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ベッテル加入で躍進なるか? F1に61年ぶりに復帰する「アストンマーティン」

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
セバスチャン・ベッテル(2010年/レッドブル時代)(写真:ロイター/アフロ)

2021年の「フォーミュラ・ワン世界選手権」(F1)の大きな変化といえば、通算4度のワールドチャンピオンを獲得したセバスチャン・ベッテルの移籍だろう。

フェラーリに6年間在籍したセバスチャン・ベッテル
フェラーリに6年間在籍したセバスチャン・ベッテル写真:代表撮影/ロイター/アフロ

ランス・ストロールの父、ローレンス・ストロールは所有するF1チーム「レーシングポイント」を英国の高級スポーツカーブランド「アストンマーティン」の名義に変更した。

投資家のローレンスは2020年、アストンマーティン・ラゴンダ社の株式25%を取得し、大株主になっていた。

ベッテルはF1に61年ぶりに復帰する名ブランド、アストンマーティンのチームに移籍する。

ボンドカーとして知られるアストン

アストンマーティンといえば映画「007」の主人公ジェームス・ボンドが乗るボンドカーを思い出す人が多い。これは自動車ファンの枠を超えて、一般の人にも認知されていることだ(実際にはボンドカーはアストンマーティンばかりではないが)。

ボンドカー、アストン・マーティンDB5
ボンドカー、アストン・マーティンDB5写真:ロイター/アフロ

フェラーリやポルシェとは一線を画す、アストンマーティンのクールかつ気品あふれるデザインは、ボンドカー採用から50年以上経った今も、世界中にファンを持つブランドである。しかし、その名前の由来はレースから来ていることを知る人は少ない。

創業者の一人、ライオネル・マーティンが創業間もない頃、オリジナルの車でアストン・クリントン・ヒルクライムレースに出場し、輝かしい成果を残したことで、その名声が「アストンマーティン」というブランド名になったという。

戦後のアストンマーティンのロゴ
戦後のアストンマーティンのロゴ写真:ロイター/アフロ

戦後、実業家のデビッド・ブラウンがオーナーになり、ウォルター・オーウェン・ベントレー(ベントレー創業者)が加わってからは、レース活動が活発化する。アストンマーティンは戦前にも参戦していたル・マン24時間レースに復帰し、1959年に総合優勝を達成した。

1959年のル・マン24時間レースで優勝した「DBR1」【写真:Aston Martin】
1959年のル・マン24時間レースで優勝した「DBR1」【写真:Aston Martin】

アストンマーティンのル・マン総合優勝は1度切りではあるが、流麗なフォルムを持った「DBR1」はル・マンの歴史を語る上でも欠かせない名車だ。

ちなみにこの時のドライバーの1人が映画『フォードvsフェラーリ』でマット・デイモンが演じたアメリカ人のキャロル・シェルビー。1959年、アストンマーティンはシェルビーを擁し、F1にも参戦した。

キャロル・シェルビーが駆るアストンマーティンのF1マシン【写真:Aston Martin】
キャロル・シェルビーが駆るアストンマーティンのF1マシン【写真:Aston Martin】

ただ、ル・マンに勝ち、名声を得たことであっさりと方針転換し、ロードカーの開発に注力していくことに。アストンマーティンがF1で活動したのは59年と60年の僅か2年間だけと非常に短かった。

F1にリソースを集中する

近年のアストンマーティンはル・マン24時間レースのGTEクラスやSUPER GT/GT300クラスにも参戦できるFIA GT3マシンなどGTカーでのレース活動が知られているが、2021年はメインの活動だったル・マン(WEC)のLM-GTE Proクラスでのワークス活動からも撤退することになった。

WECに参戦したアストンマーティン・ヴァンテージAMR【写真:DRAFTING】
WECに参戦したアストンマーティン・ヴァンテージAMR【写真:DRAFTING】

