「ル・マンでトヨタは勝てるか?」勝っても負けてもヒトコト言われる、ル・マン24時間レースの難しさ。

ル・マン24時間に挑むトヨタTS050ハイブリッド 【写真:FIA WEC】

2018年6月16日(土)、伝統の「ル・マン24時間レース」が開催される。「世界三大自動車レース」の一つに数えられ、今年で86回目の開催を迎える歴史ある大会だが、総合優勝を争うLMP1クラスからアウディ、ポルシェが相次いで撤退したことで、同クラスに残った自動車メーカーはトヨタだけになってしまった。

トヨタはル・マンで勝てるか?

総合優勝を狙う、という意味ではトヨタの1強体制となってしまった今年のル・マン。昨年までは最高峰クラスでの自動車メーカーによるハイブリッド車対決が展開され、対決の戦況を楽しんでいたが、今年の最大の関心ごとは「トヨタの総合優勝」に絞られており、ファンの関心はトーンダウンしていると言わざるを得ない。

テスト走行するトヨタTS050ハイブリッド 【写真:FIA WEC】
テスト走行するトヨタTS050ハイブリッド 【写真:FIA WEC】

確かに今年、トヨタが勝つ可能性は非常に高い。それはここにワザワザ書かなくともル・マンやWEC(世界耐久選手権)のニュースをチェックしている人なら誰でも分かることである。ツイッターやネット記事のコメント欄にはトヨタの初優勝に向けて応援する声がある一方で、「ライバル不在で勝利する価値はあるのか?」「そもそも今年のレースに出る意味はあるのか?」といった冷めた意見が踊る。

今年、トヨタは2台のハイブリッドマシン「トヨタTS050ハイブリッド」をル・マン24時間レースにエントリーさせている。7号車にマイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ・マリア・ロペス、8号車にセバスチャン・ブエミ/中嶋一貴/フェルナンド・アロンソのF1ドライブの経験やワールドチャンピオンの経験を持つドライバーたちを起用し、誰も文句の言えない体制を敷いて挑戦する。ワールドチャンピオンにして現役F1ドライバーのアロンソを起用してまで念ずるル・マンの初優勝。

これで勝てないわけがない。もし、勝てなかったら。二択しかないどっちに転んでも賛否両論巻き起こることになるのが今年のル・マンなのである。ただ、トヨタは自社のハイブリッド技術を証明し、「もっといいクルマづくり」のために参戦を決断した。

フェルナンド・アロンソ(中央)【写真:FIA WEC】
フェルナンド・アロンソ(中央)【写真:FIA WEC】

ライバルは自分たち?いや、ライバルは居る!

ポルシェが撤退して自動車メーカーのライバルが不在になるにも関わらず、トヨタは昨年末に2度のル・マンを含むWECスーパーシーズン(2018年~19年)への参戦を決断した。それは同時に新たなライバル出現を受け入れなくてはいけない状況を自ら作り出したとも言える。ハイブリッド技術を使わない、レーシングエンジンだけの「ノン・ハイブリッド車」たちの参戦だ。

ル・マン24時間レース出場マシンの集合写真【写真:FIA WEC】
ル・マン24時間レース出場マシンの集合写真【写真:FIA WEC】

今季のLMP1クラスにはハイブリッド車のトヨタ2台の他に、8台のノン・ハイブリッド車が参戦。ル・マンでは合計10台が総合優勝を争うことになった。トヨタはライバルメーカー不在のため、新たな開発はほとんど行わず、ル・マンで速さを見せた2017年の仕様を据え置いた。近年のLMP1のハイブリッドマシンはアウディやポルシェとの開発競争で過激にスピードを増していた。昨年のル・マンで3分14秒791という驚異的なコースレコードタイムをトヨタの小林可夢偉がマークしたことも記憶に新しいが、このタイムは中嶋一貴がポールポジションを獲得した2014年に比べて7秒も速い。トヨタはハイブリッド車の凄まじい進化幅を一旦止めてでも、ライバルとしてのノン・ハイブリッド車の参戦を受け入れたのである。

