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グランツーリスモ王者がF1候補生を撃破!日本語堪能なフラガ、現実レースでもチャンピオンに輝く

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
イゴール・フラガ(中央)【写真:Toyota Racing Series】

F1チームが育成する若手たちを送り込むニュージランドの「Castrol Toyota Racing Series」で、日本育ちのブラジル人ドライバー、イゴール・フラガが大逆転のシリーズチャンピオンを獲得した。彼はドライビングゲームの「グランツーリスモ」を使ったバーチャルレース「FIAグランツーリスモ選手権」の初代王者だ。ゲームの世界で一躍注目を集めたフラガがついにF1候補生たちとの戦いに勝利した。

グランツーリスモ王者のイゴール・フラガ【写真:ポリフォニー・デジタル】
グランツーリスモ王者のイゴール・フラガ【写真:ポリフォニー・デジタル】

ニュージーランドの冬季シリーズ

Castrol Toyota Racing Series」は日本やヨーロッパとは夏冬が逆の南半球、ニュージランドで1月〜2月に開催されるフォーミュラカーレース。F3と同格のシャシー(イタリアのタトゥース製)にトヨタの2000ccターボエンジンを搭載するマシンのワンメイク(全車同一)レースで、全5戦15レースでタイトルを争うシリーズである。

ニュージーランドで開催のCastrol Toyota Racing Series【写真:Toyota Racing Series】
ニュージーランドで開催のCastrol Toyota Racing Series【写真:Toyota Racing Series】

このレースはニュージーランドのローカルレース的な存在だったが、近年はヨーロッパを舞台にF1を目指す若手ドライバーたちが冬季にトレーニングを兼ねて参戦するようになり、大きな注目が集まっている。

過去の選手を見てみると、日本のSUPER GTやスーパーフォーミュラで王者となったニック・キャシディやF1まで登り詰めたブレンドン・ハートレー(現WECトヨタ)などのニュージーランド人が参戦しただけでなく、近年はランス・ストロール(現F1レーシングポイント)やランド・ノリス(現F1マクラーレン)が参戦し、王者に輝いた。ストロールやノリスがその2年後にF1レギュラーを掴んだことで、より注目度が増すシリーズとなったのだ。

ニュージーランドのサーキットを転戦する【写真:Toyota Racing Series】
ニュージーランドのサーキットを転戦する【写真:Toyota Racing Series】

同シリーズは実際に若手育成レースとしてのコンセプトを打ち出し、5大会で20時間、3000kmの走行経験を得ることができる。冬季に走行可能なサーキットが限られるヨーロッパがベースの若手にとって最適な環境だ。さらにF1参戦に必要なスーパーライセンスポイントが最大10点与えられ、自身の累積ポイントに加算できることも大きなメリットになっている。

今季のレースには「レッドブル」の育成ドライバーであるリアム・ローソン角田裕毅(つのだ・ゆうき)、「ルノー」育成ドライバーのカイオ・コレットら将来のF1デビューを期待されるF1候補生が参戦。その中でF1チームの後ろ盾を持たないイゴール・フラガが大活躍した。

F1候補生を相手に戦うイゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】
F1候補生を相手に戦うイゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】

最終戦でフラガが大逆転!

5週連続で行われた「Castrol Toyota Racing Series」の最終戦はニュージランド北部のマンフィールドにあるサーキット・クリス・エイモンで2月14日(金)から16日(日)に開催された。

グランツーリスモカラーで走るイゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】
グランツーリスモカラーで走るイゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】

チャンピオン争いは前年王者のリアム・ローソンイゴール・フラガの一騎打ちとなった。ランキング首位のローソンと2位のフラガのギャップは8点差。フラガは土曜日のレース1で優勝し、ローソンとの差を4点に詰める。

そして日曜日のレース2はリバースグリッドからのスタートで、ローソンとフラガは激しくその順位を争った。フラガが4位、ローソンが5位でフィニッシュし、その差は僅か2点差に縮まった。これでローソンとフラガ、勝った方がチャンピオンだ。

チャンピオンを争ったレッドブル育成のローソン【写真:Toyota Racing Series】
チャンピオンを争ったレッドブル育成のローソン【写真:Toyota Racing Series】

最も周回数の長いレース3は「第61回ニュージーランドGP」と名付けられたメインレース。ポールスタートを勝ち取ったフラガはスタートから独走。上位陣はフラガの後に、ローソン、コレットとF1育成ドライバーが続くが、後方のドライバーとのスキルレベルには大きな開きがあり、ランオフエリアも狭いため、度々セーフティカーが導入されることに。しかし、週末を通して好調のフラガはローソンを引き離していく。

