もっと称えられるべき、佐藤琢磨の快挙。自身2度目のインディ500優勝!

インディ500で優勝し、伝統のミルクを浴びる佐藤琢磨(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

コロナ禍で延期され、史上初めての無観客レースとなった「第104回・インディナポリス500マイルレース」(以下、インディ500)で、日本人として唯一参戦する佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング/ホンダ)が2017年以来3年ぶりとなる2度目の優勝を達成した。

2度目のインディ500優勝は日本人としてはもちろん初めて。過去104 回の大会数を数えるインディ500の歴史で、20人目の「インディ500を複数回以上優勝したドライバー」になった。ちなみに今季インディカーシリーズに現役でフル参戦するドライバーの中で複数回以上の優勝経験者はおらず、佐藤琢磨がライバルに先駆けて達成した。これは快挙であり、凄まじい偉業である。

優勝の喜びを爆発させる佐藤琢磨【写真:INDYCAR】
優勝の喜びを爆発させる佐藤琢磨【写真:INDYCAR】

快挙があまり報道されない?

佐藤琢磨の2度目の優勝が決まったのは日本時間の8月24日(月)午前6時半すぎ。スポーツチャンネルの「GAORAスポーツ」で生中継が行われていたが、佐藤琢磨の優勝が伝えられると早朝からSNSは大盛り上がりになった。

インディ500のスタートの様子【写真:INDYCAR】
インディ500のスタートの様子【写真:INDYCAR】

特にツイッターでは「佐藤琢磨選手」「琢磨さん」などのキーワードがトレンドに上がり、その栄誉を称えた。最近ではF1でレッドブル・ホンダが優勝して話題になったのが記憶に新しいが、かなり久しぶりにモータースポーツの話題がSNSを賑わせた気がする。

やはり日本人選手(佐藤琢磨)が世界三大自動車レース(インディ500)で優勝という分かりやすい話の波及力は絶大なものがある。深夜から早朝にかけてのレースであったため、どれだけの人がレースを見ていたかは別にして、この悲しいニュースが多いコロナ禍の時代に明るい話題が拡散されたのは本当に良いことだ。

(佐藤の優勝を伝える本田技研工業のツイッター)

しかし、それと同時に日本人レーサーが活躍すると決まって増えるのが「快挙なんだから、マスコミはもっと報道しろよ」という類の書き込みだ。多くは熱心なモータースポーツファンによる書き込みだが、あたかも報道が全くなされていないかのような印象で拡散されることが多い。

ただ、今回の優勝は2017年の初優勝ほどの衝撃度はないものの、Yahoo!ニュースで配信されているだけでも、スポニチアネックス、時事通信、ロイター、AFP、共同通信、読売新聞などが午前中に速報記事で伝えているし、朝日新聞や毎日新聞も各社のウェブサイトで報じている。

(佐藤琢磨の優勝を伝えるテレビ朝日のニュース)

インディ500は月曜日の早朝にレース結果が出るため朝刊には間に合わず、夕刊向けのニュースとなるが、ウェブニュースでこれだけ多くのマスコミが伝えているのだ。また、テレビは朝のニュースには映像編集が間に合わず、昼はそもそもスポーツニュースコーナーが無いためそもそも触れられにくいという事情があるだろう。

ちなみにテレビではNHKがBS1で8月24日午後6時から録画中継放送を行うことになっている。

今回はかなり報じられていると思うし、「インディ500とは?」という説明なしにインディ500優勝が速報で報じられるようになったことだけでも喜ばしいことではないだろうか? それくらい佐藤琢磨がこれまで成し遂げてきた功績は大きい。

数多くの日本人初を達成した琢磨

インディカーに参戦して11年目の佐藤琢磨。かつては「元F1ドライバーの」という枕詞と共に紹介されがちだったが、2017年のインディ500優勝の後はそれも必要なくなった。事実、佐藤琢磨がF1で過ごしたのは7年(うち2年はスポット参戦)であり、インディカーのキャリアの方がはるかに長くなっている。

トップでチェッカーを受ける佐藤琢磨(30号車)【写真:INDYCAR】
トップでチェッカーを受ける佐藤琢磨(30号車)【写真:INDYCAR】

佐藤琢磨は2004年のF1・アメリカGPで3位表彰台を経験したものの、3位表彰台(=日本人最高位)は1990年に鈴木亜久里が達成している。F1ではアグレッシブな走りで魅せてくれたが、実はそれほど多くの日本人初の記録、偉業を成し遂げられなかったのだ。

一方で2010年から参戦したインディカーシリーズでは

・日本人初ポールポジション(2011年)

・日本人初優勝(2013年)

・日本人初インディ500優勝(2017年)

・日本人初ポールトゥウイン(2019年)

という記録を樹立。

そして今回のインディ500では日本人初となるインディ500・フロントロウ(最前列、3番手以内)でのスタートを勝ち取り、インディ500複数回以上優勝を達成した。

日本人という枠組みに限らず、先述の通り、インディカーにレギュラー参戦するドライバーでさえ複数回のインディ500優勝は難しい。今回出走した中ではスポット参戦のエリオ・カストロネベス(3回優勝)だけが経験者で、年間参戦のドライバーでは誰も経験していないことだったのだ。

この2回目の優勝で佐藤琢磨は日本人初などの日本人の中での記録を狙っていくドライバーから、インディカーの記録を狙っていくドライバーになったと言えよう。

来年のことを言うと鬼が笑うが、次に狙う3回以上の優勝は達成者僅か10人しかいない。

その内、アメリカ人以外はエリオ・カストロネベス(ブラジル)、ダリオ・フランキッティ(イギリス)のたった2人で、さらに上の最多4回の優勝はA.J.フォイト、アル・アンサー・シニア、リック・メアーズの僅か3人で、全員アメリカ人だ。つまり今後はアメリカ人以外がなかなか踏み入れない領域への挑戦となる。

チームの共同オーナー、デイビッド・レターマンと抱擁する佐藤琢磨。レターマンは日本で例えるならタモリのような米国の超有名芸能人だ。【写真:INDYCAR】
チームの共同オーナー、デイビッド・レターマンと抱擁する佐藤琢磨。レターマンは日本で例えるならタモリのような米国の超有名芸能人だ。【写真:INDYCAR】

ちなみに、43歳と208日でのインディ500優勝は歴代6位の年長ウイナー記録である。現役ドライバーではスポット参戦を含めて最年長の優勝であり、もう、引退の二文字が見え隠れしてもおかしくない歳だが、佐藤琢磨の第104回・インディ500での走りはそんな年齢を感じさせない、ほぼパーフェクトなものだった。

速さがあり、ベテランらしい落ち着きがあり、チームとのコミュニケーション、引き寄せる運、全てが噛み合ったレース。今回の佐藤琢磨よりも上の年齢で優勝したドライバーがまだ5人もいるのには驚くが(最年長は47歳と360日/アル・アンサー・シニア)、レーシングドライバーとしていまだに進化を続ける佐藤琢磨はもはや「生きる伝説」である。

今年は無観客レースだったとはいえ、アメリカで最大の自動車レースであり世界三大自動車レースの一つを、日本人ドライバーが、日本メーカーのエンジンで、2度も優勝したことはもっと大きく評価されて良いはずだ。

新型コロナウィルスの感染拡大で東京オリンピックが延期された今年、これほど日本の存在を世界にアピールしてくれたのだから。