そして、FIA(国際自動車連盟)とACO(フランス西部自動車クラブ=主催者)は「EoT」(Equivalence of Technology=技術の均衡化)という「性能調整」を行うことで、ハイブリッド車とノン・ハイブリッド車が同じ土俵で戦えるようにした。最低重量、パワーに影響する燃料流量、1周あたりのエネルギー量、ピットインのタイミングを決める燃料最大搭載量など多岐に渡るものだ。この調整は局面ごとに改訂される。6月3日に行われたテストデーのデータが解析され、最終的に均衡となるよう調整されるはずだが、ポルシェが突然撤退し、窮地に追い込まれたWECとル・マンに最後まで残ってくれたトヨタが明らかに不利な条件になることはないだろう。

ル・マン24時間レースが開催されるサルト・サーキット
ル・マン24時間レースが開催されるサルト・サーキット

やはりトヨタにとって最大の敵は自分たちなのか?当たり前のことだが、「ル・マン24時間レース」は最後まで走りきっての勝負である。昨年は季節外れの熱波がヨーロッパを襲い、ル・マンも決勝日が最高気温32度を記録する暑さだった。その3日後には最高気温38度が記録される異常気象ぶりで、強烈な暑さにハイブリッドマシンは苦しめられ、あわや下位カテゴリーのLMP2クラスのノン・ハイブリッド車に優勝を奪われるところだった(結果、修復したポルシェが逆転優勝)。

今年はそこまでの暑さは予想されてはいないものの、ル・マンといえば一時的な天候の変化やクラスごとの速度差に起因するアクシデントがレースの流れを変える要因となる。例え無理をする必要がない状況であっても、24時間順調にノントラブルで走りきれる保証はどこにもない。それは過去19回挑戦し、苦渋を舐め続けたトヨタが一番知っている。

ポルシェが優勝した2017年のル・マン。ポルシェにとって19回目の総合優勝だった。
ポルシェが優勝した2017年のル・マン。ポルシェにとって19回目の総合優勝だった。

ライバルはレース本番で牙を剥く

一方でライバルのノン・ハイブリッド車の視点でも戦況を見てみよう。優勝の有力候補と言えるのはスイスの高級時計ブランドを営むアレクサンダー・ぺスチのチーム「レベリオン・レーシング」だ。過去にはトヨタエンジンを使用してLMP1クラスに参戦した情熱のプライベーター「レベリオン」は昨年、LMP2クラスでチャンピオンを獲得し、再びLMP1へと戻ってきた。

レベリオンレーシング【写真:FIA WEC】
レベリオンレーシング【写真:FIA WEC】

ワークス対決の終焉と「EoT」によって、同チームにとってみれば、過去の参戦の中で最も総合優勝に近づく千載一遇のチャンス到来だ。そこでル・マンカーの名門コンストラクター「オレカ」にLMP1マシンの製作を依頼。「レベリオンR13」と名付けられたシャシーにギブソンの4.5L・V8自然吸気エンジンを搭載する。「レベリオンR13」は昨年まで同チームが使用したLMP2マシン「オレカ07」とほぼ同等の車体。エンジンはギブソンがLMP2用のワンメイクエンジン(4.2L・V8)をLMP1のプライベーター用にアップグレードしたもの。つまりはシャシー、エンジン共に24時間レースのノウハウが充分に詰め込まれたパッケージだ。

「レベリオン」の1号車にはアンドレ・ロッテラーニール・ジャニの元ポルシェLMP1ドライバーの2人にLMP2王者のブルーノ・セナというトリオ。3号車は昨年のル・マンLMP2でクラス優勝した若手のトマ・ローラン、2016年LMP2王者のグスタヴォ・メネゼス、そして「レベリオン」でLMP1での参戦経験があるスイス人のマティアス・ベッシュの3人。経験は豊富なトリオである。「レベリオン」はイギリスのスポーツカーメーカー「TVR」ともパートナーシップを結んでおり、その関係は今後発表される新LMP1クラスやGTE-Proクラスへの参戦へと繋がっていくとされる。

SMPレーシング 【写真:FIA WEC】
SMPレーシング 【写真:FIA WEC】

そして、伏兵になると予想されるのがロシアの「SMPレーシング」だ。こちらも2台体制で、11号車には元F1ワールドチャンピオンのジェンソン・バトンが元F1のヴィタリー・ペトロフ、元インディカーのミカイル・アレシンとトリオを形成。17号車はベテランのステファン・サラザンが教育役となって同チームの育成ドライバーとも言えるロシア人、エゴール・オルジェフマテボス・イサキャンを起用する。

