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再興の兆しあり。今の鈴鹿8耐の勘所

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
8耐テストで走行するケビン・シュワンツ

2週に渡る「鈴鹿8耐」に向けたテスト走行が終了し、あとはいよいよ7月24日から27日まで開催されるレース本番を待つのみとなった。

今年はフルグリッドが埋まる?

7月10日に鈴鹿サーキットが発表した今年の「鈴鹿8時間耐久ロードレース(第37回大会)」のエントリー台数は海外から参戦するFIM世界耐久選手権のチームを含めて、71台(7月6日時点)。昨年の同時期に発表されたエントリーリストは63台だったから、8台の増加となり、久しぶりに70台を超えるエントリーを集めている。

鈴鹿8耐は「ル・マン式スタート」と呼ばれる、ライダーがマシンに駆け寄り、バイクにまたがってスタートするという耐久レース独特のスタート方式が採用されているが、そのフルグリッドは70台。現時点では非情にも1台だけが予選落ちを喫し、レースに出場できなくなる。しかし、毎年、直前になってエントリーを取り消したり、マシンの破損やライダーの怪我などで決勝レースへの出場を見合わせるチームもある。それでも何とか70台のフルグリッドが埋まりそうな状況にあるのは喜ばしいことだ。

8耐のテスト走行
8耐のテスト走行

鈴鹿8耐の参加台数は、最も盛り上がっていた90年代前半には90台以上のエントリーがあったが、2000年代には80台前後で推移。しかし、リーマンショック後の2009年には70台を割り込み、翌2010年は出場台数がついに50台にまで減少していた。

そこから徐々に台数が増え始め、今年は2008年以来、6年ぶりに70台のフルグリッドが揃う可能性がある。

カワサキの本格参戦が8耐を刺激する

今年の最大の話題と言えば、全日本ロードレースを戦うカワサキのトップチーム「Team GREEN」が8耐へ帰ってくることだ。カワサキのバイクを使ったチームとしては新世紀エヴァンゲリオンのカラーリングで人気の「トリックスター」などがプライベート参戦を続けてきたが、販売店のカワサキモータースジャパンが運営する「Team GREEN」は全日本ロードレースのみに参戦し、8耐には長年不参加となっていた。

カワサキ Team GREEN
カワサキ Team GREEN

川崎重工本体のワークスチーム「Kawasaki Racing Team」以来、13年ぶりの鈴鹿8耐復帰となり、これでホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの各メーカーのトップチームが久しぶりに揃う事に。ただ、各メーカー共にメーカー本体が積極的に関わるワークス体制は敷かず、セミワークス的な体制である。そのため、各メーカーのワークスが対決した90年代の全盛期を知るファンに強烈なインパクトを与えるには至っていないが、今年は久しぶりにピリッとスパイスの効いた雰囲気のレースウィークになることは間違いないだろう。

名選手のカムバックも多い

出場台数が再び増加傾向にある鈴鹿8耐。近年の8耐は3人までライダーの登録が可能になっており、3人体制にすることで各ライダーが担当する走行時間を減らし、かつての2人までしか決勝を走れなかった時代に比べると体力や集中力を温存できるようになっている。

そういった規定の変化や、近年予選落ちが無かった事情もあり、ここ数年はかつて鈴鹿8耐で名勝負を演じたトップライダーなどベテランが数多く復帰している。その先駆けとなったのは2009年には再挑戦で2位表彰台をつかみ取った90年代の全日本トップライダーの武石伸也(たけいし・しんや)。彼は今年もBMW S1000RRを駆り、8耐に挑む。

シュワンツと吉村監督
シュワンツと吉村監督

そして、昨年、衝撃的な復帰で話題を振りまいた元ワールドチャンピオンライダー、ケビン・シュワンツが今年はスズキ系トップチーム「ヨシムラスズキ」から参戦する。「ヨシムラ」は創立60周年を機に、吉村不二雄社長が監督を務めるチーム「The Legend Of ヨシムラスズキ・シェルアドバンス」を結成し、ここにシュワンツを乗せ、さらに1986年にシュワンツと共に3位表彰台を獲得した辻本聡(つじもと・さとし/現・MotoGP中継解説者)を12年ぶりに復帰させ、ここにスズキMotoGP開発ライダーの青木宣篤(あおき・のぶあつ)が加わる。

カムバックライダーはこれだけに留まらない。89年、90年の鈴鹿8耐で2位表彰台を獲得した元全日本チャンピオンの宮崎祥司(みやざき・しょうじ)が18年ぶりにプライベートチームの「WINNER Z-TECH」(スズキ)から復帰。さらに宮崎と90年代の元全日本チャンピオンライダー、塚本昭一(つかもと・しょういち)が川崎重工の社内有志らで作るチーム「Kawasaki K-TEC Team38 PS-K」からこちらも10数年ぶりに復帰する。

