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トヨタの対抗馬としてフェラーリが参戦表明!未来のル・マン24時間レースはかつてない戦場に。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
フェラーリ250LM(写真:ロイター/アフロ)

「自動車レースはまるで国のプライドをかけた戦争のようだ」と言われる。

二度の世界大戦が集結して平和が訪れたものの、今度は人々が自動車という工業製品を使ってサーキットで争い始めた。参加するマシンの色は国籍によって分けられた「ナショナルカラー」をまとい、自国の色のマシンにナショナリズムを刺激された観客はレースで熱狂的に応援した。

F1やル・マン24時間などの国際自動車レースが今もメジャーイベントたる理由は、そういう歴史を経て発展してきたことにある。

1956年のル・マン24時間レースのポスター【写真:DRAFTING】
1956年のル・マン24時間レースのポスター【写真:DRAFTING】

自動車メーカーが大挙参戦表明

そんな古き時代のル・マン24時間レースの闘いぶりを映画化したのが昨年日本でも公開された映画「フォードvsフェラーリ」だ。タイトルからは企業間の闘いを想像するが、背景にあるのは1960年代にも色濃く残っていた「戦勝国vs敗戦国」のプライドむき出しの闘いである。

フォードGT40 【写真:DRAFTING】
フォードGT40 【写真:DRAFTING】

当時のル・マンはフォード(アメリカ)、フェラーリ(イタリア)、ポルシェ(ドイツ)、アルピーヌ(フランス)、マトラ(フランス)などが総合優勝をかけて争った時代で、やがてそのマシンは市販スポーツカーの領域を超えた刺激的なプロトタイプカーに変化していった。それはまさに年に1度、車でナショナリズムを闘わせる戦争だった。

今やレースをそんな風に捉える人は少数派だが、あの華やかな時代がまたやってくる機運が高まっている。ル・マン24時間レースの総合優勝を争うLMH(ル・マン・ハイパーカー)クラスに、フェラーリが突如2023年からの参戦を表明したのである。

フェラーリのロゴ。SFはScuderia Ferrariのイニシャル。英語にするとFerrari Racing Teamだ。
フェラーリのロゴ。SFはScuderia Ferrariのイニシャル。英語にするとFerrari Racing Teamだ。写真:ロイター/アフロ

すでにLMHクラスに今季から参戦するトヨタ、2022年からはLMHでプジョー、さらに2023年からは北米IMSAの規定LMDh(ル・マン・デイトナ・・ハイブリッド)クラスでアウディポルシェが参戦を表明と盛り上がっていたところに、フェラーリの発表が飛び込んできた。

F1を主戦場とするフェラーリが総合優勝を狙うクラスに本格的にワークス参戦するのは1973年以来50年ぶりとのこと。かつてル・マンで優勝9回(歴代3位)の栄光を勝ち取ってきた跳ね馬が眠りから覚めることになる。

トヨタが今季から導入するLMHクラスのマシン、トヨタGR010【写真:FIA WEC】
トヨタが今季から導入するLMHクラスのマシン、トヨタGR010【写真:FIA WEC】

予算高騰を防ぐ機運が後押し

近年は総合優勝を争うクラスのメーカーがトヨタだけになり、見どころが少なかったル・マンとWEC(世界耐久選手権)。ここに来てのライバルメーカーの相次ぐ参戦表明はコロナ禍で先行き不透明な世の中とは全く正反対の動きであり、今後は自動車メーカーが次世代モビリティへのシフトを迫られる時代だけに、本当なのか?と疑ってしまう。

しかし、逆に考えれば、コロナ禍は自動車メーカーにとってみれば、モータースポーツに投資する予算を最適化して配分し直す良いチャンスだ。モータースポーツを研究開発の舞台と捉える考え方は古臭く、もはや現実的ではない。それよりも効果的なイメージ戦略を低コストで実現できる舞台をメーカーは求めている。そのソリューションがまさにWECとル・マンなのだ。