ローソン(左)とフラガ(右)のバトル【写真:Toyota Racing Series】
ローソン(左)とフラガ(右)のバトル【写真:Toyota Racing Series】

残り6周、ローソンはペースダウンし3位に転落。一方でフラガは他を寄せ付けない速さでライバルたちを引き離し、トップでシーズン4勝目を飾るチェッカーフラッグを受けた。

フラガは「Castrol Toyota Racing Series」初挑戦で大逆転のチャンピオン獲得。F1候補生として育てられる逸材たちを振り切ってのチャンピオンに「小さい頃からたくさんの人に支えてもらってきたけど、ここまで本当に長い道のりだった」とフラガはインタビューで涙を流した。

父と抱擁するイゴール・フラガ(写真は第3戦)【写真:Toyota Racing Series】
父と抱擁するイゴール・フラガ(写真は第3戦)【写真:Toyota Racing Series】

Castrol Toyota Racing Series 2020 ランキング

1位:イゴール・フラガ (362点)

2位:リアム・ローソン (356点)

3位:フランコ・コラピント(315点)

4位:角田裕毅 (257点)

5位:ピーター・ピタチェック (241点)

グランツーリスモで名をあげた苦労人

ブラジル人のイゴール・フラガ(21歳)は実は日本で生まれている。フラガは石川県・金沢市の出身で、ブラジルから日本に出稼ぎに来た家庭で育った。3歳の時にグランツーリスモをプレイしたことがキャリアのスタート。その後、日本でレーシングカートに挑戦するが、2008年のリーマンショックによる不況の到来で父が失職。フラガは12歳でブラジルへの移住を余儀なくされたのである。

日本育ちのイゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】
日本育ちのイゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】

ブラジル帰国後はレース活動を5年間休止し、グランツーリスモをプレイしていた。ドン底の時代を経験した後、2014年にレースに復帰。資金も不十分な中、母国ブラジルでフォーミュラカーにチャレンジを続け、2017年に「ブラジルF3」でチャンピオンを獲得。2018年はインディカー傘下のレース「USF2000」に参戦した。

アメリカのレース参戦のためにフラガの家族は自宅を売却して資金を調達。そんな厳しい生活の中、2018年に始まったグランツーリスモの世界戦「FIAグランツーリスモ選手権」に一番安いハンドルコントローラーを探して参戦した。そして、イゴール・フラガはグランツーリスモのオンラインバトルとワールドツアーを戦い抜き、見事「FIAグランツーリスモ選手権」の初代チャンピオンに輝く。

東京モーターショーの会場で「グランツーリスモ」プロデューサー、山内一典とトークするイゴール・フラガ。彼は今や少年たちの憧れの存在だ【写真:ポリフォニー・デジタル】
東京モーターショーの会場で「グランツーリスモ」プロデューサー、山内一典とトークするイゴール・フラガ。彼は今や少年たちの憧れの存在だ【写真:ポリフォニー・デジタル】

そして、2019年はヨーロッパの「フォーミュラリージョナル」(旧F3)に参戦し、3勝をあげてランキング3位を獲得。ヨーロッパでのレース参戦初年度ながら、現実のレースでも結果を残したのだ。

今年はF1直下の「FIA F3」に参戦予定のイゴール・フラガ。F1関係者が注目する「Castrol Toyota Racing Series」でのチャンピオンは今後の彼のキャリアに大きな影響をもたらすものになるだろう。並居る強豪たちを相手に「グランツーリスモ」の王者がチャンピオンになったことは一つの歴史の転換点かもしれない。

イゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】
イゴール・フラガ【写真:Toyota Racing Series】

日本育ちで、非常に丁寧な日本語を話すイゴール・フラガ。国籍こそブラジルだが、優しさが溢れる彼の語り口はアイルトン・セナを彷彿とさせ、日本のモータースポーツファンの心をきっと掴むのではないだろうか。日本の自動車メーカーには「グランツーリスモからF1へ」という夢の階段を登る彼をぜひサポートしてもらいたい。

イゴール・フラガ / Igor Fraga

国籍:ブラジル

出身:石川県・金沢市

2018年 FIAグランツーリスモ選手権 チャンピオン

2019年 フォーミュラリージョナル ランキング3位

2020年 Castrol Toyota Racing Series チャンピオン

2020年 FIA F3 参戦予定

公式ホームページ

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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