こういった80年代、90年代の名ライダー達の年齢は既に50代前後(シュワンツ50歳、辻本54歳、宮崎50歳、塚本53歳、武石46歳)になっているが、その時代にバイクレースと共に青春時代を過ごしたファンにとっては心に響くレースになるに違いない。長年、バイクレースファンから離れていても何ら問題はない。ワークス全盛期とはちょっと雰囲気が異なるけれど、再び挑戦するレジェンドライダーの走りを見るだけでも、今年の8耐に来る価値は充分にあると思う。

18年ぶりに復帰する宮崎祥司
18年ぶりに復帰する宮崎祥司

変わりつつある8耐。新時代の到来目前

今年は4メーカーのトップチーム参戦、レジェンドライダーたちの復帰など、見所やポジティブな話題の多い大会となりそうだが、ポジティブな空気感はパドックに居るとひしひしと伝わってくる。

景気回復で各メーカーが再び、鈴鹿8耐に力を入れ始めていることは最も流れが変わりつつあると感じる一つの要素だ。今年はカワサキ「Team GREEN」が復帰するが、これは単なる景気回復が起因しているものではない。カワサキは1000ccスポーツモデルのカワサキZX−10Rを2011年にモデルチェンジし、市販車がベースになったバイクで戦う「スーパーバイク世界選手権」でワールドチャンピオンを獲得したことも強い後押しになっている。実際に先代モデルではセミワークス体制を敷いたとしても他メーカーに追いつく事が難しかったが、ポテンシャルアップした現行モデルは8耐を戦える力を備えているということだ。

Team Greenがタイヤ交換の際に使用する装置にはワークスチームのロゴが。
Team Greenがタイヤ交換の際に使用する装置にはワークスチームのロゴが。

また、ヤマハは今大会の8耐も昨年同様、FIM世界耐久選手権のレギュラーチームとジョイントしての参戦だが、8耐だけの特別チームとして、全日本チャンピオンの中須賀克行(なかすが・かつゆき)、英国スーパーバイク選手権のトップライダー、ジョシュア・ブルックス、さらに現役MotoGPライダーのブロック・パークスというなかなかなラインナップのトリオを起用する。この3人が組むチームが履くタイヤは全日本ロードレースと8耐で実績のあるブリヂストンタイヤだ。これだけの体制を敷き、速さは充分だが、現行のヤマハYZF-R1は燃費の問題から耐久レースではどうしても不利な立場にある。通常7回ピットの8耐で給油のためのピット回数が他メーカーより1回多くなるため、現行モデルではまさに耐えるレースを強いられる。しかし、そろそろモデルチェンジも噂されており、この体制強化はそれに向けた伏線と言えなくもないだろう。

また、ホンダもCBR1000RRが長年フルモデルチェンジが行われておらず、完全なニューモデルへの移行も近々あり得るし、スズキは来年のMotoGP参戦を機にレース参戦への士気が高まっているだけに今後の8耐への取り組みも興味深い。

ヤマハYZF-R1を駆るジョシュア・ブルックス
ヤマハYZF-R1を駆るジョシュア・ブルックス

そして、鈴鹿8耐は今年から決勝レースにおけるドライタイヤの使用本数に制限が加わり、耐久レース色が増す。具体的に言うと、今年は8時間レースで前後15本のタイヤ本数制限があり、通常7回ピット=8スティントの中、1スティントはタイヤ交換無しで走らなければならない(雨が降り、ウェットレース宣言がなされると、タイヤ本数制限はなくなる)。

この本数制限はFIM世界耐久選手権の規定変更に基づくもので、来年以降は前後10本に制限され、スプリント色は影を潜めことになりそうだ。計算上では3人のライダーがそれぞれ各1回はタイヤ交換無しに2スティントを走り切ることが求められることになり、ライダーの真の実力が問われる。

ただ、耐久レース色が増すとはいえ、ゆっくり亀さん戦法で走行していては、勝機は見えてこない。勝つためにはスキルが高く、速さがあって、なおかつ勝負所で勝てるライダーをトップチームは起用してくるはずだ。さらに、現在の8耐は緻密なシミュレーションとチームの総合力が求められるレースになっており、(来年4回になる)タイヤ交換を含めたピット作業の早さもレースの重要な鍵を握る。すなわち、トップチームはさらなる体制強化が求められる新時代を迎えると予想される。豊富なリソースを準備できるメーカーワークスチームが戻ってきても不思議ではない。

早さに定評のある#34ヨシムラスズキのピットワーク練習
早さに定評のある#34ヨシムラスズキのピットワーク練習

「鈴鹿8耐」は全盛期の80年代、90年代の趣とは異なるが、何だかんだいっても、日本のバイクレースの頂点とも言える大会である事は変わらない。歴史を重ねれば重ねるほど、その価値は重みを増す。そういう意味で、今年の第37回大会は新時代の到来に向けた、夜明け前のワクワクする雰囲気が感じられる大会になりそうだ。8耐が息を吹き返し始めた。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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