バトンの参戦で話題のチームだが、「SMPレーシング」のマシン、BR01・AERはWEC開幕戦・スパで予想外の速さを見せた。ちょっと危なっかしいくらいの挙動を見せながら決勝でバトルを展開し、トップスピードはLMP1随一の速さを披露。スパ名物の高速コーナー、オールージュの出口で離陸してしまい大クラッシュするアクシデントにも見舞われてしまうほどだったが、イタリアの名コンストラクター「ダラーラ」が開発した車体と老舗エンジンビルダー「AER」の2.4L・V6ターボのパッケージはル・マンでも意外なポテンシャルを見せつけるかもしれない。

最終的なEoT次第な部分もあるが、実質的にトヨタの最大のライバルとなるのはこの2チーム、4台であろう。

SMPレーシングから参戦するジェンソン・バトン【写真:FIA WEC】
SMPレーシングから参戦するジェンソン・バトン【写真:FIA WEC】

24時間後、称えられるのは?

6月3日のテストデーでは「トヨタ」8号車が3分19秒066でトップタイムをマーク。2番手には「レベリオン」3号車が3分19秒680で続いた。ポテンシャルとしてはまだまだ「トヨタ」有利な情勢は変わらない。「レベリオン」も「SMPレーシング」もプライベーターであり、まだまだ準備不足は否めない感があるが、特に「レベリオン」に関してはパッケージの信頼性という強みがある。総合優勝をかけたワークス対決が終焉した今年は一発のタイムを競う予選はジャブを打ち合う場所ではない。やはり大事なのは24時間の決勝レースだ。

過酷な戦いとなるル・マン24時間レース
過酷な戦いとなるル・マン24時間レース

プライベーターにとってみれば、歴史に名を刻むビッグチャンスでもある。プライベーター/プライベートチームが優勝するチャンスは今のようなレギュレーション(車両規定)の過渡期にしか巡ってこない。ましてやプライベーターが自動車メーカーが作った、あるいは関与したマシンに頼らずに、独自のマシンで総合優勝するのは難しく、非自動車メーカーのマシンが優勝したのは1980年の「ロンドー」が最後である。

「ロンドー」は地元フランスのドライバー、ジャン・ロンドーが自分の名前を冠したコンストラクターで、F1用のコスワースDFVエンジンを搭載したマシン、ロンドーM379をジャン・ロンドーが自らドライブして優勝。そのマシンはサーキット隣接の「ル・マンミュージアム」に展示されている。自動車メーカーが主役となって久しいル・マンだが、40年近く経った現在もプライベーターによる功績は称えられ続けている。

ル・マンミュージアムに展示されている1980年の優勝マシン、ロンドーM379
ル・マンミュージアムに展示されている1980年の優勝マシン、ロンドーM379

そう、ル・マンの観客には情熱的に参戦を続けるドライバー、チーム、クルマに敬意を込めて声援を送る文化があるのだ。「レベリオン」や「SMPレーシング」などのプライベーターが勝利すれば当然、偉業として称えられるだろう。逆に2016年のル・マンで残り1周というところで涙を飲んだ「トヨタ」の悲劇もファンはちゃんと覚えているはずだ。過去19回負け続けて、あと1歩で勝てなかったトヨタが仮に横綱相撲のレースを展開しても彼らはその情熱を歓迎するだろう。

1991年の優勝マシン、マツダ787B
1991年の優勝マシン、マツダ787B

マツダ」が僅か1回の優勝(1991年)だけで、ル・マンのファンからいまだに絶大な人気を集めるのはマツダが1970年代から情熱的に参戦を続け、耳をつんざくような甲高いロータリーサウンドを奏でていたからなのだ。

20年目の挑戦という節目の年、「トヨタ」にとっては誰から何と言われようと、粘り強く耐え抜くことで、そんな存在にならなくてはいけないのだ。ル・マンのファンはその時は経験したことがないほどの大拍手で称えてくれるに違いない。ル・マンに勝って当たり前はないのだから。