平然と話すとドン引きされる「F1」にまつわる「お金」の話 〜身近な観点から見るF1のお金〜

F1(写真:ロイター/アフロ)

2016年シーズンの開幕に向けたテスト走行の前半が終了し、いよいよ後半のテストを経て全21戦の長い戦いへと突入する「F1世界選手権」。最近、全く違う業界の方に「F1」の現状をお話する機会があり、「F1」にまつわる「お金」の話でドン引きされてしまった(笑)。

「F1」に関するニュースを追いかけていると、当たり前に目にする「日本円に換算すると○億円」というお金の話。その単位にすっかり慣れっこになってしまっていることに改めて気づかされた。今回は「F1」の事情を知らなくても値段を想像できるジャンルに絞り、一般的には驚きの声があがる「F1」と「お金」の話を紹介しよう。

F1ドライバーになるには「○○億円」必要

もし、あなたがF1ドライバーになるとしたら?

まず、最初にお金が必要になる。現在の相場は「20億円」とも言われている。

優秀な選手が選抜され、契約金をもらってプロ生活をスタートさせることが多い「サッカー」や「野球」の常識からすると信じられないことだが、モータースポーツの最高峰「F1」で選手になるには多額の「持参金」が必要となる。

「持参金」とは自分を支援するスポンサーがもたらす資金のことで、高額な広告宣伝費を使ってくれる個人スポンサー無しにF1レギュラーシートを獲得することが難しいのは今やF1の常識。2008年のリーマンショック以降、特にF1の下位チームは慢性的な資金不足に陥っており、小林可夢偉も所属した「ケータハム」は2014年を最後に消滅した。そういった下位チームにとって新人F1ドライバーが持ち込む数十億円の資金は貴重な活動費だ。

20億円のスポンサーを持ち込みF1シートを獲得するドライバーもいる。
20億円のスポンサーを持ち込みF1シートを獲得するドライバーもいる。

たった2台のマシンを走らせるために年間予算650億円〜700億円というお金を使う「メルセデス」「フェラーリ」「レッドブル」などのトップチームのシートを実績もない新人ドライバーが掴むことは近年では珍しい。最近では2014年に新人ながら「マクラーレン」のレギュラーに抜擢されたケビン・マグヌッセンの例があるくらいだ。マグヌッセンもそうであったように、F1のトップチームや自動車メーカーはF1昇格前から才能ある若手ドライバーを青田買いし、下位カテゴリーでのレースを支援する。この「育成枠」に入っていないドライバー達がF1への足がかりを掴むには「お金」の力を使うしかないのが現状だ。

F1直下のカテゴリー「GP2」のチャンピオン獲得者ですらF1のシート獲得は困難を極める。2012年以降、エスカレーター式で翌年のF1レギュラーを獲得したドライバーは居ない。一方でF1昇格に必要な資金があるランキング下位のドライバーがシートを得るという何とも悲しい状況が生まれている。

では、なぜそこまでして彼らは「F1」のシートを得るのか。それは「F1」が「オリンピック」やサッカーの「ワールドカップ」と並ぶ世界的な知名度を持つスポーツイベントだからだろう。4年に1度の大会と違い、F1は毎年世界中を転戦するビッグサーカス。そして現在の状況がどうであれ「モータースポーツの最高峰」と世界中の人から認識されているF1のドライバーという肩書きには、やはり大きな価値がある。資金的な条件が揃っている環境にあれば、誰だってその力を使いたくなるのは当然だろう。そこで非凡な才能の片鱗を初年度から見せれば、上位チームから目を付けられるチャンスもゼロではない。ステージに上がるには、まずその費用が必要なのだ。

この状況は何もリーマンショック後から起きた話ではなく、F1では昔からある話。1970年代のF1ワールドチャンピオン、ニキ・ラウダとジェームス・ハントもF1の入り口には資金の後ろ盾があったことは映画『RUSH〜プライドと友情』で描かれている通り。ただ、昨今は一般的な常識からすると、その額があまりに高額すぎるが。

クラッシュすると「○千万円」

「F1マシンはだいたい1億円くらいするんだよ」と得意気に話すオジさま。モータースポーツ業界ではない方とお話していると今もこういう会話になる。ただ、こういう方は大抵モータースポーツやF1への関心がセナプロ対決で日本がF1ブームに湧いた80年代〜90年代で止まっている方だ。今のF1マシンはもっともっと高額だ。

現代のF1マシンは1台いくらくらい?というのは誰もが思う素朴な疑問
現代のF1マシンは1台いくらくらい?というのは誰もが思う素朴な疑問

イギリスの情報サイト「Raconteur.net」が昨年執筆した分析記事「How much does an F1 car cost?(F1マシンは1台いくら?)」によると、1台のトータルは600万英国ポンド=「約9億4300万円」と試算されている。驚くべきお値段だ。

