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鈴鹿8耐・復活のモリワキが総合トップタイム。世界チャンピオン製品を作った町工場が本気だ!

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
MORIWAKI MOTUL RACING 【写真:MOBILITYLAND】

7月27日(木)に鈴鹿サーキット(三重県)で開幕する「鈴鹿8耐」。今年で40回記念大会を迎える8耐の歴史を語る上で欠かせないのが「モリワキレーシング」だ。1978年(昭和53年)の第1回大会から参戦し、1981年には独自設計のアルミフレームバイク「モリワキ・モンスター」でポールポジションを獲得。鈴鹿8耐への挑戦とクラフトマンシップ溢れる精神がバイクブーム真っただ中の若者の心を捉え、「モリワキ」は8耐のカリスマ的存在として君臨した。その「モリワキ」が活動休止を経て、鈴鹿8耐に帰ってくる。

モリワキ・モンスター【写真:MOBILITYLAND】
モリワキ・モンスター【写真:MOBILITYLAND】

世界に挑戦したモリワキ

「モリワキレーシング」の母体、株式会社モリワキエンジニアリングは主にオートバイ用のアフターパーツなどを製造している。レースを通じて培われた技術力は各方面から高い評価を受けており、コンシューマービジネス以外の仕事も多く手がける。ただ、従業員は40人未満であり、今も「町工場」と呼ばれる規模であることに変わりはない。

モリワキエンジニアリング
モリワキエンジニアリング
エリアスを王者に導いたモリワキMD600 【写真:MOBILITYLAND】
エリアスを王者に導いたモリワキMD600 【写真:MOBILITYLAND】

鈴鹿8耐に黎明期から参戦を続けた「モリワキ」だが、2000年代を迎えてからはその活動の力点を世界へと向けた時期がある。「モリワキ・モンスター」や「MTM-1」など自社製作のオリジナルバイクで培った経験を活かし、レース専用バイクで争う「グランプリ(ロードレース世界選手権)」に参戦。ホンダのエンジンを搭載した「モリワキMD211V」でロードレース世界選手権MotoGPへ、そして2010年から発足したMoto2(600cc)では「モリワキMD600」を参戦チームに販売。初年度の2010年に同車に乗ったトニー・エリアスが初代Moto2世界チャンピオンを獲得。町工場が作ったオートバイが世界の頂点に立ったのだ。

グランプリへの挑戦、レーシングマシンの製造に集中するため、モリワキは自社レーシングチームによる鈴鹿8耐参戦を2009年から休止。他のチームに間接的に協力はしてきたが、ノウハウの蓄積は9年間ストップした状態だった。

世界を見て、原点回帰。再びダイヤの原石を

高橋裕紀【写真:MOBILITYLAND】
高橋裕紀【写真:MOBILITYLAND】

モリワキは再び8耐に戻るべく、2014年から「モリワキレーシング」としての活動を再開。MotoGP経験もある高橋裕紀(たかはし・ゆうき)を起用し、全日本ロードレース選手権J-GP2クラス(600cc)に自社マシン「モリワキMD600」で参戦した。

2014年、15年とJ-GP2王者に輝いたモリワキは2016年に8耐参戦のベースを整えるべくJSB1000クラスに参戦。今年は8耐復帰を宣言し、「MORIWAKI MOTUL RACING」として9年ぶりの参戦に向けた準備を進めてきた。

森脇護監督とチームクルーたち
森脇護監督とチームクルーたち

森脇護(もりわき・まもる)監督は鈴鹿8耐の復帰の理由について「グランプリはメーカー主体のレースですから、町工場のレベルでは非常に難しいものでした。でも、一度でいいから自分たちのバイクで世界の最高峰に挑戦したいという思いがあったんです。世界を見に行って分かったのは、ウチが以前に8耐で起用したライダーがたくさんグランプリで走っていること。彼らが今はメーカーのために戦っているということです。8耐はグランプリに匹敵するハイレベルなレースだと思っています。だからこそ、我々の役割として国内でレースをキッチリやりたい。8耐は絶対に無視してはいけないと思いました」と語る。

モリワキ卒業生のクラッチロー【写真:MOBILITYLAND】
モリワキ卒業生のクラッチロー【写真:MOBILITYLAND】

「モリワキレーシング」の鈴鹿8耐では1981年のポールシッターであるワイン・ガードナー、八代俊二、宮城光をはじめ近年ではブロック・パークス、レオン・キャミア、そして現役MotoGPライダーのカル・クラッチローなど、数多くのトップライダーが過去に参戦。8耐をグランプリ参戦の足がかりとした選手が多く、モリワキは歴史上も「ダイヤの原石を探すチーム」として知られている。

「若手ライダーが世界へステップアップする道標でありたい」と森脇護は語る。8耐への復帰参戦はモリワキエンジニアリングが世界への挑戦を通じて導き出した「モリワキレーシング」の答え。原点にモリワキは戻ってきたのだ。

やるからには全力で行くぞ!