WECシリーズの中で最大のレース、ル・マン24時間レース
WECシリーズの中で最大のレース、ル・マン24時間レース写真:ロイター/アフロ

WECはF1に比べてネームバリューが低く、宣伝効果は限定的ではあるが、やはりシリーズ最大のイベント「ル・マン24時間レース」の知名度は絶大である。F1に参戦して打倒メルセデスに費やす費用と労力を考えれば、ル・マン制覇の方がはるかに安く済むはずだ。ル・マンに勝てば少なくとも1年間はウイナーとしてPRできるから、その見返りは大きいだろう。

近年では2010年代にル・マンは再び盛り上がりを見せたが、自由にハイブリッドプロトタイプカーを開発した時代は、結果として宣伝効果に見合わないコスト高騰をもたらしたのも事実。日産が、アウディが、そしてポルシェがと次々に手を引いていった。しかし、またメーカーは戻ってきた。

フェラーリも関心を示した最高峰クラス

多くのメーカーが飛びついた形の新しい最高峰クラス。ヨーロッパ側WECのLMHクラス、アメリカ側IMSAのLMDhクラス、この2つの異なるルールで作られたレーシングカーを「性能調整」し、同じ土俵で戦わせるというものだ。

LMDhクラスへの参戦を表明したポルシェのデザインスケッチ【写真:Porsche】
LMDhクラスへの参戦を表明したポルシェのデザインスケッチ【写真:Porsche】

WECにおける性能調整はGTカーのLM GTE-ProクラスLM GTE-Amクラスで非常にうまく機能しており、たとえ24時間の耐久レースでも最初から最後まで接戦のバトルが展開される。その姿はスタートとゴールだけ見れば充分という過去の耐久レースの常識を覆すもので、周回ごとに順位が入れ替わることもザラだ。

LM GTE Proクラスに参戦するフェラーリ488【写真:DRAFTING】
LM GTE Proクラスに参戦するフェラーリ488【写真:DRAFTING】

LM GTEで培われた性能調整、イコールコンディション化のノウハウはメーカーの信頼を勝ち取ったと言えるだろう。ただでさえお金がかかる耐久レースだけに、もはや自動車メーカーは天井知らずの予算が投じられる開発競争を求めてはいない。

究極のロードカー「ハイパーカー」に近いルックスを持ち、開発の自由度が高いLMH、対してマイルドなハイブリッド機能を備えながらLMP2ベースのシャシーを使用することで低コストで製作できるLMDh

どちらを選んで参戦するか2つの選択肢ができた点、また世界選手権のWECと大きなマーケットを持つ北米のIMSAの両方に参戦できるというメリットが高評価につながっている。

北米IMSAシリーズの最高峰はデイトナ24時間レース。共通ルール採用でル・マンとデイトナの両方で優勝することも可能となる。
北米IMSAシリーズの最高峰はデイトナ24時間レース。共通ルール採用でル・マンとデイトナの両方で優勝することも可能となる。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

また、フェラーリが50年ぶりに本格復帰を決めた背景には、F1が予算制限(バジェットキャップ)を設けたことも理由の一つだ。年間500億円以上とも言われたコストが約150億円に削減される。余った予算と人員のリソースを使うことで、再び耐久レースにチャレンジできる環境が整ったと言える。

フェラーリの参戦で少なくともグリッドには5つの自動車メーカーのワークスマシン、そこにカスタマーチームのマシンも加わったり、プライベートチームのオリジナルハイパーカーも加わったりすると、総合優勝を狙う最高峰クラスだけでかなりの台数になると考えられる。

非常に楽しみな状況ではあるのだが、懸念されるのは性能調整のハンドリング。政治的な要素が調整に絡んできたり、ルールが政治的な理由で変更されたり、ル・マンは過去にもワーッと大挙してメーカーワークスが参戦してはサーッとみんなして去っていくという歴史を繰り返している。

みんな仲良しこよしで果たして何年やれるのか、今の段階ではちょっとクエスチョンマークである。

トヨタ、メルセデス、BMW、ポルシェ、アウディなど多くのメーカーで賑わった1998年のル・マン。しかし、2年後にはアウディしか残っていなかった。
トヨタ、メルセデス、BMW、ポルシェ、アウディなど多くのメーカーで賑わった1998年のル・マン。しかし、2年後にはアウディしか残っていなかった。写真:ロイター/アフロ

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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