ただ、これはあくまで試算である。F1は「チーム」=「コンストラクター(車体製造者)」であり、各チームが独自の車体を製作しなくてはならない。他のチームの車体を買って出場することは現代のルールでは許されていないため(最新の)F1マシンには売り物としての値段は存在しない。10億円近くと試算されるF1マシンには製造原価だけに限らず、一つ一つのパーツを開発するためのコストも含まれており、値段はあってないようなものだ。

では、F1ドライバーがちょっとしたミスをし、コースをはみ出してタイヤバリアにクラッシュしてしまい、F1マシンの前の部分を破損してしまったとしよう。同サイトの試算によるとフロントウイング(15万英国ポンド)+アンダートレイ(5万8000英国ポンド)を合計すると、日本円にして「約3263万円」。たった1度のクラッシュで家が一軒買えてしまうくらいのお金がヒラヒラと飛んでいく。F1のボディパーツはまるで飛行機の開発のような風洞実験の結果を踏まえて高価なカーボンファイバー(炭素繊維)を用い、一つ一つ精密に作られているため、とにかく高額なのだ。あまりクラッシュされてしまうとチームの財政はどんどん苦しくなっていくことになる。

F1のフロントウイング。コースによって形状が異なり、何パターンも存在する。。
F1のフロントウイング。コースによって形状が異なり、何パターンも存在する。。

F1はあまりにお金がかかりすぎる。トップチームの年間予算700億円はサッカーの人気チーム「レアル・マドリード」の予算とほぼ同じである。スポーツのジャンルは違えど、同じ「チーム」という概念で考えればそれほど高いとは言えないのかもしれない。ただ、ハイブリッドエンジンのパワーユニット時代を迎えた今、リーマンショックを経てもなおF1のコストは上昇し続けている。F1では10年以上前からコスト削減が叫ばれ、テスト走行の日程も減らされているが、そこは勝負の世界だから一度突き詰められてしまったものを低コストでやりきることは非常に困難。少なくともF1マシンのスペックを全チーム同じに(ワンメイク化)しなければ、今でもびっくり仰天の価格はさらに上昇を続けていくだろう。ワンメイク化したらF1ではなくなるのだが。

VIP待遇でF1を楽しむお値段は?

もっと身近な価格の話に移そう。こういう仕事をしていると「芸能人みたいにシャンパンを飲みながら、ピットの上でF1を楽しみたい。何とかならない?」とよく尋ねられる。

「だいたい50万円くらいかかりますけど」と答えるとドン引きされるのが常だ。

F1にはVIP客向けの「パドッククラブ」というサービスがある。駐車場からのシャトル送迎、豪華な食事、デザート、F1公式シャンパンの「MUMM(マム)」を含むアルコール類飲み放題、休み時間のピットウォークなど至れり尽くせりでF1グランプリが楽しめるサービスだ。これはF1のVIPサービスを運営する会社「FOHES」が全グランプリの管理しており、世界共通のVIP待遇を受けることができるもの。残念ながらF1に関わっている知り合いにお願いしても、タダでそのチケットを入手することはできない。

パドッククラブ
パドッククラブ

F1のパドック(ピット付近)は昔から、社交場と表現されることが多い。1950年の最初のイギリスGPの映像にもパドックで紳士淑女が食事を楽しむ姿が映っている。VIPをもてなす特別なエリアは昔から変わらず存在していたのだ。現代の「パドッククラブ」は「メルセデス」「フェラーリ」などの巨大メーカーやビッグスポンサーが年間でフロアを貸し切っており、そこに入場できるのは基本的にはご招待されたお得意様の人に限られる。

しかし、一部のフロアは一般客向けに販売されている。昨年のF1日本グランプリ(鈴鹿)での「パドッククラブ」チケット価格は、土日の2日間通しで56万円。金土日3日間通しで64万円という値段だった。食べ放題、飲み放題、至れり尽くせりのサービスを受けてこの値段が高いとみるか安いとみるかはその人次第だろう。年に1度の贅沢として楽しむファンも実は結構居る。なお、近年はパスのICカードに招待客のデータが顔写真付きで入力されており、横流しが厳しく管理されているため、シェアすることは不可能だ。

パドッククラブのテラスからは迫力のスタートが楽しめる。
パドッククラブのテラスからは迫力のスタートが楽しめる。

こうした高額なVIPチケットの販売やパスの厳しい管理は日本ではなかなか理解しづらいものだが、モータースポーツは貴族の車遊びがルーツと言われる通り、紳士淑女がその雰囲気を楽しむヨーロッパの文化、あるいは階級社会の存在を反映したものと言える。パドックではそれなりの立ち振る舞いをしなければヨーロッパの人々に首をかしげられてしまう。それを含めて「F1」には「F1価格」があるのかもしれない。

なお、今年のF1日本グランプリ(鈴鹿サーキット)のチケット販売は3月6日(日)からで、一番手軽な「西エリアチケット」(自由席)なら大人9000円で楽しめる。