを伴うという警告は、人工知能の発展とともに、様々な領域で私たちが今後直面する問題ではないかと思われます。

変化する市場概念

本書の興味深い点として他には、筆者があまり詳しくない市場で用いられる概念についてです。従来の市場概念は、企業がデータ収集やマーケティング分析によってマス広告を展開するCRM(Customer Relationship Management)と呼ばれていたそうです。しかし近年はユーザーの購買履歴などのパーソナル情報に基いてサービスを提供するVRM( Vendor Relationship Management)が注目されています。本書で著者たちは、このVRM方式にAI技術を接続するとともに、パーソナルデータを集積する情報銀行のようなものを想定し、そこからユーザーにより適した商品を、ユーザーが意欲する前に察知するといった構想を議論しています(もちろん、こうした動きは水面下で議論が進んでいます)。

 こうしたアイデアは、私たちの意思を代行するものであると同時に、上述のような意欲前領域にかかわるリスクも備わっています。故に、リスクを想定し規制議論を展開しつつ、いかに技術を私たちの利益のために使用できるかが重要です。技術はますます私たちの意欲と密接な関係をもちはじめていることがわかります。

技術と私たちの関係

 人工知能がますます私たちの意思決定を代行してくれる状況は、人間の主体性の否定だ、と思う読者もいるかもしれません。しかし、近代社会は人間の意思決定に過大な負荷をかけているのも事実です。多くの人間は選ぶことに疲れており、必要な意思決定をすべきところに余力が回らないのです。だからといって何でも代行させては問題ですが、ではどうすれば人の意思をよりよく利用できるのでしょうか。

 本書で筆者がもうひとつ注目したのは、人間の身体・能力を拡張する技術を批判している点です。テスラモーターズのCEOイーロン・マスクは「ニューラル・レイス」という概念を提唱していますが、要するに身体に電極を埋めたり、様々な機械を用いて人間の身体拡張を目指しています(実際にマスクは「ニューラリンク」という脳とコンピュータを接続する会社を立ち上げている)。しかしこれは結局のところ、人間のすべき事柄を増やすことであるというのです。

 SF小説のサイボーグのように、できることが増えることは素晴らしいのですが、確かにサイボーグになったら、人は今よりやることが増えるでしょう。著者たちは、このできることを増やす足し算の思考に対して、人間そのものではなく環境の側を拡張することで人間の負担を減らす引き算の思考を展開しています。本書はこれから生じるITやAI、そして私たちの生活環境を大きく変容させる技術について、より多くの論点を提示しているように思います。

学習院大学、拓殖大学非常勤講師。技術と人間の関係に注目

1984年生まれ。学習院大学非常勤講師・拓殖大学非常勤講師。専攻は情報社会学、社会哲学。コンピュータと人間の歴史など幅広く探求。得意分野はネット社会の最先端、コンピュータの社会学など。著書に『ニュースで読み解くネット社会の歩き方』(出版芸術社)『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)その他共著など多数。

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