今後はジェントルマン向けのカスタマーレーシングサービスを強化していくということだが、メーカーのリソースはF1に注がれ、アストンマーティンとしてワークス活動=F1になる。普通なら自動車メーカーは市販車のイメージに直結するGTカーのレースを好むものだが、F1をワークス活動にするというのは大胆な方針転換だ。

アストンマーティンはF1では「レッドブル」のタイトルスポンサーとしてPR活動を行なってきたが、チームのチェアマンであるローレンス・ストロールはF1参戦の目的をこう語る。

「アストンマーティンはル・マン24時間レースなどトップレベルのレースで大きな成功をおさめてきた。そして今、F1という新たな1ページを書く時だ。F1はアストンマーティンという企業の進化に重要な役割を果たすプラットフォームだと考えている」

昨年、レーシングポイントから出場したランス・ストロールはトルコGPでポールポジションを獲得
昨年、レーシングポイントから出場したランス・ストロールはトルコGPでポールポジションを獲得写真:代表撮影/ロイター/アフロ

その力の入れようは「レーシングポイント」からの名称変更というだけではない。チームのルーツである「ジョーダン」時代からのファクトリーに変わる新工場を準備しているし、メルセデスF1チームとの技術提携を強化していくという。

最強マシン、メルセデスW11 (2020年)。アストンマーティンの新車もこれに似たデザインになるのか?
最強マシン、メルセデスW11 (2020年)。アストンマーティンの新車もこれに似たデザインになるのか?写真:代表撮影/ロイター/アフロ

メルセデスの親会社「ダイムラー」はアストンマーティン・ラゴンダの株主であるし、ロードカーの技術提携を進めているので、メルセデスとアストンマーティンはロードカーでもF1でも密接な関係。昨年、ピンクメルセデスと呼ばれたレーシングポイントRP20のようなマシンを手にして、強力な体制を作り上げてくるだろう。

その戦力アップに必要なのが、ワールドチャンピオンのセバスチャン・ベッテルだ。

ベッテルのキャリアはこれから

6年間も在籍したフェラーリを去り、セバスチャン・ベッテルは中堅チームであるレーシングポイントを実態とするアストンマーティンへと移籍した。

出走250戦オーバーで50勝以上、4度のワールドチャンピオンを獲得しているベッテルだけに、キャリアの締めくくりに入ったと思われてもおかしくはない移籍だ。

しかし、キミ・ライコネン(41歳)、フェルナンド・アロンソ(39歳)とベッテルよりも一世代前のワールドチャンピオンドライバーが未だに現役の中、33歳のセバスチャン・ベッテルにはまだ華を咲かせるチャンスは残っているはずだ。

2010年レッドブルに初のワールドチャンピオンをもたらしたベッテル
2010年レッドブルに初のワールドチャンピオンをもたらしたベッテル写真:Action Images/アフロ

かつてセバスチャン・ベッテルが在籍した「レッドブル」もベッテルが加入するまではランキング7位くらいが定位置の中堅チームだった。そこをチャンピオン争いができるチームに押し上げ、4度もチャンピオンを獲得したベッテルに対する期待は大きい。

チーム代表のオトマー・サフワウナー「ベッテルは勝利に必要な考え方をチームにもたらしてくれると思うし、間違いなく彼から学ぶことは多いだろう」とベッテルの加入を歓迎する。

ベッテルはチームのファクトリーを初訪問し、その様子はSNSでチームから発信されている。現状ではセバスチャン・ベッテルとランス・ストロールのドライバーラインナップとIT企業の「コグニザント」がタイトルスポンサーになることが発表されているが、新車のお披露目は2月に入ってから。

チームが正式発足した1月1日にリリースしたチームのロゴ画像はアストンマーティンのイメージ通りのブリテッシュグリーンが基調になっているが、果たしてマシンのカラースキームもやはり緑が中心になっていくのだろうか、その辺も楽しみだ。

アストンマーティンのeスポーツチームのカラースキームは緑【写真:Aston Martin】
アストンマーティンのeスポーツチームのカラースキームは緑【写真:Aston Martin】

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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