「9年間のブランクはそう簡単には埋められない」とエクスキューズを置きつつも、闘将・森脇護は「絶対に行くぞ!という気持ちでやる」と語気を強める。

清成龍一
清成龍一

8耐参戦を前に高橋裕紀を軸に準備を整えていた2016年の暮れ。意外なライダーと組むことが決定した。鈴鹿8耐・4度のウイナーである清成龍一(きよなり・りゅういち)だ。英国スーパーバイク選手権(BSB)のトップライダーとして長年活躍してきた清成だが、英国就労ビザの取得が年々困難になってきている問題もあり、今年は日本国内レースへの回帰を決断。そのタイミングでモリワキと戦うことを決めた。清成は元ライダーの森脇尚護(森脇護の息子)と幼馴染みで家族ぐるみの付き合いもあったという。

高橋裕紀と清成龍一。世界のトップレベルで戦ってきた日本を代表するライダー2人が組むだけでもファンにとっては心踊る組み合わせ。しかし、清成は歴代最多優勝・タイとなる5度目の優勝がかかっているわけであるし「ただ走るだけでは済まされないペア」だ。高いレベルのマシン作りが求められ、復帰初年度から優勝を狙う体制を作ることが当然ターゲットとなってくる。

「チームの結束力が固まり、引き締まったのは2人のライダーのおかげ」と森脇護監督は語る。押し上げられたハードルに応えるかのように自社で可能な努力を惜しまずに行ってきた。その代表例が後輪タイヤと車体をつなぐスイングアームの製作。現在は市販車をベースにしたマシンで争い、改造できる範囲は少ない鈴鹿8耐だが、走行性能に大きく影響するリアサスペンションのスイングアームはモリワキ独自の考え方で製作している。

アルミの塊を削り、溶接して製作するスイングアーム。なんと既に10本も製作し、試行錯誤を繰り返してきたという。「ウチは自社で、原価だけで作れますから。外に頼んでいたら、とんでもない金額になってしまいますよ」と森脇護監督が笑顔で語る通り、まさに町工場の強みを込めたスイングアームを装着するのが「ホンダCBR1000RR モリワキ改」だ。

ホンダCBR1000RR モリワキ改
ホンダCBR1000RR モリワキ改

2分7秒台もマーク!表彰台は狙える!

今季からピレリのタイヤを装着する新たなレースシーズン。ベース車両となる「ホンダCBR1000RR SP2」のデリバリーが開幕直前となったためテスト走行がほとんどできずに、ブッツケ本番の状態が続いていたモリワキ。全日本ロードレースの開幕戦から転倒が相次ぎ、復帰初年度の鈴鹿8耐は相当苦戦することが予想されていた。

しかし、夏の鈴鹿8耐合同テストでは最終的には高橋裕紀が2分7秒346という好タイムをマークし、これがなんと合同テストのウィークを通じての総合首位のタイムに。マシンの仕上がりは期待以上で大きなトラブルに見舞われることもなかったチーム内の雰囲気は非常に良い。

モリワキのピットクルーたち
モリワキのピットクルーたち

トップタイムをマークした高橋裕紀は生産的にデータを獲得できたテストを振り返り、「仕上がりは悪くはないです。耐久レースなのでレースペースという意味ではまだ満足はできていません。ピレリも協力的で電子制御のセッティングもかなり進めることができました。良い流れにあります。流れも大事なので、最高の結果を掴み取りたいですね」と手応えを感じている模様。

一方で、優勝経験がある清成は「完走目的なら充分だけど、今までの経験から照らし合わせても今はまだ勝つには大変な状況だなと思います」とさらに高い理想を目指すことを忘れない。「いろいろ全日本であった分、チームはまとまってきています。一番良いのは言いたいことが言えることですね。問題はクリアして前進はしていますけど、レースがスタートしたら僕は諦めませんよ」と最終日には笑顔も見られた。

ダン・リンフット
ダン・リンフット

そして、このテストから3人目のライダーとして英国スーパーバイク選手権のライダー、ダン・リンフットが加わった。「僕はずっと8耐には出たかった。日本のマニュファクチャラーにとって大事なレースだって知ってたからね。清成と一緒に走れるなんて驚きだよ。僕はリザーブライダーとしての役割なのは分かっているけど、レースウィークに1スティント走らせてもらえるようになったら良いよね」とジェントルな中にも非常に意欲的なライダーである。

全日本ロードレースであれだけ苦戦しながら、8耐テストではファクトリー級のマシンが与えられるチームのタイムを超えてきたモリワキ。1発の速さを狙うメニューを他チームがやっていないとはいえ、総合トップタイムは何よりもポジティブな結果である。8耐の表彰台どころか、優勝の2文字も見えつつあるのか。やはり世界を制した町工場の力はタダモノではない。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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